白神山地ビジターセンター寄稿用草案:ディレクターズカット

小林TKG

小説

5,600文字

我ながら、最後の部分は蛇足のような気がします。

世界自然遺産に数えられる白神山地が現在のように自身の領域の拡大を始めてから、今日に至るまで幾ばくかの時間が経ちました。青森県秋田県は白神山地拡大のファーストインパクト時にほぼ全域、現在は岩手県の東北新幹線沿線まで白神山地は浸食を進めています。

東北大学発生ダイナミクス科教授であらせられる東海林風海林教授が、

「このまま行くとあと十年もすれば、岩手県の全域も白神山地と化すだろう」

という内容の論文を学会にて発表され、それがNature紙に掲載されたのはまだまだ皆様の記憶に新しい事かと存じます。そんな東北大学の東海林教授を含めて編成した白神山地調査チームもこの拡大を続ける白神山地の地へ現地調査に赴きそこから帰らぬ身となってしまいました。

白神山地はこうしている今も拡大を続けています。

日本にある世界自然遺産の地は今、誰であろうと何であろうと構わずに飲み込む禁忌の地と化しています。

一体、この白神山地の拡大を止める手立ては無いのでしょうか。

 

ただ、そんな拡大を続ける白神山地の領域内に一つ不思議なことがあります。

秋田県の南部、山形県との県境近く、元はにかほ市と言われていたエリアに一軒の家屋が、白神山地の領域内にも関わらず、今なお現存しているのです。

加えて、その家屋には店名のようなものが書かれた看板が掲げられており、

『白神山地とならいつまでも』

と書かれています。

驚く事に、そこには一人の男性が住んでいます。

本来ならば、そこにいるその方も他の一切合切と同じく浸食され白神山地の一部となるはずなのにです。

しかし話を伺うと、その方はもう十年近くもその場所に住んでおられると言っていました。

一週間に一度県境を越えて山形県まで買い物に行くそうです。

その人が居るのは秋田県にかほ市JR羽後本線仁賀保駅の近く。元々は松永菓子舗と呼ばれていた場所。少し行くと日本海が広がっています。

 

私がその人との邂逅を果たしたのは全くの偶然の出来事でした。

その時たまたま白神山地の目前に居た私の元に、その方が車に乗って白神山地から出てこられたのです。

それから彼の車で彼のその唯一残った家屋に連れて行ってもらい、そこで話を伺いました。

元々秋田県出身だったというその方は就職の為に関東圏に移り住んでいたそうですが、白神山地が拡大のファーストインパクトを発生させる一年ほど前のある日、突然に神託を受け、神託、神託というものが果たしてどういうものなのか、どういうものが正確な神託と言われるのか、私には理解しがたい、私にはわからない事です。しかし本人がそう、その言葉でもって、表現しました。

「いや、僕も神託っていうものがどういうものなのかはわからないけど、でも実際そういうのを受けたのは本当。だから、だから神託かなって。まあ恥ずかしいけども」

それ以降彼は頭の中に浮かぶ鮮明過ぎるイメージを、現実の事としか思えないイメージを元に準備を始め、白神山地がファーストインパクトを発生させたのとほぼ同時に、現在の場所にて今の生活を始めたんだそうです。

 

コーヒーと……これはパンだけど。食べる?あ、じゃあ、どうぞ。

え、どうしてパン?

埼玉県に住んでいた時『君とならいつまでも』っていうパン屋があって、当時僕は毎週末そこでパンを買って食べていたんです。コメダキミイツ湯けむり横丁っていうのが毎週末の自分のルーティンで、とても大事な事でした。他人がどう思うかはわからないけど、本当に、僕には、本当に大事な事だったんです。

それでキミイツには、あ、キミイツっていうのが君とならいつまでもっていうパン屋の名前ね。そこには君想ふ。っていうのと君との奇跡。っていう二種類のパンがありまして。凄い名前でしょう?でも、楽しいじゃないですか。なんか。なんかね。

で、毎週末のそういうルーティンを繰り返していたある時、夜、寝ていると枕元にね、来たんです。何か、何かが、何かが来たんです。

それが寝ている頭の上の所に立ってるんです。

それがいる間、僕はずっと夢を見ている様な気持ちでした。本当に夢かも知れない。夢だったかも。わからないなあ。どうだろうなあ。

んで、そしたらね、そいつがね、その後遺症ラジオに出てくる何かみたいなのが、言ったんですよ。

「白神山地のパン屋!」

って。

「白神山地とならいつまでも!」

間違いなく。

「シライツ!」

って。

 

