おばあさん

小林TKG

小説

4,398文字

だからよかったなあって思うんです。本当に良かったなあって思うんです。

ある日の事です。私がバス停が見える角の所を曲がると、バスがちょうど行ってしまう所でした。

私は走る事もせず、そのバスを見送りました。

「次来るバスに一番に乗れば、もしかしたら座れるかもしれない」

勿論、それは希望的観測ではありました。その時間帯バスは混雑します。乗れても座れないかもしれないという事はバスを利用するものにとってはあらかじめ備えておかなくてはいけない心得です。本当に是が非にでも座りたいのなら、まず反対方面に行くバスに乗って、バスの始発あるいは終着点まで行き、そこからバスに乗ればいいでしょう。その分時間はかかるかもしれませんが、是が非にでも座りたいならそうするのが確実です。座りたいと時間は反比例するものなのです。どこかの途中で座れたとしたらそれは本当に幸運な事なのです。そしてそれは単に人間一人一人によって違う生涯保有幸運量を消費してるだけの事なのです。

だから、とりあえずまあ、何も考えずに私はバス停の前に立ちました。次のバスは十五分後。私は何かを待つのが苦ではありません。自ら行動を起こすとかよりもよほど待つことの方が楽です。昔免許センターのキャンセル待ちを獲得するために、朝2時から運転免許センターの前に並んでいたこともあります。

そうしてスマホなんかをいじりながら待っていると、ぽつぽつと雨が降ってきました。夕方から明日の朝にかけて雨が降る予報だったことを思い出しました。スマホの画面に水滴がぽうぽつとつく度にそれを服で拭いながら次のバスを待ちました。そうしているうちに私の左側に自分と同じくバスを待つ人の列も出来てきました。

次のバスの到着時間まではあと五分、スマホの画面に付着する水滴の量が増えてきました。雨が若干強まっているようでした。列の後方を見ると傘を差している人もいました。私は傘を持っていませんでした。バスや電車の中で邪魔になるからです。付着した水滴が他人に害をもたらす可能性もあります。あ、あとちなみに私の次に列に並んでいる人はおじさんでした。知らないおじさんです。

バスの到着時間になりましたが、バスは来ませんでした。雨が降ってきたし、誰かの迎えとかそういうので道路状況が変わっているのかもしれません。仕方ないことです。バスだから。バスが若干遅れるとか、そういう事は仕方ない事なのです。

そんな中、私の右側、バスが向かう進行方向から一人のおばあさんがやってきました。近くのスーパーの袋を、大きな袋を二つ持ったおばあさんでした。腰も曲がってるし、しわしわだし、どう見てもおばあさんでした。

そのおばあさんが私の右側に立ち止まりました。

「え?」

一瞬思いました。もしかしてこのおばあさんはバスに乗ろうとしているんだろうか?だとしたらどうして右側に、私の右側に立ち止まるんだろうか?左に。列の後方に行けばいいのに。

左側、バスを待つ正規の列を見ると、誰もそんなしわしわの、腰が曲がった、死にかけのおばあさんに、明日にでも死ぬ可能性のあるおばあさんの姿形を認識している人はいませんでした。みんな自分のスマホに夢中です。

ただし、私の後ろ、二人目に待ってるおじさん、知らないおじさんだけがおばあさんの姿を目視で認識していました。私とも一瞬目が合いました。その目は、

「どうして注意しないんだ?」

という目をしていました。

いや、おじさんちょっと待て、もしかしたらおばあさんはもう腰が曲がってるししわしわだしパンパンのスーパーの袋を二つも持ってるし死にかけだし、死にかけだし、明日には死ぬかもしれない。だからもしかしたら列の後方まで行くのが面倒なのかもしれないよ。ちゃんとわきまえてるよ。私達が乗り込んだ後の最後に乗るよ。おばあさん。死にかけのおばあさんと言えども、ルールは知ってるでしょう。ルールとかモラルとか、そういうの知ってるでしょう?だから大丈夫。大丈夫ですよですよ。ねえ?

しかしスーパーの袋を二つ持った腰の曲がったしわしわの死にかけのおばあさんは、五分遅れでやってきたバスが到着すると列の先頭である私を押しのけて機敏ではない動作でしたが、とにかく私なんか最初から見えてないくらいの感じで、当然といった感じで一番にバスに乗り込み、そしてさっさと優先席に座ってしまいました。勿論私はまだ優先席に座るとかそういう年齢ではないので、それはまあ、いいとしても、いいとしても。

え?なんで?え?いや、おばあさんだから。死にかけの。明日には死ぬかも、いやもしかしたら今日の夜には死ぬかもしれないおばあさんだから。おばあさんだから。だから。だから仕方ない。

でも、五分遅れで来たバスの後方まで詰め込まれてそこで立って吊革を握ってる間も、どっかのバス停で乗る時と同じくもたもたとした動作で降りたおばあさんを見送ってからも、駅についてパンパンの電車に乗ってなんとか吊革を握っている時も、家に帰る道程をとぼとぼと雨に降られながら歩いている時も、家に帰って服を洗濯しながらお風呂で暑いシャワーを浴びてる時も、晩御飯を食べて布団に入ってからもずっとその事が、なんだろう。なんて言ったらいいんだろう?なんだろう?一言欲しかったのかな。せめて。一言。どうなんだろう。おばあさんだから?おばあさんだからさ、

