虚空の中の愛

応募作品

古戯都十全

小説

4,076文字

参照作品『軽蔑』(監督ジャン=リュック・ゴダール、1963年  やや倦怠気味の女優と脚本家の夫婦がプロデューサーに招かれイタリアのカプリ島に赴くが、二人の関係は徐々に悪化の道をたどる。プロデューサーに誘われた妻は夫のもとを去るが、悲劇に会う。)
『虚空の中の愛』
別の人と寝ていると彼女に言われたが既にそのことを知っていた彼は、彼女の意図とともに、二人の関係について過去を思い起こす。

画面の中のベッドの上で見る側に背を向けて横たわるブリジット・バルドーとは頭と足の位置を逆にして目の前に下着姿で横たわる女の腰を胸の方に向かって手でさすりながら、彼は今朝彼女から言われたことを反芻しつつも、悔悟へと導こうとする思考の波を押し戻すべく、女の柔らかい肌の下にうごめく脂肪と肉の感触を確かめた。『軽蔑』を見たいと言ったのは彼女であって、その日はハードディスクに溜まっている録画した映画を見ることで二人は一致していたはずだった。彼はその予定を六日前に決めてはいたが、四日前にさる事実が判明してから彼にとって今日の予定は二人の関係の終わりの始まりになることは避けられないものとなっていた。よって彼女が先程突然切り出したさる事実も彼は既に知っていたことであり、彼が聞くよりも先に彼女の口から出たことで逆に安堵を覚えるほどであった。
「一回一緒に見たのを覚えてないのか?」画面から目の前の彼女のうなじに目を移して手で触れながら彼は聞いた。
「覚えてるわよ。でも内容を覚えてないのよ」

彼女は少し体をよじってベッドに垂らしていた腕を自分の腰にあてがった。前に一緒に『軽蔑』を見たのは一年以上前で、二人はまだ交際したての頃だった。その時の『軽蔑』はハードディスクの中にあったが今はなく、今朝の彼女の提案により彼は昼間、土砂降りの雨の中近くのレンタル店まで車を走らせることになった。『軽蔑』を探しながら目に付いた『モンパルナスの灯』がハードディスクの中にあったことを思い出し、彼は『軽蔑』に先立って見ることに決めた。というのも彼女を説得する必要が無かったからだ。
「他の人と寝てるのよ」

今朝、パンを頬張りながら彼女の言ったことを彼は聞き返す必要はなかったが、驚くふりをする必要があった。彼は目を丸くするというよりも目に力を入れるような感じで見開き、手に持っていた新聞を極力音が鳴るようにテーブルの上に放った。
「驚かないの?」

彼女に見かけ倒しの仕草は聞かず、彼は本当に困った顔になった。
「いや、驚くも何も突然で反応の仕様が…」
「相手が誰か聞かないの?」
「…俺の知らない人だろ」彼女は激しく首を横に振った。その勢いでテーブルの上のコーヒーカップが地震動を受けたかのように揺れる。
「佐伯君よ。彼からもそのうち話があると思う」

既に話はあった。だからこそ彼は、言い終えて平然とパンを頬張り続ける彼女を見ながら安堵の息を漏らすことになった。
「あなたと別れるかどうかはわからない。あなたが嫌いになったとかそういうことじゃないのよ。自分でもよくわからないの。とにかく今後は彼とつながっていたいのよ。だからせめて罪滅ぼしじゃないけど、何か償いをしたいんだけど」
『モンパルナスの灯』を見た後、こんな簡単に彼女に贖罪を終わらせていいのかと彼は自分を責めるような気にもなったが、『軽蔑』までの幕間に彼女が徐に服を脱ぎ出したので、彼には贖罪も自責もモディリアーニもどうでもよくなった。
「波香を愛してるみたいだ。彼女と別れてほしいと言いたい訳じゃない。ただ彼女が好きなんだ。君ら二人の関係をどうこうしようとは思わない」

四日前に佐伯直継からそう言われたとき、彼は自分の顔がどういう表情をしていたかを今思い起こすことはできない。その時は彼女と佐伯の関係の経緯よりも、彼女と自分の関係の来し方を早送りと巻き戻しと一時停止を駆使して頭の中に再現させ、彼女の心変わりのきっかけをつかもうと腐心したが、それは徒労でしかなかった。
「波香はこう表現した。君のことは愛してた。俺のことは好きだ