それから、それで僕はこうしてここで暮らしている。暮らしています。

ここでパンを焼いて暮らしてる。珈琲を淹れて飲んで暮らしています。あとピクルスを漬けたりして暮らしてます。

うん。そんなのおかしいと思うでしょ?思うよ。絶対に思う。僕だってそう思う。思ってるよ勿論。

でも、自分が未だにここで白神山地の一部になってない所を見るとね。まあ、そういう事なんじゃないかなって思う。思うんです。思ってます。

 

あ、でもその夢みたいのを見てからも、少しうじうじと考えたりはしました。

急にそんな事言われても……。

みたいな。

いや急にパン屋って言われてもなあ。

って。

だって、秋田にはタケヤがあるし、白神山地には白神こだま酵母っていうのがあるんです。で、それで作ったパンもあるんです。通常の酵母よりも長持ちするっていう代物らしいですけどね。詳しくはwikiで見ましたけども。

 

ただまあ、えーっとあれは電車。電車でですね。朝の満員電車でね。水カンの『アマノウズメ』っていう曲をずっとリピートで聴いててね。dヒッツで。

その時かな、明確に、はっきりと、絶対に、

「白神山地でパン屋やるよ」

って思ったのは。

まあ、あれみたいでね、あれなんですけど。ほら、あれみたいじゃないですか。伊坂幸太郎さんのエピソードみたいでね。あれなんですけども。パクりって言われるんじゃないかと思って。心配なんですけども。

 

でも、それからキミイツのパンを参考にして、それまで捨ててた買う度毎回もらえるパンフレットとか見直して、パン作りを勉強して、あとパンって言ったらコーヒーだから秋田駅のすぐ近くにあるナガハマコーヒーを参考にして、オンラインでナガハマブレンドとか世界遺産のアイスコーヒーとか買って、カップとカップソーサーもオレンジ色のをアマゾンで買ったりして、ほら、この紙コップもそうだし。

んで、新宿御苑に毎週通ってた時期もあるんです僕。そこで毎週ピクルスを食べてた時期もあって、だから野菜のピクルスも作ってるんです。んで、白神山地って乳酸菌もあるんですって。作々楽っていうの。あれを入れたいなーって思ってたんだけども、まあ、その、ファーストインパクトの時にね、それが、それは、あ、でも、それはもうあれか、こだま酵母もそうか。どっか行った。どっか行ったっていうか、どこにあるのか、どこで保管してたのか、わかりません。まあ、こっちも別に今の状態を捨て置いて迄、だから自分のこの型を崩して迄それを入れたいっていう想いがあるわけでもないし。

 

それで、こういうことになってる。なってるんです。それだけです。本当にそれだけだよ。

 

だからまあ正直ぶっちゃけ、どうして自分がこういうものに選ばれた、選ばれたのかなあ。選ばれたかどうかはわからないけど、正直わからない。

なんであの時何かが枕元に立ったのかわからない。

自分に何か他人と違う部分が、特別な部分、特別なことがあるとは思えない。

そんなに地元を愛していたわけじゃないし。

学校卒業したらすぐに関東圏に出たし。

白神山地だって全然知らない。あるのは知ってた、あるのを知ってるくらい。下手したら世界自然遺産になった事すら、ああそうだっけ?っていう感じ。

キミイツのパンだって自分よりも買ってたり売り上げに貢献している人は山ほどいただろうし。

だから、どうして自分がこういう事になったのか、全然わからない。

 

初めて買ったゲームはポケモンのグリーンで、最初に選んだのがフシギダネだったからかもしれない。

鉄拳で好きなキャラクターは砂漠を植物の生い茂る場所にしたいジュリア・チャンだからかもしれないし、植物が人を殺すシャマラン監督のハプニングが好きだからかもしれないし、それこそ新宿御苑が好きだからかもしれない。まあ、好きなのは擬木橋だけど。

どれも違うかも知れないし、全部が合わさってそうなのかもしれないし、あるいはまだ他にも理由があるのかもしれないし、たまたまかも知れない。全くの偶然かもしれない。前日にたまたまその場所を離れて難を逃れたとか、高台に登って難を逃れたとか、そういうのみたいに。何せ自然のやる事だからなあ。

 

だから全然わからないんだけど、でも、とりあえず僕もこの場所、この家も車も今はまだ白神山地にはなってない。

本当ならここに来れば、ここに居れば、三日と経たずにブナの木かなんかになるからね。

それとあと、最近はミズにもなったりするんだったかな?ミズ知ってる?山菜なんだけど。

それに僕がここに来てから、白神山地は山形側への浸食を止めたでしょう?ああ、まあ僕がいるからかどうかはわからないけどね。でも今の所、山形側は大丈夫じゃないですか。いつまでそうなのかわからないけども。

