刻下

応募作品

古戯都十全

小説

4,252文字

合評会2020年5月応募作。テーマ「不要不急」
通信、流通等社会的機能が麻痺し、既存の多くの国家がすでに潰えた世界における、とあるコミューン。
彼から新たな国家の建設に協力するよう迫られた私は、訝りながらも抗えず史料を求めてコミューンを出るが…。

久しく目にも耳にもしていなかった「国家」という言葉を彼から聞かされた時、私は彼の意図を即座に把握できたわけではなかった。
「国家を建設したい。なるべく早くだ。協力してほしいんだが」
「なぜ今国家の建設が必要なんですか?」私は腰に手をあてて鷹揚に話す彼に対しなるべく穏やかに、動揺を隠しながら聞いた。
「人々を守るためだ」
「何から守る必要があるんですか?」
「外敵に決まってるじゃないか」

確かに移動式コミューンの原人げんじんという一派がこの近辺のコミューン荒らしを行っているという情報を私も耳にしていたが、彼がその情報について合議の場において言及した形跡は一度もない。それは私自身が記録しているので間違いないと思われる。だがそもそも今この世界において情報とそれをもたらす通信が意味をなさないものであることは周知の事実であり、私たちのコミューンの穏やかな日常にテコを入れる必要あるのか甚だ疑問に感じたので私は続けて彼になるべく穏やかに詰め寄った。
「あなたが自ら為政者となるつもりですか?」
「もとよりそのつもりだが、何か問題はあるか?」
「責任が伴います」
「どんな責任だ?」
「人々を守り、建設した国家を守り、そしてそれらを守り続ける責任です」
「だからさっき言ったじゃないか。人々を守る、と」

彼は手持無沙汰に舌で前歯の裏を舐めまわし、明らかに不機嫌な態度を示し出した。私は以前、記録をもとに彼に、国家的体裁をとっているところも含めて近辺の他のコミューンついて説明したことがあったことを思い出したが、それらはこのコミューンの形態とたいして変わらない。あるいは彼は図書館の蔵書から何か薫陶を受けたのだろうか。私が今彼と立ち話をしている場所は図書館の入り口前にある階段である。この図書館は私たちのコミューンに関する記録の保管場所であり、私の仕事場でもある。これは彼の父に当たるこのコミューンの創設者が創建したものである。
「国家設立を宣言することはある意味でこのコミューンを外部から閉鎖することと同義になります」
「何故だ?」
「領域が明確化されるため、その内部の人々を守るには国境を設けて外部からの来訪者に対して入国審査をする必要が出てくるからです。そうなると今でさえ入りにくい情報や物がますます手に入りづらくなる可能性があります」
「情報など流言飛語の類でしかないと記録に書いていたのはお前じゃないか」
「……考えさせてください」
「いや、だめだ。考える余地はない。ことは急を要する。それと、国家の建設にあたり神話を書いてもらいたい。このコミューンの始まりと国家が成立するまでの壮大な叙事詩だ」
「は?」私はうろたえた。続けて彼は彼自身の誕生と国家建設を結びつける神話の導入部について事細かに説明した。
「これは是非とも決定事項として扱いたい」
「合議にかけなければ決定事項として扱えないはずですが?」
「急を要することは例外だ。第一、合議にかけなければならない法律など存在しないじゃないか」
「私には国家建設は不要不急のことと思われます」
「お前の意見などどうでもいい。これは決定事項だ。決まったからにはあの男と一緒に神話執筆に必要な史料を取りに行ってもらう。この図書館の蔵書にはないのでな。『コジキ』というものらしい。場所はあの男が知っている。お前には史料の真偽の判断と、その他必要な付属史料が無いか見てきてもらう」そう言って彼は少し離れた畑の上に立つ老人を指し示した。私は何も言い返せなかった。

 

人々が国家、及びグローバリズムの維持に徐々に関心を失い、世界のあらゆる場所で社会機能の維持が困難になったのはいつ頃のことなのか、史資料を駆使すれども今となっては正確に把握できない。一説によれば、大寒がおよそ十度巡るごとに世界を覆った新種のウイルスの災厄が国家間の不信をあおり、情報通信ネットワークの崩壊と流通の停滞を招き、社会機能の麻痺に一役かったという記録もあるが、様々な場所で様々な立場の人間が手前勝手に記述してきた記録は普遍的な記録とは言い難い。もはやこの世界では万人が共有できる情報など存在しないのである。

ところで私の仕事は、まさにその手前勝手なというべきもので、このコミューンの記録を司る記録士である。二十四節季ごとに各戸の代表を集めて行う合議の内容と事件、事故の類を記録している。ただしほとんどの住民は記録などあまり気にかけない。

翌日朝早く、私は白髪の日に焼けた顔をした小柄な老人と一緒にコミューンの外に出て、コンクリートがそこかしこぼろぼろに崩れたかつて国道と呼ばれていた道を西へ向かって歩き始めた。老人は主に交易の仕事をしている男で、たまに図書館で見ることはあったが話したことはない。私は一言も発することなく先を行く老人に、黙ってついていった。風が強く雲の流れの鋭い日だった。