佐伯は数年前に離婚して今は独身の身であるが、実は今でも元妻と関係を持っていて、そのことは彼の知人の間では知らない者はいない。だがそれをもって別の女性と関係してはいけないなどというモラル的なものを訓じる気は彼にはさらさらなかった。佐伯と彼は最近目立って活動していない映画製作者集団ポーラ・ネルソンのメンバーであるが、特段仲が良いとかそういう表現を用いるような間柄ではなかった。ただ佐伯の離婚に関しては彼も一度相談を受けたことがある。
「俺は妻のことを何でも知っているつもりだ。だが常に一緒にいることで逆説的に彼女が見えていないんじゃないかという気になる。いや、実際見えてないんだ。見えてないということは何も知らないということと一緒だ。『新婚道中記』も『スミス夫妻』も『フィラデルフィア物語』も、全部一度男と女が離れて再びくっつく話だ。真にわかりあうには、男と女は、いや男と女に限らず恋人たちは一度離れる必要がある。例え元に戻れなくてもな」

佐伯の映画を用いた例え話の癖は、彼の奇態な映画の趣味からくるものである。佐伯は自分が生まれた年より前に制作された映画しか見たことのない、言わばマニアックを通り越した意固地の様な趣味を持ち、それが実生活にも少なからず影響することがある。

そんな佐伯の意固地の被害者となったのかどうかはわからないが、彼は今朝『軽蔑』を見たいと言った彼女の意図か思惑かあるいはそれ以外の何かを理解するまでに至らない自分を、一緒にいたことで逆説的に彼女が見えていなかったからであると気づき、佐伯の通った道を追体験してしまっている自分を苦々しく思った。

 

荘厳な音楽とともにカメラはギリシア神話の神々か何かの石像を次々と映し出す。暗くなった部屋にカプリ島の熱い日差しは眩しい。同時に外の雨の音が聞こえ、画面とアンマッチするその微かな音が今の彼には曖昧な心地よさをもたらした。やや寒気を感じたのか先程薄い毛布を掛けた彼女は、体を少しよじりながら今はミシェル・ピコリとフリッツ・ラングが交わす会話の合間へ向けて寝息のような音を放っている。画面上で交わされるその議論は若い頃の彼を魅了したものだが、今は彼女と同じく欠伸を誘発するものに変わり果てた。いや、違う。作品は変わらない。変わったのは彼自身であり、彼の環境だ。そしてそれはポーラ・ネルソンにも言えることだと彼は思った。

映画製作者集団ポーラ・ネルソンはヌーヴェル・ヴァーグの熱狂を再現し、なおかつその精神をこの小都市に根付かせるべく彼と代表の相楽祐新が立ち上げたもので、五年前処女作としてエリック・ロメールの『獅子座』を模した『射手座』を製作し、小規模ながらも公開にこぎつけた。『射手座』は相楽の監督、脚本の下、正月休みの五日間を利用して市の許可を得ず、ゲリラ的に撮影された。
「この映画の白眉はどこにもない。あるとすればこの映画を見ることによって見た者の中に生まれる何かでしかない」
『射手座』をこう表現したのは相楽であったが、それはある種の言い訳めいた言説でしかなく、事実この小都市では名の知れたラジオ番組の映画コーナーで酷評されることとなった。ところが、この『射手座』を見てポーラ・ネルソンに連絡してきたのが佐伯である。佐伯はその意固地なシネフィルぶりでもって彼と相楽を毒し始め、ポーラ・ネルソンは当初の目論見から脱線していく。そして空中分解し始めた集団は次作の脚本をなかなか完成させられず、そのまま二作目の撮影に入ったものの中断は二度に及び、一年後に完成はしたものの買い手がつかず五十人も入らない小ホールでの自主上映に終わった。

 

一体どういう経緯で彼女は佐伯と関係を持つに至ったのか。ようやくそのことを考えてみる気になった彼は、そもそも彼女と自分の間に愛が存在していたのかを確かめるため、再びフラッシュバックを再生してみる。彼が初めて彼女に会ったと勘違いしたのは、ポーラ・ネルソンのいわくつきの二作目『雄弁の女』に主演した女性の友人として撮影を見に来た時である。脇役として撮影に参加していた彼は役のためサングラスをしていたが、彼女はすぐに気づいたという。
「だってそのガタガタの歯並び、何回間近で見たと思ってるのよ?」のちに彼女はそう述懐したが、彼はもちろん気づくはずもなかった。それは彼女が、勤める歯科クリニックでいつもマスクをしていたからである。
「私のこと軽蔑する?」血まみれのバルドーとジャック・パランスを画面に残したまま彼女は振り返り彼の視線を盗んだ。その無表情の顔はいかなる軽蔑にも耐え、なおかつ軽蔑してきた相手の感情を無にするような超越的なもののように彼には見えた。そこに愛が無いことは明白であった。そして佐伯が聞いた彼女の言葉がさらにこの事実を底堅いものにした。
「いや。だって俺のこと愛してたんだろ?」

