謀の味

応募作品

古戯都十全

小説

4,408文字

2021年1月合評会応募作。

計画は無残に破綻した。しかし目的のものは手に入った。芹奈は血だらけの状態で美冬を呼び、彼女の性器へ精子注入を行うが……。

頬を流れているのは涙なのか血液なのかわからない。ぽたぽたと地面に落ちていることに気づいてコンクリートの地面の点々に目をやるが、うまく焦点が合わずぼやける。今出てきたアパートからとにかく一刻も早く離れようと足を動かしてみて、左足を引きずっていることに気づく。ついでに激しい痛みもついてくる。当初の計画は大きく狂ったが、肝心のものは手に入った。芹奈せりなはポケットに手を突っ込み中身を手で感じとる。まだ生温かい。何か音が聞こえた気がして後ろを振り返る。男の姿はない。

歩道に出てまっすぐ前を見て歩く。片側二車線の道路を車がスピードを上げて行き交う。血と涙の痕跡を地面に残しながら対向車線に目を据える。おそらく向こうの車線から来るはずだ。振り返って道路を渡るタイミングを計る。だめだ。焦点が合わず車間距離を測れない。息があがり立ち止まる。太腿の裏を液体が流れていくのがわかる。地面に染み溜まりができる。おそらく色は赤いのだろう。恐怖が再燃し出す。血と一緒に悪寒が流れていく。

「こっちよ、芹奈! こっち」

声のする方を見ると美冬みふゆが対向車線で車から手を振っている。目の前にはまだ車が流れ続けている。着信が鳴ったことに気づいて手の中のスマートフォンの画面を見る。血だらけだ。美冬からだが慌ててボタンを押し間違えて、電話を切ってしまう。続けて押し間違えて、ついさっきまで撮影していた映像が再生される。瞬速の吐き気に襲われ地面の染みの隣に汚物を吐き散らす。対向車線から美冬の叫び声が聞こえる。クラクションが激しく響き渡る。美冬が車を無理矢理Uターンさせて芹奈のいる方へ向かってくる。

「芹奈、大丈夫? 何これ? どうなってるのよ? 何されたの?」

「私のことはいいから。とにかくここを離れないと」

「でも体中血だらけじゃない!」

芹奈は構わずドアを開けて後部座席に横たわる。「いいから早く出して!」車が走り出すと芹奈はポケットからものを取り出す。

「まだ温かいけど、早くいれないと。どこか、あんまり人目につかない駐車場はない?」

「そんなこと言ったってどこ行けばいいのよ……」

「もうこの際どこでもいいわよ。適当に離れたら停めて」

二車線の道路から車が左折し、DCMカーマとアルビス、ユニクロが並んで建っているだだっ広い敷地の駐車場に入って行く。店舗から最も離れた道路際に車を停めると美冬が後部座席へ移ってくる。美冬は血糊が乾きつつある芹奈の口元に唇を押し付け激しく吸い付く。血が再び水分を獲得して鉄分を含む渋みが芹奈の口中に広がる。口を放して芹奈は右手のチャック付きポリ袋を顔の前に持ち上げる。

「今はそれどころじゃないでしょ? 早くいれないと」

「本当に大丈夫なの?」

「痛いのは左足だけだから。ちゃんと病院にも行くし。とにかくやってしまうわよ」

「……何で途中でやめて逃げてこなかったのよ? 確かにいろいろ計画はしたけど、命には代えられないでしょう?」

芹奈は唐突に美冬の腰に両手を当てて彼女の体全体を押し倒す。

「ちょっと! 本当にここでやるの?」

「しょうがないでしょ! 温かいうちにやらないと。早く脱いで!」

美冬は丸っこい顔に渋面を浮かべて少々の不快さを表しながらも臀部からデニムのスカートと下着をずり下ろして脱ぎ、太腿に手をあてて股を広げる。ポリ袋のチャックを開け、大陰唇の上部に丸型に揃えられた陰毛に左手をついてバランスを取ると、芹奈は慎重な手つきで美冬が手動で開花させた小陰唇の上からポリ袋を傾けていく。腐ったヨーグルトのような濁った精液がゆっくりと小陰唇の襞に流れ落ちて膣口へと伝っていく。

「どう? 入ってる?」美冬が頭をもたげて状況を覗こうとする。

「動かないで! 今入ったところ」

ポリ袋からすべての精液が流れ終わると、入り切らなかった分が膣口からあふれ出す。芹奈は慌てて舌を突っ込んで精液を押し戻そうとする。血液が頬を伝い落ちてきて精液と混じり芹奈の舌を混沌とさせ、味覚の限界を広げる。

「何かくすぐったい。どう? 大丈夫そう?」

芹奈は不意に体のバランスを崩し、運転席と後部座席の間に背中から倒れ込んだ。意識が朦朧とし出し、美冬が何か叫んでいる声が遠くに聞こえる。やはりリスクが高すぎた。手段と目的、要らぬ感情と必要な感情が混ぜこぜになった。愛だとか何だとかが行動の前提としてあったと言ってみても、所詮は失くした子宮への執着が変貌した醜い感情の発露でしかなかったのかもしれない。芹奈は遠のく意識の果てにそんな事々がよぎるのを感じた。

