タカユキの生態──ある教養番組

島田梟

小説

3,778文字

NHKの教育番組好きだった人は脳内再生できるかも?

 お日さまがのぼると、サルのなかま・ヒトはいっせいに目をさます。だけど、これといった天敵のいないヒトは無防備だから、起きたと思ったらすぐに寝ちゃう個体もたくさんいるよ。

 さーて、お寝坊さんはいないかな…おや、ここからでも聞こえる、おおきなあくび!どうもあのちっぽけなアパートからみたいだね。行ってみよう!

 ヒトの体毛は、おもに頭部に集中してるんだけど、オスはメスと比べると濃くなってるんだ。でも、この東アジアに生息するタカユキは頭の毛以外はツルツルみたい。

 からだをかくすのはほ乳類でもヒトくらいなものだけど、タカユキは全開だ。個体によっては、群れからの監視の目がよわまると、とんでもない行動にでるものもいるよ。だから、タカユキだけが特別、というわけでもないんだ。

 寝どこのうえでつっ立ってるタカユキは、なんだかぼーっとしてるみたい。恒温動物のタカユキは、は虫類より外気温の影響を受けにくいんだけど、毛でおおわれていないからだは、冬のさむさにとってもよわい。それがわからないタカユキみたいなヒトは、しょうこりもなく同じ季節に病気になりやすいんだ。

 さすがにお湯で水あびするみたいだね。お風呂に行った。

 それにしても、大半の動物は自分の巣をきれいにするっていうのに、この汚さといったらなんなんだろう! エサを入れてた容器はちらかしっぱなしだし、それにおやおや、体毛やホコリもあって、ぐっちゃぐっちゃ。これじゃ巣にいるんだか、外にいるんだか、わかりゃしない。

 水てきをつけたまま、タカユキがもどってきた。寝どこをゴソゴソ、何をしてるんだろう? ああ、服をさがしていたようだね。外皮をおおう服はさむさをしのぐ役割もあるけど、群れに自分のことを認識させるにはどうしても着なくちゃいけないんだ。いちおう、繁殖時に異性を引きつける効果もあるよ。でも、タカユキの服にはないみたい。

 ──よっと!

 おっ、黒くて固そうなものをせおったね。栄養も水分もとらずにお出かけかな? それにしてもおっきな荷物だねー。タカユキのからだが半分くらい見えなくなっちゃった。食料にしちゃまずそうだし、甲羅でもなさそうだし…。

 みんなは知ってる?

 今日は雲が多いけど、まずまずのお天気。って言っても、クマやカエルはたっぷり栄養をとって冬眠に入ってるんだけど、ヒトはちょっと変わってて、外の状況にかかわりなくエサをさがして、年中交尾をするんだ。そのせいで生息域はつねに広がってて、ほかの動物たちにめいわくをかけまくってるよ。個体数が多くなってくると、危険な目にあうこともめったになくなる。だからタカユキみたいな個体でも、生き残れるってわけ。

 タカユキが立ちどまったぞ。一点を見つめているね。視線を追っていこう。なになに、『ライブハウス』。ここが目的地のようだね。ほら、入っていった。ライブハウスっていうのはヒトの手でつくられた洞窟のこと。なかで音をならしたり、遠吠えしたりするところなんだ。スズムシやセミを思いうかべてみて。動物の求愛活動において、音はとても重要な役割をはたしている。これは勉強ずきなきみたちも知ってのとおり。

 で、ここからがおもしろくて、この音を出す行動はオスもメスもやるんだ。だけど、どういうわけか、それでおたがいくっつくかというと、そうでもないんだ。

 じゃあ、どんな意味があるかって?

 それはするどい質問だね。

 そんなことより、タカユキがようやくイスにすわったよ。ずっと動いてたから、ちょっと暑そうだね。服をパタパタしてる。横にいるのはなかよしのヒトみたいだ。ヒトは他の類人猿とちがって、高度な記号のやりとりができる。レベルでいえば、トリ以上クジラ未満くらい。ヒトの取りえといったらこれくらいなんだけど、発達しすぎて、かえってコミュニケーションがうまくいかないこともけっこうあるよ。

 タカユキたちがさっそくおしゃべりをはじめた。群棲動物のヒトは、わるさをしないか確認するために、ひんぱんにしゃべらないといけないんだ。けんかしちゃうと、誰も得しないからね。なるべくあらそいは避ける。それが、ヒトなんだ。

 でも、ちょっと様子がおかしいな…あ、やっぱり。タカユキは相手なんかおかまいなしで、ずっとまくしたててる。触覚みたいな髪を、ブンブン、ふりまわしてる。いけないなあ。ヒトはこれをされると、怒っちゃうっていうのに。

 そうまでして、タカユキはなにを言ってるんだろう? 耳をすまして聞いてみよう。

 ──だからさ、バンドぬけて実家のしょうゆ屋つぐとかゆーなよ。もう一年ありゃ、オレらビッグだから。インディーズ卒業だから。コータのドラムと、ショーのベース。んで、タカのヴァンヘイレンの再来的ギターさばきがあんだろ。これ見た業界のおっさんに目ぇつけられたらそっこうメジャーだろ。いけるいける! 一年でいけるって!

