ロスト・ジェネレーション・ジェネレーター

破滅派20号「ロスジェネの答え合わせ」応募作品

Juan.B

小説

9,981文字

元から這い蹲っている人間に、落ちる先はあるのだろうか?
そもそも落ちるやら上がるやらって、何なのだろうか?

~1~

朝の日差しは鋭く、「桜中学校前」と書かれたバス停にくっきりと、そのマルと四角形の組み合わさった影ができた。私の他には誰もバスを待っておらず、ただ後ろの、フェンス向こうの中学校の体育館から、ざわめきが聞こえた。体育館の扉や窓が開け放たれていて、中の様子がよく聞こえるようだった。バスはまだ来ない。その内、体育館から、全体朝会と思しき集会の声が聞こえてきた。何やらもごもごと恒例の挨拶をしていたようだったが、次第に、男性教師らしい声が強くはっきりと聞こえてきた。
「……いいですか……おい、いいかってんだよ。最近の桜中生の生活はみんなあれだよ、弛んでるよ。いいか、おい、今コロナだからって世の中が止まってるとしたら大間違いだよ。三年生。いいか。恥ずかしくないのか。おいこっちを見ろ! みんなが世の中に出るころには、え、もうこれまでの、甘い若者なんか相手にされないんだよ。世間は人材を、そう、人の、財産のザイ、人財を求めてるんだよ。今の桜中生は人の罪、ツミと書いて人罪だよ、わかってるのか……」
説教だ。私が子どもの頃と全く変わらない、説教だった。聞いていて、嗚呼と、胃の辺りが痛くなってきた。思えばこのような学校には良い思い出などなかった。時折登下校なり塾なりの学生の群れと鉢合わせすると、フラッシュバックが起きて頭を強く振りたくなるほどだった。そして、世間は確かに変わり続けているのに、この学校というやつだけは変わっていないのだ。三十数名を一つの教室に押し込めて六年間や三年間をほとんど流動性もなく過ごさせる空間。教師という免状を持っただけで無条件に生徒の思考を左右できると思い込んでいる、少なくない数の教師たち。茶番のような説教……。一言でいえば、すべての問題は「学校」から始まっている。
そうだ。私の中学生の頃も、社会情勢に絡めて、私たちの人格は否定された。リーマンショックや東日本大震災といった世相に絡めて、「お前たちは甘い、弛んでいる、クズ。社会に出てもやっていけない」などと。それが今ではコロナ禍やAIの発展に絡められるのだろうし、あるいは私よりも前の世代の人間なら、就職氷河期など散々説教のネタでこすられたのだろう。そして教師たちはただそれを説教と人格否定と支配のタネにするだけで、ではリーマンショックや就職氷河期はなぜ起きたのか、国は今どのような対応をしているのか、生活に困ったときはどのような福祉制度に頼れば良いのか、これからはどのような仕事が発展するのか、といった重要で建設的な話は何もしなかった。
そう考えている間も、教師はでたらめなAI社会の説明をしていた。
「だぁーかぁーらぁー、AIに勝てるような人財にならないといけないんだよぉー、わーかーりーまーしーたーかー。……おい、分かったのか!」
「……ハァイ」
体育館の中からくぐもった、無数の中学生の張りの無い返事が響くころ、道の彼方にバスが見えた。バス停にバスが止まると、ガラスに私の顔が反射した。

 

~2~

ヒロ・ヤマガタの絵が飾られた、クリーム色の壁に囲まれた待合室で、私はうつむいていた。前の長椅子では、中学生ぐらいの女児とその親と思しき親子連れが肩を落とすように座っている。私は親子という単位からもとにかく目をそらしたかった。そして、受付が私の名前を呼んだ。
「一番の方、相談室にお入りください」
スライド式のドアを開けると、うっすら髭を生やした医師が座っていて、うんうんと頷くようにしながら私を待ち構えていた。
「片桐さん。どうぞ、座って」
私は促されたまま、革の椅子に座った。医師はカルテらしき画面を薄目で見ながら頷き続けている。
「まあ、その、親御さんは連れて……。あ、お母さんは日本語でお話しできないからお父さんだけでもって話でしたけど」
「来てないです。通信簿とか母子手帳は持ってきました」
「まあそれだけでも。両親のお話も大事なんですが、まあ……」
クリアファイルに入れた、私の成育歴を示すもの一式が医者の手に渡る。医師はそれを机の上においてしばらく眺めていた。
「ご両親とは会話を」
「私が、障害者になるかもしれない、ということに、何というんですか。すごい拒否反応を」
「ああ、ちゃんと話されたのね。まあ大人になってからだと、そういう考えの親御さんも多いですからね」
顔色を大して変えず、一、二分、医者は私の成育歴を眺めた。
「先生の欄に協調性がないってのがあるね。この時代は全然配慮とかなかったでしょうから。大変でしたでしょう。ハハハ」
医者は頷きながら笑い、その後もいろいろ眺めたが、しばらくして向き直った。
「うーん、それでね。この間の、WAIS3検査も含めてね……あ、いや、時間が空いたから貴方がまずどうしたいかってことから聞きましょうか」
「色々、こう、あるんですが……前にも言ったかも知れないけど、私がそのような、発達障害とかスペクトラムとかいう素質があるから……こう、なったのか、それともハーフだからこうなったのか、色々こんがらがって。もっというと、つまり、普通の日本人というものと、ハーフと、あるいは何かの宗教の信者であることを主体に置いた人と、それぞれモノの見方が違う中で、これは日本人の見方……」
医師は初め、私の話を相変わらず頷きながら聞いていたが、私の話が一途切れすると片手を上げて制した。
「まあ、まあ。わかりますよ。なかなか突き詰めて考えるね。言語性高いからね。ただね、だからまあ成育歴をお聞きしたいのと、まあ、だからこれからどうするかなんですが。ただ、現状では、確かに傾向はある、あるけども診断は……色々大変だと思いますが、こうしてお話出来てるわけだし、ね、確かに手帳を取ると色々レッテルがあるというのは否めないから」
「グレーゾーン、というものでも」
「いや、まあ、みんなグレーゾーンですから、ハハハ」
医師の口調はだんだん宥めすかすようなものになり、顔も半笑いのようにこちらを見透かすようなものになっていった。
「いやあ、メキシコ人とのハーフなんでしょう。ね、色々大変なこともあるだろうけど、普通の人には出来ないような体験もいろいろされてるんじゃないですか。そういうのを生かして……」
そう、普通の人には出来ないような体験は、色々している。それはネガティブな意味において、そうだ。そしてここはそういう話をする場所なのかも知れない。だが、私はもはやこの医師にその話を、あるいは「ふつう」とは何かという話をしたいとは思えなかった。しかし、手帳を取ったとして私が何になるのか、ということが思いつかないのも事実だった。私はいつまでも、どの地点においても、宙ぶらりんであった。
「まあ、ちょっとまた色々やってみて、色々苦しくなったらまた来てください」
私は医師に軽く頭を下げて、部屋を出た。出て真正面に、あの親子連れがいて、何かパンフレットを眺めていたのが目についた。私が会計を待って座っている間、その母親はずっと娘に喋り続けていた。
「ねえマコちゃん、あんた、あの、ゲームセンターで女の子のゲームにかじりついてたオタクみたいになりたくないでしょ。しっかり先生の言うことききなさいよ」

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2023年10月20日公開

© 2023 Juan.B

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