そしてオザワ・リン・マリンはすべてのヤリマンの母になる

島田梟

小説

2,138文字

中東……湾岸戦争……テロリズムの台頭……アヘ顔……サッダーム・フセイン・アブドゥル=マジード・あっ(察し)=ティクリーティー……

古い白亜の屋敷を改装したカフェテリアで、二人の男が寛いでいた。お互いに一分の隙もない出立ちの紳士だった。
「今では世界を賑わせた歪顔戦争わいがんせんそうが人々の口の端に上ることもなくなってしまったね」こう言ったのは短髪の紳士だった。「暗闇の中、暗視カメラで覗いた緑の画面に映る二次元女どもの、法悦にくねくね身悶えするところに巡航ミサイルが撃ち込まれる。あれは、見ものだったな」

これに長髪の紳士が煙草をくゆらせながら答えた。「今さらあの戦争を懐古的に振り返る輩なんぞ、君くらいじゃないか?」

外からオホホーン、オホホーンとあられもない嬌声が、林を越え、網戸をすり抜け、男たちの耳に届いた。
「あの声、いつ聞いても身震いがする」と長髪の紳士が言った。
「なに、遠くでお戯れなんだろう。こちらまで来ることはない」短髪の紳士はそばを通ったウェイターにアブサンを頼んだ。
「三十年前、あんなふざけたものが全世界の恐怖の対象になるなんて、誰も想像していなかった」煙草を持つのも億劫なのか、長髪の紳士は早々ともみ消した。
「そうだ、ひと頃はあの戦争をギャルビデオゲームのようだと評する有識者もいた」
「いや、正確には選択肢のないギャルビデオゲームのようだ、だったかな」
「トラウマみたいなものだからね」長髪の紳士はブランデーを自棄気味に呷った。「最初は歓迎ムードだったのが信じられないよ」
「平面上の住人であるファム・ファタールが現実に出てきたんだ、冴えない男どもは歓喜しただろうね。だが大半の人間には、単なるホラー映画のワンシーンだったろう。あの緑のアヘ顔に欲情した人間はいたのかしら?」
「僕の友人に一人いたね」
「それは友人の皮を被った君のことかい?」

グラスを打ちつける音が響いた。
「よしてくれよ! そこまで落ちぶれちゃいない」
「すまん、すまん。で、ご友人はなかなか人に言えないご趣味をお持ちのようだね」
「そうなんだ、どうもそいつは大映しの恥部へ、立て続けに二十回発射したらしい」
「絶倫だなあ」
「僕も乾杯してやったんだよ。彼の精力と、遺伝子と、母なる大地にね」
「そのご友人も時代が時代なら、カルネアデス板野博士になれたかも知れないな」
「カルネアデスか……。全人類が参加する裁判がもしあれば、引っ立ててやりたいよ」

亜熱帯の生温い風が紳士の前髪を撫でた。
「博士はイラク侵攻の際、爆弾やミサイルで教化するだけでは足りず、アラブ世界の性の解放まで同時にやってのけようとした」
「それが第一世代のオザワ・リン・マリン」
「博士自作のゲームに登場する無敵のヒロイン。それにしても」と短髪の紳士は籐椅子に凭れかかる。「彼は二度天才になった訳だ。一度目はマリンを単性生殖で産んだ時。そして二度目は」
「マリンを広いこの世界に放った時」

太いノしュごイのォ、という鳴き声が外から聞こえるようになった。ウェイターが酒を持ってきたがそそくさと立ち去った。紳士たちは今日という良き日に乾杯した。
「第一世代は米軍のミサイルが直撃してから、どうなったんだっけ?」
「重傷を負いながらも、サウジアラビア、オマーン、イランをしばらく飛び回っていたそうだ。M字開脚しながら」
「M字開脚しながらだって?」
「そう、物欲しげな顔で」
「てっきり股は閉じていたものとばかり」
「それは米国の流した誤情報だよ。彼女たちが股を閉じるのは死んだ時だ」
「つまり、マリンは死ぬ間際に第二世代を出産したんだね」
「その通り。ペルシャ湾に沈んで一同安堵していたら、五十倍の数になって飛び出した」アブサンのグラスが床で砕けたが、彼らは気にも留めなかった。「そして現在に至る」
「しかし、彼女たちは何が目的なんだろう? インテリどもは憶測を並べ立てているが」
「愛だよ。マリンも、その子供も、本当の愛を求めているんだ」
「わからないな。男がいなくても、彼女たちはエクスタシーに浸っているじゃないか。
「それは作られたものに過ぎなかった。その証拠にほら、彼女たちはいつもピースサインをしている。硬直していて、自分では解けないんだ。勝利者に見えてはいても、理不尽な快楽に襲われ続ける彼女たちにとって、あれは服従と敗北の意味しかない」
「すべてのヤリマンの母になる、か」長髪の紳士は自らブランデーのグラスを割った。「ええい、うるさいハエどもだ!」

カフェテリアの窓と網戸には、小さな二次元女の群れがびっしりと張りついていた。
「板野博士の予言は的中した訳だ」

ウェイターが地下に続く階段からシェルターに入れと呼びかけたが、二人は無視した。
「僕たちはなぜこんなに冷静なんだろう?」
「我々もまたアヘ顔になるのを望んでいるのさ。自分の終焉に立ち会う。これ以上の快楽があろうか?」

らメぇェぇェの合唱を合図として女たちが雪崩れこんだ。周囲を旋回し、やがて紳士たちにまとわりついた。裂けチャウう、んほーん、んほーん、と鳴きながら、耳に噛みつき、毛をむしり、体内に入る。長髪の紳士はたまらず立ち上がったが、すでに蚊柱のようになっていた。親友の最期を見届けた短髪の紳士はピースサインに固定された両手を静かに見つめた。完全に犯されていた。せめてもの矜持として、口は頑固に閉じていたが、股と一緒に「イっぢゃゥのォ!」と叫ぶのは時間の問題だった。

2019年9月26日公開

© 2019 島田梟

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