 

「どう? やわらかい?」

猫が餌をねだるような声を出す美冬の顔を見つめたまま芹奈は彼女の膣の中を中指で弄る。アプリの排卵日予測だけで満足せずに子宮頸管に触れて確かめるためだ。排卵期になると子宮頸管は人間の鼻頭の固さから小鼻くらいの柔らかさになるという。

「うん、大丈夫そう」

子どもを持つことを話し合って決めてから既に一か月以上経つ。言い出した手前、名のある精子バンクやツイッターで精子提供を謳うアカウントを漁っていた芹奈に美冬がその提案を持ち掛けた。元々精子に特に色好みはなく健康体であれば何でもよかった。しかしウェブ上の精子の氾濫に対し、逆になかなか決められないでいた、というよりもたどり着けずにいた芹奈にとっては渡りに船だった。探しても近隣に提供ボランティアはおらず、また精子バンクから購入して人工授精を試みたとしても必ず妊娠するとは限らないので、費用が発生しないにこしたことはなかった。

「本当に初めてなの?」

「もちろん」

「元カノとそういう話にならなかったの?」

芹奈は首を振って膣から指を抜き、謙虚に自己主張する美冬の桃のような尻からなだらかにくびれた脇腹の先まで愛液に濡れた指を這わせてから、ツインテールにした頭部に手を添えて引き寄せると、唾液のまとわりついた舌を美冬のタンウェブを施した舌に絡ませる。

特に根っからの同性愛者と言うわけではなく男と女のあわいを漂う美冬に魅かれたのは事実だった。付き合い始めの頃、美冬はまだ時々その男の所に行っていたらしいが、暴力を振るわれて目が覚めたらしい。ただ、その男の精子を使って復讐し、養育費を毎月掠め取るという彼女の言葉の裏には、自分への愛情と同時にある種の未練を読み取れるような気もしていた。

「あいつ、始める前と終わった後に必ずシャワーするから。特に始める前なんか、シャワーしてすぐ濡れた体のままやりたがるのよ」と何度も確認してきたことを美冬は、芹奈の首元から喉へかけて猫が毛づくろいをするように舐める。「言えばゴムはつけるはず。逆に言わなきゃナマでやろうとするよ、たぶん。だからゴムつけろって言うのはマスト、あとあいつがシャワーに行ったあと即でゴム回収。わかった?」

男が最近はクラブで女を漁っているという情報を美冬がキャッチしてきて計画の準備は整った。小細工をするまでもなく男は簡単に引っ掛かった。餌として撒いた、子宮内膜症の治療のために子宮を摘出した、という芹奈の話にスッポンみたいに喰いついてきた。

 

先にシャワーを終えた芹奈は男が身を清めている間、ベッドの後ろにある棚の上に束になっている雑誌の背にスマートフォンを横向きで立て掛けて証拠のためのビデオ撮影を始める。

始まってすぐに性器から通告される違和感に気づいた。それは痛覚というよりも絶えざる連続性にあるようだった。自分で指やディルドを入れるのとは違う、自分ではコントロールできないその連続性。芹奈はたまらず体を起こし、男に抱き着くようにして耳元で一時休戦を願い出る。肩幅は広いが締まりのない体と扁平な顔に汗を浮かべて男は無表情で芹奈の膣から陰茎を抜く。芹奈は中腰気味にすり足でトイレへ向かう。不断の行為から逃れられたことにほっとして何も考えずに便座に座ると、尿が漏れ出てくる。

トイレから出ると芹奈は男の顔が無表情から憤怒に変わっていることよりも先に、自分の側頭部が壁に押し付けられていることに気づき、動転状態に入る。何も言わず表情だけ携えた男の手にはスマートフォンが握られていて、そのへりの部分が勢いをもって芹奈の頬にめり込む。続いて額にも二発入る。頭部と頬骨の鈍痛及び口中の出血が芹奈に判断力を取り戻させる。性器の違和感に気を取られ過ぎて撮影のことが完全に頭から抜けていた。計画は敗れた。既にばれている。腹部に自分のスマートフォンを喰らっている間に芹奈は打開策を考える。

「オイ! 何だこれは?」

眼前に美冬と二人で並んだ写真が表示されたスマートフォンの画面が向けられる。芹奈は男の見せた隙を逃さず腹部に間髪入れず膝をお見舞いする。男が呻いて前傾姿勢になりスマートフォンを手から落とす。芹奈は肘で男の下顎を打って素早く逃げようとするが、男が体を反転させて両手で芹奈の腰をつかむ。体を振って逃げようとするがバランスを崩し、そのまま二人で床へ倒れ、芹奈は左肩をしたたか床に打ちつける。