 タカユキはなにを言ってるんだろう?

 こうして、タカユキは年に数回図に乗り、ほとんどの時間をだらけてすごすんだ。このあと、タカユキたちはとくべつなかよしでもないヒト相手にさわがしい音を聞かせてたけど、春を呼びこむ「業界のおっさん」はこなかったみたい。

 ほんと、なんなんだろうね?

 昼行性にも夜行性にもなれるヒトは、日が沈んでもなかなか寝ようとしない。他の動物が寝しずまる時間帯でも、ヒトの活動するエリアでは、いつまでもタダばたらきしてくれるホタルがぴかぴか光ってる。だから、捕食や狩猟だって、簡単にできるよ。

 こっちで、オス同士が肩を組んでさわいでる。一見わかりにくいけど、この状態から類人猿のマウントに発展することもある。あっちでは、反すうに失敗してそのまま吐いてるのもいるね。ヒトはウシじゃないから、ウシのマネをしても、ムダだよ。

 そんなおなかまの行動に、タカユキは興味ないみたい。どこに寄るわけでもなく、まっすぐあるいてる。じつはタカユキ、音を出すだけじゃ、エサが手に入らないから、「バイト」をしているんだ。「バイト」をすると、紙がもらえて、その紙を他のヒトにわたせばエサがもらえるんだ。なんでだろうね?

 合流におくれると臨時の群れのリーダーがカンカンになる。それを知ってるタカユキはちょっといそいでるね。でも、肉食系のせまい視界がさらにせまくなっちゃうから、気をつけないと…(ドンッ!)。ほうら、ぶつかった。

 相手はつよそうなオス。肩をなでながら、息をあらくして、タカユキを威かくしてる。これはマウンティングがはじまりそうだ。触覚でオスのつよさに気づいたタカユキは、降参するために頭をさげる。

 ──さささ、さーせんした!

 東アジアに生息するヒトのけんかは、これでだいたいおさまるんだけど…さて、どうなるかな。

 大きなオスが、がっちりとタカユキの肩をつかんだ。でも、安心して。ヒトにとってこれは、友だちになろうっていうしるしなんだ。けど、不思議だね。初対面だと、これはあまりやらない行動なんだけど。

 ──あの、ボク、バイトに行かなければでありまして。

 ──いくらだ?

 ──え?

 ──時給。

 ──九七〇円っすけど。なんでですか?

 ──オレは二万円出す。だからニイちゃん、うけとめてくれねえか?

 オスがじぶんの口びるをなめてる。あっ、たいへん! タカユキが食べられちゃう!

(ドラムをつかった危機感をあおるBGM)

 タカユキはけんめいに逃げるけど、オスの足はすっごく速い。追いつかれそう。

 これはみんなに言ってなかったけど、ヒトはオス同士、メス同士でも交尾をすることがあるんだ。それで子どもができるのかって? いや、それができないんだ。じゃあ、なんでやるのかって思うよね? じつはエライ先生のあいだでも、いろんな意見があるんだけど、これは繁殖目的っていうより、遊びだね。ヒトは、交尾ごっこが好きなんだ。とっても楽しくて、すごく楽しくて、かなり楽しいからやめられないんだ。

 と言ってるうち、ふたりのすがたを見うしなった。どうもホタルのいないところに行ったようだ。

 もう暗いから、明日になるのを待とう。

 草木が芽を出すみどりゆたかな季節になった。それでも、タカユキはアパートに帰っていない。せっかくできたパートナーのメスが一度、部屋でうろうろしてたけど、新しいオスといっしょに、どこかへ行ってしまった。

 巣だつものもいれば、消えるものもいる。それが自然界のおきて。ヒトの世界はまだやさしいんだけど、やっぱり寿命まで生きるのは、けっこうむずかしい。東アジアのオスの寿命は、だいたい八〇才。タカユキは二一才だった。タカユキはどこに行ったんだろう? みんなも、あのあとどうなったか、気になってるよね。実はこれ、誰にもわからないんだ。

 どうなったんだろうね?

 おや、タカユキの部屋にものかげが見えるね。どうやら次に住むことになったヒトみたい。なんだかひとりで笑ってる。まわりになかまがいなくても、ヒトは笑うことがあるんだ。なぜだか、もうわかるよね?

 そう、楽しいからさ。

 かれはどんな生活をするんだろう。タカユキよりもうまく群れで生きてゆくのか、ボスビトをめざすのか、それともタカユキみたいに消えちゃうのか。

 自然界よりも安全と言ったって、ヒトもラクじゃないらしい。

 おーい、つぎのヒト! きみはちゃんと、長生きするんだよ!

(リラクゼーション効果あふれるBGM)

 

【次回はミヤマクワガタ】

2019年11月28日公開

© 2019 島田梟

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