太陽が傾き始める頃、老人が急に地面に這いつくばって耳を地面に押し付けた。不思議に思って見ていると老人が急に道路を離れてかなりのスピードで道路に沿った深い草叢の中へ駆けて行った。
「あ、ちょっと。どこに行くんですか?」老人はすぐに見えなくなった。呆然として途方に暮れていると、道路の前方から地響きのような音が聞こえ出した。その音は徐々に近づいてくる。音とともに前方に土煙の様なものが上がっているのが見える。その煙が徐々に近づいてくる。胸騒ぎがしたのも束の間、私は慌てて来た道を駆けだした。が、既に遅かった。鎧兜をつけ馬に乗った数十騎の騎馬隊に私は囲まれていた。一体何がどうなっているのか……。

 

気がつくと、私はテントの中に横になっていた。頭の横にあるランプの明かりを頼りに起き上がると、右肩に鋭い痛みが走った。目の前に鎧をつけた栗色の長髪の女が座っている。
「気がついたか?」女は北方モンゴロイドとラテン系の血の混じった顔つきをしていた。「少々手荒いことをしてすまなかった。私たちが何者かは察しがついているだろう?」

彼女の鎧は図書館の蔵書で見た古代のスキタイ人風のものであった。「コミューン荒らしをしている集団ですか?」
「はっはっはっ。そんな風に言われるのは心外だ。だがそういう情報はある種の抑制力になるのであえて野放しにしてはいるがな。我々は権威と象徴が生まれる前にその悪しき芽を摘み取ることを生業としている」
「は?話が呑み込めませんが?」
「別に構わない。そもそも権力の監視は有史以来行われてきたことだ。そなたが生活するコミューンの創設者は確かに理想的な社会と呼び得るものを作り上げた。しかしそれを継続させる努力を怠った。息子のことを含めてだ。そしてこのまま権力が立ち上がればそなたも同罪となる。まあ、その前に我々が手を打つことになると思うが」
「……あなたたちは武力でもって権力の誕生を抑制しているわけですか?だとしたらあなたたちが排除しようとしている権威や象徴による支配と大差ないと思いますが。矛盾していませんか?」

女は細く角の立った顎を触りながら考える顔つきになった。「たとえ我々がやらなくても別の同じような集団が現れ為政者に対し異を唱えるだろう。もちろん武力を伴っている以上権力を保持し得ることは十分承知している。しかし国家とは違って我々は移動する身体だ。国家とは場を動かず、且つ権力以外何物も有することのないただの概念にすぎない。その概念を維持するため人々は能力以上の奉仕と半強制的な定住を国家権力によって余儀なくされる。本来市井に生きて歴史を紡ぐはずの人々は、国家に収斂されることで歴史から疎外され死に至る。つまり国家権力とは歴史を破壊する装置でしかないのだ」

私は言葉に窮した。外の風が強くなりテントを揺らした。
「そなたを足止めしたのはそなたを守る意味もあった。そなたのコミューン を国家にしようとしている者、彼は人を集め着々と準備を進めている。そなたとともにここまで来た老人は我々が放っていた密偵だ。我々はこの近隣の多くのコミューンに密偵を放ち情報を収集している。ただしその情報は支配のためには利用しない。あくまで権威権力の排除のために使用する。これからそなたのコミューンに行き、我々がなすべきことをするつもりだ。そなたがこれからどうするかは自由だ。ただ、我々が足止めをした意味は分かってほしい」

そこまで話すと女は徐に鎧を脱いだ。上半身裸の体は皺と包帯と生傷で覆われている。女が私の横に腹ばいになると突然テントに若い男が入ってきて彼女の背中に何かゼリー状のものを塗り始めた。

外は夜明け前らしく淡い藍色の空に包まれており、昇る前の陽が北アルプスをわずかながらに照らし、その位置関係から私はコミューンからそう遠くない位置にいることに気づいた。まだ風が吹きすさぶ中、道路脇の砂と土だけの地面に立っている幾つかのテントの間を騎馬が忙しく行き交っていた。老人はそのテント群から少し離れた井戸の傍で馬に水をやっている。
「一杯食わされました。あなたは一体何を目論んでいるんですか?」老人は聞こえていないのか、馬の顎を撫でている。「あなたは彼の協力者ではなかったんですか?」老人と眼が合った。短い白髪は風に抗して逆立ち、細い眼は私の眼というよりも、その奥に位置する動揺に針を刺すかのようであった。

騎馬が一騎、土埃を上げて井戸の前で止まり、スキンヘッドの屈強な体をした男が黒い馬から降りた。「よう客人、この爺さんは話せないぞ。舌が半分ないからな」老人は馬の手綱を取ると、テントの方へ歩いていく。
「どういうことですか?」
「そういうことだよ。爺さんも元々はとあるコミューンの創設者だった。ただ行き過ぎた専制によって俺たちの様な権威破壊型のコミューンに捕らえられた。その際に自分で舌の半分を噛み切ったらしい。まあ、今俺たちと行動を共にしていることを考えると、どうやら自分で自分の言葉を封じる意図だったらしいがな」