まあ、僕は山形だってそうなって、だから白神山地になってもいいとは思うけど、あ、でも困る。困るな。困るわ。ほら山形ってさ、かみのやまっていう所にコストコがあるでしょう。僕そこまで買い物行ってんすよ。だから困る。それが出来なくなると困るなあ。

 

まあ、でもだからさ、多分、多分だけど、今のこれが間違ってるわけじゃないんじゃないかなあって。思う。思うんです。誰かはわからないけど枕元に立った某かの要望から、逸れてはいないんじゃないかなあって。思うんです。

まあもっと適性のある人が来たら、出たら、生まれたら?アベンジャーズみたいにその時は代替わりっていうかな、僕も白神山地の一部になるんじゃないかとは思うんですけども。

 

え?ああ、お金?

えーっとねえ……いいのか……まあいいか。誰にも言わないでね。あと書いたりとかもしないでね。

毎日焼いたパンと淹れたコーヒーとピクルスを供えるんです。供えてるんです。白神山地に。それでしばらくしたらそれが無くなって、代わりにお金が置いてあるんですよ。それはもう十分すぎる位。

誰から?さあ……白神山地じゃないのかな。

だからほら、スマホも持ってるし、パソコンもある。Amazonで物も買う。まあそれは山形のコンビニとか、あと内緒だけど知り合いがいてね、山形に。だからそこに届けてもらうとかそういう事になるけども。あとパソコンで毎日アメブロ書いてるよ。

ネット回線?え?いや、docomoだけど?スマホはドコモ5Gだし、パソコンはドコモ光だけど。んで、二年に一回スマホ買い替えるし。ほら見て、iPhoneグリーン。アルパイングリーン。濃いね。緑が。濃いね緑。

は?圏外?いや繋がってるじゃんほら。毎月の料金とかも引き落としされてるし。山形にあるあきぎんの支店まで行ってさ口座作ってさ、そっから引き落とされてるよ。

 

だからまあ、そんな訳でまあ、僕はまあ、ほどほどに楽しくやってるけどね。僕はね。

他はどうだか知らないけど、どう思ってるのか知らないけど。僕は楽しくやってるよ。

 

「よし」

それじゃあさ、今度はこっちのターン。あなたは何?どうしてここ

 

「ふう……」

記憶を頼りに思い出せる限りのあの場所での出来事をなろうの新規小説作成に入力した後、私は画面から目を離して椅子の背もたれに寄り掛かった。

時計を見るといつの間にか三時間が経過していた。

肩が痛かった。目も乾いていた。こめかみのあたりもズキズキと痛んだ。

「まあ、こういう感じかな……」

とりあえず、とりあえず。とりあえずは。

喉も乾いていたので、一旦保存してパソコンの前を離れた。冷蔵庫からコーヒーを出してパソコンの前に戻ると、椅子に、そこに誰かが座っていた。

「書こうとしているんだ」

あの人が座って画面を見ていた。

「それに嘘もついてる」

声が出ない。口も動かない。

「あなたは死のうと思って来たんでしょう?」

だって、でも、今はもう自殺は考えていない。だって、

「死にたいと思って、死に場所を求めて歩いてきたんでしょう?」

だって、あそこで、あの場所で、あんな事があって、あなたと出会ったら、あなたと邂逅したら、

「僕はあなたが物書きをしていると言ったから帰したんです。すごいなあって思って」

だって、でも、だって、

「誰にも言わないでって言った。書かないでとも言った」

だってだってだってだってだってだってだってだってだって、

あの人が私の体に触れました。その瞬間私の体は粉になりました。

キラキラと輝く金色の粉。

「最近秋田杉も始めたんだ」

あの人は粉になった私の体を集めてローソンのコンビニ袋に入れました。

それからなろうの新規小説作成を削除して、パソコンをシャットダウンしてしまいました。

でも、不思議と何とも思いませんでした。

それどころか、こうなってよかったとさえ思いました。

人間として、生きていた頃にあった悩みとか、苦しさ、辛さ、死に向かっている道程、そんなものが全部馬鹿馬鹿しく思えて、だから今、今、笑えるもんだったら笑いたい。大声で笑いたい。

そんな気持ちが溢れて溢れて。

溢れて溢れて。

溢れて溢れて溢れて溢れて溢れて溢れて溢れて溢れて溢れて。

 

あと、こうなってまで今更どうでもいい事だけど、白神山地の拡大によって地球温暖化の進行が緩やかになっているそうだ。で、それがアメリカとか欧州とかそういう所ではとても評価されているんだって。みんなも白神山地になったらいいのに。

なればいいのに。なれ。なれなれなれ。

2022年6月17日公開

© 2022 小林TKG

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