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二〇一九年のスロウ・ボード

絶世の美女(第1話)

吉田柚葉

『中国行きのスロウ・ボード』を読んで面白かったので書きました。

タグ: #リアリズム文学 #純文学

小説

7,420文字

さいしょの中国人にであったときの記憶はもちろんないのだけれど、二〇一九年現在ぼくは日常的に中国人といっしょにしごとをしている。

というのも、ぼくはECサイトを運営している日本の会社で広報を担当しているのだが、商品ページのライターがみな中国人なのだ(紆余曲折あってそうなった。もともとライターは日本人で、ぼくもさいしょはライターとしてやとわれた)。

ライターたちは中国の事務所で商品ページを作成しており、まいにち、ページの下書きがエクセルファイルでおくられてくる。ぼくはそれに赤をいれて、チャットでライターたちとやりとりをする。広報と言っても、インフルエンサーにPRを依頼したあとはユーチューブの動画やインスタグラムの投稿がしあがってくるのをまつだけなので、さいきんはこの商品ページの添削がおもなしごとになっている。

ライターたちの書く日本語は、はっきりつたない。日本に留学経験があって、日本語検定一級を取得ずみのひとだけをやとっているとのことだが、書くことははなすことにくらべ、またひとつ次元がくりあがるむずかしさがあるのだとよくわかる。

「文章には必ず助詞を入れるようにしてください」

ぼくはテキストボックスにそんなコメントをいれた。なんども同様の指摘をしているのだが、なかなか改善されない。助詞ということばがわからないのかとおもい、「テニヲハを意識してください」と言いかえてみたこともあったが、そうすると、「意識してください」という表現がつたわっていない気がして、しかし、その程度の表現をしらないで日本語の商品ページなど書けるものか、とつきはなしたいきもちになる。だから、いまはもう余計なことはかんがえず、「やさしい日本語」なんぞくそくらえの方針で指摘する。わからないことばがあればそっちでしらべてくれというわけだ。

それから、商品のキャッチコピー案についていくつかだめだしのことばをいれ、添削した下書きのファイル名のうしろに「古田チェック済み」ということばを追加して担当のライターにチャットでファイルをおくった。一時間ほどたって、その修正にかんしてライターからメッセージがきた。

自分はたぶん、キャッチフレーズが他のメーカーのものと類似することを避けてます。多くのメーカーが「磨き残しゼロ」とよく使ってましたから、これを使うとインパクト無しと考えます。それは、間違った考えでしょうか。。。

このライターは、いま、電動歯ブラシの商品ページをつくっており、もう一週間ほどもそのキャッチフレーズにあたまをなやませている。「メグミ」というチャットのアカウント名以外はかおも本名もしらないのだが(おどろくべきことに、この会社ではそれがふつうなのだ)、こちらの意見を歯牙にもかけぬライターが大多数をしめるなかで、この子だけはしつこくぼくに助言をもとめてくる。なんでも、入社してまだ一か月ほどの女の子で、こんかいがはじめてまかされたしごとなのだという。

他社と全く同じキャッチフレーズはよくありませんが、ある程度似るのは仕方ないかなと思います。それに、「磨き残しゼロ」は、他社と似る以前に、当然のようによく使われる言葉なので、考える方向性自体をがらっと変えてみても良いかもしれません。

そんなメッセージをおくった。十分ほどまって返信がないので、昼休憩にはいることにした。

事務所ちかくのカフェにはいった。窓ぎわのせきに同僚の堤さんが見えた。こちらに気がついて、手をふられた。つづけて手まねきされたので、ぼくはかのじょとむきあってすわった。

「さいきん、いそがしそうにしてるね」

いじっていたスマートフォンをテーブルにおいて堤さんは言った。すでに食事はおわっていて、手もとのプレートにはすこしだけ赤いソースがのこっている。

「新人ライターの子のドラフトをチェックしてるんだよ。なんども相談されるんだ」

「めずらしいね」

堤さんは目をまるくした。目をまるくするようなことなのである。

「新人の子なんだ。まだあっちの方針にそまっていないから、言うことをきいてくれる」

「なるほどね」

ぼくは堤さんに食べたものをきいて、おなじものを注文した。やがてプレートがきた。和風ハンバーグを主としたプレートだ。

しばらくたわいのない会話がつづいた。天気のぐあいとか、さいきんよんだおもしろい小説のこととか、そういった話題だ。

「わたし、らいげつ退職するの」

© 2022 吉田柚葉 ( 2022年4月17日公開

作品集『絶世の美女』第1話 (全10話)

絶世の美女

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