陽が昇り始めた。騎馬隊が徐々に列をなし始め、テントが畳まれ出した。先程の女が鎧をつけて騎馬隊の前で何やら声を張り上げていた。騎馬隊が進み出す。

刻下、必要なことは権威を持とうとする為政者の排除か。それとも権威を発揚して人民を統率し、且つ豊かにしようとする国家か。私は自分の中で答えが出ていると思っていたが、今は迷いの森に踏み入っている。その森を抜け出すには、無批判にどちらかの立場に自己を明け渡すのではなく、眼の前で起こる事象を記録し続けるしかない。

2020年5月13日公開

© 2020 古戯都十全

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思弁小説 純文学

"刻下"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-05-21 23:10

    国家がなくなってコミューンが共同体の単位となった未来が詳細に説明されている。十分に練られた世界観だと思う。これから熾烈な対決で話が盛り上がりそうなところで終わってしまうので、もっと先が読みたいと感じた。

  • 投稿者 | 2020-05-22 19:43

    SFチックでなんだか難しそうなお話だな、と思って読み進めましたが、かなり読み応えがありました。
    「国家の建設にあたり神話を書いてもらいたい。このコミューンの始まりと国家が成立するまでの壮大な叙事詩だ」のところでわーおこえー周到だー!てなりました(語彙が貧弱ですみません…。
    私個人としてはこれからの展開よりも何より主人公の「逡巡」にフォーカスした作品だと思うので、完成度は損なわれていないと感じます。

  • 投稿者 | 2020-05-23 15:20

    人が集まって何らかの集団を作ることについて考えさせられる物語でした。
    「国家」という大きな社会を望まなくなった人々が作った「コミューン」が、小さいがゆえに理想的な運営ができているところなど、古代ギリシャやローマを思い起こさせるし、権威主義と専制を警戒しつつ結局はそれに飲み込まれていった経緯を考えさせられます。
    図書館の管理者でもあり、記録士でもある主人公の「記録し続けるしかない」という態度こそ、何が正しくて何が間違っているのか分からない状況をも未来につなげることになるのでしょう。大げさに言えば、これまで生きては死んでいった膨大な数の人間の総意でもあると思います。不偏中立の立場は取れないことを自覚しつつ「記録」し続けることですね。……って、マスコミ論みたいになってしまいました。ところで「国家」と「刻下」はダジャレですか?

  • 投稿者 | 2020-05-23 15:52

    ポストアポカリプスですかね。記録士はアンドロイドかロボットの類かしら。「舌で前歯の裏を舐めまわし」の表現は秀逸で、情景が目に浮かびました。私にはどう頭をひねっても出て来ない表現だなあ。

  • 投稿者 | 2020-05-23 18:45

    為政者に伴う責任に関して、物語の中で「人々を守り、建設した国家を守り、そしてそれらを守り続ける責任」があると主人公は述べましたが、現実の社会においてこの責任を誰が負っているんだろうなんて考えながら読ませていただきました。読み初めは壮大な世界観にびっくりしましたが、最後まで読むことで主人公が置かれている立場や考えがよくわかり、面白かったです。

  • 投稿者 | 2020-05-23 21:49

    ここから壮大な物語が始まりそうで、その序章を見たかのようで、この先が気になりました。『狂四郎2030』みたいな近未来ディストピアがいきつくと、にわかに『キングダム』味が出てくるのか……。

  • 投稿者 | 2020-05-24 00:06

    この文字数でよくこれだけ世界観構築して語れるな~~すげ~~と思いました。続きそうな気もするしそうでない気もする。。。おもしろかったです

  • ゲスト | 2020-05-24 00:12

    国家と言う当たり前の物がない舞台で自分の信じた正義の為に戦う。18世期のフランスを彷彿さる様なお話でした。歴史を受け継いでこれたのも主人公の様な記録士が居たからなのだと改めて考えさせられました。

  • 投稿者 | 2020-05-24 03:31

    ラストは記録士という職業と結びつけた終わり方だなあと思いました。もしもこの物語が続くのであれば、自分で舌を半分噛み切った老人が何か重要な秘密を握っているような気がしてなりません。

  • 投稿者 | 2020-05-25 12:36

    記者の書いたインタビュー記事のようなものを想像しました。ボリュームあるセリフによって構成された会話を中心に話が進み、大きな物語にもかかわらず少ない字数で読みやすくまとまっていると思いました。陽が昇る情景で終わってゆくのが好きでした。

  • 編集者 | 2020-05-25 14:16

    奥崎謙三は国家を酷禍と書いたが、この刻下というタイトルにも様々な背景を感じる。国も所詮は時の流れのなかにある一存在でしかないということか。記録士も、崔杼弑君の逸話のような数々のドラマを経てきたのだろうかと思わせた。

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