「このアマ!」

衝撃で一時停止した芹奈の体の上を這ってきた男は、マウントポジションから両手で芹奈の首を絞める。気道が閉まっていく。息苦しさに悶えながら手をバタバタさせると何かにぶつかり、上方から針金ハンガーが降ってきて芹奈の手に当たる。それをつかんだ芹奈はその湾曲した先端で男の左目を突く。首から手が放れる。男が殺気立った叫び声をあげて目を抑える。男を押して起き上がると芹奈はハンガーのかかっていたポールスタンドを男めがけて押し倒す。男がスタンドの下敷きになる。芹奈はスタンドの上からマウントをとって、ハンガーの先端で男の首を繰り返し激しく打つ。男は首から血を流しながらも、倒れ込んだ頭の位置にあった一升瓶をつかんで芹奈の左の太腿に打ちつける。瓶が割れる。割れた瓶がもう一度同じ箇所にヒットし、太腿から流血が始まる。男の首の傷口も広がり、流れ出た血が湖面をつくる。男の動きが鈍くなる。芹奈はスタンドをどかして動かなくなった男の体を引きずり上半身をうつ伏せでベッドの上に乗せ、陰茎がベッドの端から垂れるようにする。男の首から垂れる血がベッドの上に染みをつくる。床に脱ぎ捨ててあった服からポリ袋を取り出すと、まだいきりたっている男の陰茎からコンドームを剥ぎ取り、その下にポリ袋の口を構えて素早くしごく。ほどなく酢酸のようなきつい匂いとともにねっとりとした新鮮な精液が垂れてきてポリ袋を満たす。服を着てポリ袋をポケットにしまう。落ちているスマートフォンを取って玄関を出ようとすると男が足首をつかみ、芹奈は倒れて額を床に打ちつける。呻きながらつかむ手に力を入れてくる男の顔を足蹴にする。男の手が放れると急いで玄関を出る。震える手でスマートフォンの画面を開き美冬に電話をかける。額から血がぽたぽた落ちてきて画面を染める。

「まずったのよ! すぐ迎えに来て!」

2021年1月14日公開

© 2021 古戯都十全

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"謀の味"へのコメント 14

  • ゲスト | 2021-01-20 12:36

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  • 投稿者 | 2021-01-21 06:43

    すんなり終わるはずの計画が、どんどんと破綻していってしまう感じ。私はファーゴを思い出しました。

  • ゲスト | 2021-01-21 19:54

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  • 投稿者 | 2021-01-22 23:54

    あらゆる体液が登場するおぞましい描写にドン引きしながらも、先が気になって読まずにはいられませんでした。「精子を使って復讐」という動機はどうなのかなと思いましたが、そんなことはどうでも良くなりました。破滅派に相応しい作品と思います。

  • 投稿者 | 2021-01-24 12:51

    文章に勢いがあっていい。養育費なんてとても取れない状態になったのに、なぜこの男の精液で妊娠することにこだわるのだろう。こんな奴のDNAなんて残したいものかな? こんなずさんな計画を思いついて恋人に実行させるなんて、美冬って女はつくづくファム・ファタールだなあ……と思った。

  • 投稿者 | 2021-01-24 14:22

    皆さん指摘されていますが、DV男の精子採集にこだわるところが、費用面などの事情を鑑みても少し疑問に思いましたが、DV男あってこその迫力のある流血シーンではあると思うので、この構想から入ったのかなと思います。描写に力量を感じます。

  • 投稿者 | 2021-01-24 15:39

    男に復讐するために生まれる子どもってものすごく悲しい存在だなあと思いました。この話にはどことなく、映画「そして、ひと粒のひかり」のような雰囲気を感じました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 17:49

    迫力のアクション描写でわくわくいたしました。
    問題は前提がおかしいので、登場人物はみんなアレなんだなあと、おもい、アレはいやだなあと思いました。

  • 投稿者 | 2021-01-25 00:08

    迫力のある描写で引き込まれました。
    ただ酢酸なのかな?(体質による?)

  • 投稿者 | 2021-01-25 09:15

    ハラハラドキドキさせ方がうまいなあ。エンタメ書きなれてるのかしら。何か大きな陰謀に巻き込まれて精子を盗み灘なきゃいけない状況になったのかと思ったら、養育費をせしめるためだったのが少し引っかかりましたが楽しく読ませてもらいました。

  • 投稿者 | 2021-01-25 14:02

    時系列を倒置しているにもかかわらず破綻がまったく見られないのはすごいと思いました。勢いだけでは書けない、計算高さをそなえた作品だと思います。

  • 編集者 | 2021-01-25 15:00

    精子を利用する上の疑問は他の人がみんな書いてしまってるが、一度怨讐で物事を考え始めると歯止めも無く勢いで突き進んでしまうのもリアルではある。

  • 投稿者 | 2021-01-25 16:49

    理由の整合性より解像度が高い場合は何かしらの事実性を感じるようになって、どこかで聞いた話なのかなと思いました。

  • 投稿者 | 2021-01-25 18:11

    整合性とか衝動的犯行とか計画的犯行とか、厳密には区分けなんかできるもんじゃないよなあと思いました。しかし、ソイツを、その精子を利用するのかと。

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