「もう死にかけのおばあさんだからすいません」

とか、そういう一言が欲しかったのかな。せめて、せめても。どうなんだろう。でも、あのおばあさんは最初から私の事なんて見てなかった気がする。最初からいないも同然みたいな感じだった気がする。それに後ろのおじさんの目。

「なんで注意しないんだよお前」

あの目。

私が注意しなくてはいけなかったんだろうか?注意する?注意しなくてはいけなかった?誰かに何かを言うとか、教えるとか?そういう事?注意するって?そんな事したくないなあ。誰かに何かを言う、言えるほどの人間じゃないよなあ。偉くないよ。私なんて。自分は誰かに何かを言うような人生を送って来てないよなあ。立派じゃないよなあ。私なんて。だから仕方ないのかなあ。仕方ない?おばあさんだから仕方ないのかな。死にかけのおばあさんだから仕方ないのかな。腰の曲がったしわしわのパンパンのスーパーの袋を二つ持ってた死にかけのおばあさんだから。仕方ないのかなあ。それにしても。それにしても、

 

それにしても、

 

それにしても、

 

それにしても、

 

それにしても、

 

それにしても、

 

また角を曲がるとちょうどバスが行ってしまう所でした。私は走ることもせずに、次のバスを待つためにバス停に並びました。私以外まだ誰もいません。また私が一番にバス停に並びました。雨が降っていました。夕方でしたが雨の影響、雨雲が厚いのか、もう暗くなってきていました。やがて少しすると左側に列が出来ました。

定刻になってもバスはやってきませんでした。仕方ない。バスだから。

そうしているうちにまた右側からおばあさんがやってきました。あのおばあさんです。スーパーの袋、パンパンになった袋を二つ抱えた、腰の曲がったしわしわの、もう死にかけのおばあさん。明日には死んでるかもしれないおばあさん。今日の夜には死んでるかもしれないおばあさん。もしかしたらもう死んでいるのかもしれないおばあさん。

おばあさんはまた私の右側に立ち止まりました。そして同じく五分遅れで来たバスに同じく一番に乗り込みました。そんでさっさと優先席に座って。私はまたバスの後方まで詰められてそこで吊革をもって。

そんで駅に向かう途中のバス停で、おばあさんはバスを降りました。

私も降りました。

おばあさんはスーパーの袋を二つ持った状態でのろのろと家に、多分家、家に向かって歩いています。腰の曲がったおばあさん。しわしわのおばあさん。死にかけのおばあさん。私はそれを尾けました。バスを降りると雨がさっきよりも強くなっていました。それにさっきよりももっと暗くもなっていました。そんなところで降りるような人は他に居ないのか周りには誰もいませんでした。道端に大きめの石が転がっていました。私はそれを掴んで前をのろのろと歩く、スーパーの袋を、パンパンになったスーパーの袋を二つ持った、しわしわの、腰の曲がった、死にかけのおばあさんの頭を後ろから思いっきり殴りつけました。おばあさんは紙切れのように地面に倒れました。その倒れ込んだおばあさんの頭をまた石で殴りつけました。こういうのは何回がいいんだろう。何回くらいがいいんだろう。わからないなあ。やったことないから。でも、とにかくしんどくなるまで何度も。何度も。何度も何度もおばあさんの頭を石で殴りつけました。殴りつけるたびに心がスーッとしていく。スーッとしていく。スーッとしていくなあ。

それから、またバス停に戻ってバスを待ちました。そしてまた定刻より五分遅れてやってきたバスに乗り込みました。そんなところからバスに乗る奴なんていないだろうから、車内はとても混んでいましたが、でもそのバスにはおじさんが乗っていました。おじさんです。間違いない。おじさんでした。おじさんはみんなと一緒で駅までバスに乗っていました。バスを降りるとみんなと一緒で、何も見てないような顔で、駅の改札に向かって歩いて行きます。私はそれを尾けました。

そして電車に乗ってある駅で降りました。雨はますます強まっている様子です。それにもうすっかり暗くなっていました。おじさんもまた駅を出ると家に向かって歩いて行きました。多分家。多分。だから人気が無くなってきた辺りでゴミ捨て場に落ちてあった石を掴むと、私はそれでおじさんの頭を、おじさんはおばあさんよりも、さっきの死にかけのおばあさんよりも強いかもしれない。だから、思いっきり。今度はさっきよりももっと、がんばって、思いっきり、思いっきり振り上げて、

 

そこで私は目を覚ましました。

 

寝る前にあった心のモヤモヤしたものが幾分か軽くなっている気がしました。

「いい夢だったな」

そう思いました。

 

あと、自分がこういうことをやっててよかったなあって思いました。こういう事っていうのは、だからつまりこういう事です。こういう所に話を書いて投げるみたいな事。そういうのが出来るのが良かったなあって。こういうことが出来ないと、もしかしたら私はどこかで、自分の中に溜まった色々なものに押し負けて、何か、こう、ヤフーニュースとかライブドアニュースとか、そういうのの記事になっていた可能性もあるんじゃないかなって。思うんです。私は別に大きいわけじゃないし、カラッとしてるわけでもないし、別に何も気にしないわけじゃないし。どっちかと言えば抱え込む方だし。

だからよかったなあって思うんです。本当に良かったなあって思うんです。

2022年6月12日公開

© 2022 小林TKG

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