かつて、あれほど男を侍らせた女がいただろうか? 彼女の前では、時の権力者たちも赤子に返った。しかし、のちにアメリカ全土(もちろんハワイやアラスカも)にその名を知られたラシュモア・ウーマンも、公への初登場はとても地味な動画においてだった。ホームセンターで買ったダーツの的が掛かっているだけの白い壁を背景に、どっしりした女性がぎこちない笑みを浮かべている。「ハイ、ガイズ」見えない聴衆ではなく、ほとんど撮影者の夫に話していた。おそらくカンペもあるのだろう。目がせわしなく動いている。「これから、わたし、は、ジョージ・ワ、シントンの入れ墨、をします」こう言って、彼女は小さなビキニで覆われた右乳輪のすぐ上を指差した。短いカットがはさまれた直後、そこには建国の父の肖像画が刻まれていた。『LIKE!』を催促するように親指を立てる彼女と、アメリカ国歌を酒やけした喉で歌う声が響いたまま、その動画は終わる。
きっかけは、フロリダ州サウス・タンパでタトゥーショップを営む夫とのなにげない会話だった。ミランダもその頃はLカップの爆乳で大柄という以外は、フロリダのどこにでもいるような女性だった。
「あー、刺してえ、刺してえ」ひねくれ者のトニーはあえて物騒な表現を使った。そうしないとストレスで頭が破裂しそうになるからだ。
「そりゃお店開かなきゃ、人は来ないでしょ」一階の店舗スペースからは物音ひとつ聞こえない。トニーは気分が乗らないと、勝手に定休日を作り、ソファに陣取るのが常だった。
「仕方ねえだろ」トニーは起き上がった。中肉中背の彼は、彼女と比べると見劣りする体格であり、本人もちょっと気にしているのか、結婚十六年目を機に口ヒゲを生やし始めて四年が経過していた。
トニーは自己評価が高く、アメリカンスタンダードで見積もっても高かった。いわく、「おれはフロリダ一のタトゥーアーティストよ! おねーちゃんの足首にローズとか、野郎の肩にテメエの女の名前とか、ウンザリなんだよ!」
これを聞くと、ミランダは複雑な気持ちになる。彼女の足首には、マリーゴールドの花が咲いており、その種を植えてくれたのが、トニーその人だった。本当は自分と夫の名前もどこかに刻みたかったが、有名な同業者の活躍を見るとすぐにヒステリーを起こすから、言い出せずにいた。
「あなたにもチャンスはめぐってくるわよ」
「そりゃいつだい?」シラフだけになおさらタチが悪い。
「いつかはいつかよ」
「ふへぇ! 伸びやがれ寿命!」トニーは立った。
「どこ行くの?」
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