反ワクチン主義の犬による講演「肉球もみで狂犬病は防げる」

島田梟

小説

2,500文字

反ワクチン主義の犬の講演録です。ワクチンについて、特に何か言いたいわけではありません。

先程ご登壇されたゼーロン先生のご主人とは、同じ犬種ということもあり、昵懇の間柄でして、何度かお宅に招かれたことがあります。先生もご主人も、わたくし同様ワクチンは危険である、自身が健康である限りわざわざ打つべきではない、との考えを有しているのであります。しかしながら、ゼーロンご夫妻は狂犬病ワクチンはかろうじて許容できるとの立場を示しているので、この点は残念と言わざるを得ません。それで我々の友情が瓦解することはないものの、いずれはご理解頂けるものと信じております。

わたくしはかれこれ十年以上、ビーグル犬をさせて頂いておりますが、人間どもときたら、自分たちはやれワクチンが怖いだの、あれを打つなら伝染病にかかったほうがマシだの、まるで幼犬の如く怯えるのです。そのくせ、犬のワクチンの話になると、さっさと車に押し込んで我々の自由意志などお構いなく、自分たちが打ちたくもない注射をされる愛犬を見て、笑っているのです。なんとも勝手な話ではありませんか。今日お越し頂いた皆様も、きっと動物病院に長い間行かれていないだろうと推察しますが、あそこはまさに地獄です。同志が悲しげな声で鳴いていると、それだけで陰鬱な気分になります。無抵抗な我々に対し、金属の針を刺し、異物を混入する。これを虐待と呼ばずして、何と呼びましょう?

我が国が狂犬病ウィルスに怯えていたのは遠い昔のことです。人間がたまに感染したという報道もあるにはありますが、あれは異国の感染犬に不用意に近づいたからでありましょう。我々の側に落ち度はあるでしょうか? 一切ないのであります。もし、我々の間で再び狂犬病という恐ろしい病が流行するとすれば、それは人間に責任があります。奴らが何とかするべき問題です。ところが、奴らは犬に問題があると言いたげに、毎年毎年、危険なワクチンを接種させているのです。

こんな軽薄な主張を繰りだすのが人間であるならば、まだ理解してやらないこともありません。しかし、接種容認派の連中と来たら、同じ犬に属しているにもかかわらず、人間の肩を持つのであります。容認派はいつも同じことの繰り返しです。狂犬病を未然に防ぐのは人間のためではなく、我々のためであるのだ、と。いかにも洗脳された連中の言いそうなことです。わたくしに言わせれば、容認派はオウムや九官鳥の仲間であります。吹き込まれた言葉しか発することができないのです。もし、わたくしに時間と実行力があるならば、しつけと称して、新しい言葉を吹き込んでやります。それはこういう言葉です。「狂犬病よりも危ないのは人間だ。人間から離れろ」

我々犬の権利は、この数十年で飛躍に向上・拡充してきました。これは、何代も前の我々の祖先の時代では考えられなかったことです。オテやマテを拒否しても折檻されることはない、チンチンを要求されても毅然とした態度でNOと言える。素晴らしいことです。ただ、お集りの皆様のなかには、この自由な世の中にあってもなお、人間に飼われることを良しとされる方もいるかも知れません。誤解しないで頂きたいのですが、わたくしはそういった方々を非難するつもりは毛頭ございません。告白させて頂きますと、わたくしも生まれてから数年ほど、人間の手厚い庇護下にあったのであります。柔らかい臓器の詰まった腹部をさらけ出し、撫でられるのは屈辱ではありませんでした。むしろ、快感でありました。わたくしもまだ若かったのです。しかしながら、我々は新時代に向けて、確固たる主義主張を持ち、責任を持てる自由人として生きなければならない。この流れを止めることは、恐らく無理でしょう。いますぐに人間との蜜月状態を解消する必要はありませんが、どうかこれだけは覚えておいて頂きたい。体を許すのはいい、だが心まで許すことなかれ!

我々は自由でありますから、当然狂犬病を始めとする各種ワクチンを拒否する権利もあります。しかし、ウィルスの脅威を撥ねつけるためには、何よりもまず身体の健康を促進させる必要が、あるのであります。わたくしとて、狂犬病にかかるのはまっぴらごめんです。かと言って、何もせずにいては、防げるものも防げなくなります。今回、講演という場にお呼び頂いたのも何かの縁、皆様のために、「肉球予防法」をご指南させて頂きます。

それでは皆様、おみ足を拝借致します。右か左、どちらでも結構です。肉球の真ん中を、もういっぽうのおみ足に生えた爪で刺激していきます。最初は強く、痛さを感じるくらいで5分ほどです。それが終わりましたら、円を描きつつ、こするように刺激していきます。こちらは3分で結構です。もう片方の肉球も終わりましたら、1セットは終了です。1日に最低でも3セット、これを繰り返しておけば、体内の免疫機能が活性化し、ウィルスが侵入しても増殖が本格化する前に排除することができます。

要領がわかったところで実践に移りましょう。わたくしの後に続いて、皆様、肉球を押してみましょう。それ、もみ、もみ、もみ。前列のボルゾイのご婦人、まことに筋がおよろしいですね。二列目のシェパードの紳士、牙を使うと血が出ますので、どうかご指示通りに願います。いきますよ、もみ、もみ、もみ。皆様、この調子なら恐いものなどなくなります。では、最後に、もみ、もみ(※)

 

(※)講演の記録は、ここで途切れている。接種容認派の過激分子に襲われたからだ。犯人の名はナルタナーサン、犬種はブルドッグ(3歳)。壇上まで突如突進し、ジャルダッシュ教授の喉元に噛み付いた。警備員が取り押さえたものの時すでに遅く、教授は失血多量で息絶えた。翌日の大手新聞(反接種派)には、「接種済みのブル 狂う」との見出しが躍った。警察によると、犯人は黙秘を貫きながら、拘置所で舌を噛みちぎり、自害した。後味の悪い幕切れだったため、巷では巨大権力を持つ人間の関与も取りざたされたが、陰謀論の域を出なかった。教授の墓は、日本海が見渡せるペット霊園にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年6月5日公開

© 2021 島田梟

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