つい口が滑った彼は、しまった、と思ったが、彼女の表情は変わらなかった。彼女の愛は彼がサングラスを外した時、過去のものとなったのだ。そしてマスクで覆われていない彼女の口元を目にした時、入れ違いに彼の愛が始まった。
「俺がもし今後、波香と熱烈に愛し合ったとしてもそれは長くは続かないだろう。別に彼女が恋多き女だとか俺が発情した牡犬だとか言いたいわけじゃない。恋愛という名のゲームの規則に忠実であろうとすることは所詮大いなる幻影でしかないんだよ」

佐伯の言い訳めいた言葉を思い出し彼は苦笑した。同時に彼自身は彼女をまだ愛していることも再確認できた。もし彼の愛が冷めるとしたら、それは彼に対する彼女の愛が戻ってきたときであろう。それまでは何もない空間に向かってただ愛を無造作に投げ入れ続けるだけである。そしてそれは彼がサングラスを外すまで彼女が無意識に行っていたことなのかもしれない。

後日、相楽にことの次第を話すと、インスピレーションを得たと言って彼に新しい脚本を書いて寄越した。その脚本には最後の方で主人公の妻が浮気相手の元に去った後、こんなモノローグが挿入される。
「愛とは常に過去である。我々が愛を感じる時、それは過ぎ去ったものでしかない。我々が愛し合っていると感じるとき、それはただ虚空へと感情を放出しているだけだ。我々人間は決して分かり合えない。だから闇雲に肌を重ねる。そして愛が過ぎ去った時、初めてそれが愛であったと認識するのだ」

2020年3月23日公開

© 2020 古戯都十全

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"虚空の中の愛"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2020-03-27 23:09

    終わりのモノローグに行きつくまでのエピソードは、愛というより未練に近い話なのかなあと思いました。未練もある意味では愛の一種なのかもしれないなと思いました。今後、彼と彼女と佐伯との三角関係がドロドロしてきそうだなあと想像しました。

  • 投稿者 | 2020-03-28 00:49

    とてもフランス映画的な掌編小説だと思います。
    ただし、最初の段落は文章が少々くどい感じが見受けられます。もう少しスッキリとしたら、その後、物語にすんなりと入っていけるかと思いました。
    最後のモノローグは『軽蔑』からの引用なのでしょうか? それとも作者様が創り出した者なのでしょうか? もし作者様が書いたものなら素晴らしい一文だと思います。

  • 投稿者 | 2020-03-28 10:18

    姦通の事実があり、別れの展開に至るであろう関係性の夫婦が『軽蔑』を鑑賞する場面から始まるのがいい意味でハードで(これもいい意味で)怖かったです。しかも姦通した側からの提案という……。
    >彼女の愛は彼がサングラスを外した時、過去のものとなったのだ。そしてマスクで覆われていない彼女の口元を目にした時、入れ違いに彼の愛が始まった。
    という部分がとても好きです。
    佐伯と波香はおそらく(佐伯自身も言っているように)このあと破滅に向かっていくんだろうと予感させる描き方も上手で、『軽蔑』へのオマージュ作品として面白く読ませていただきました。

  • 投稿者 | 2020-03-29 11:00

    波香は「あなたと別れるかどうかはわからない」と言い、佐伯は「君ら二人の関係をどうこうしようとは思わない」と言っているわけだから、主人公は腹をくくってメナージュ・ア・トロワを楽しむしかないだろう。ウジウジ陰鬱な回想と感傷に浸るばかりの主人公に活を入れてやりたくなった。彼に必要なのは、波香と佐伯のいるベッドに全裸で飛び込んでいく覚悟だけだ。

    主人公が佐伯と波香の出会いを振り返るあたりで、『雄弁の女』に出演したのが主人公なのか佐伯なのかわからなくなってすごく混乱した。意図的なのだろうが、主人公の「彼」に名前があれば、もっとわかりやすいのにと思った。

  • 投稿者 | 2020-03-29 22:11

    見ている映画と実際の人間関係がシンクロしつつ、しかも登場人物自身が映画製作者であったりして、撮影された情景と目に映る情景が混乱するように計算されているのですね。男をハシゴする女には別に罪悪感もなく、友人の女に手を出した男は律儀に仁義を切って、彼はコキュよろしく思い悩むんだけどちゃんと女の身体は抱く。悲劇と言うよりも喜劇的な展開に、人の弱さと可憐さ、一筋縄ではいかない「フランス映画」を感じました。

  • 投稿者 | 2020-03-30 12:09

    「他の人と寝てるのよ」という台詞に戸惑いを感じましたが、相楽の最後の脚本の話で回収されるところは上手いと思いました。すでに指摘がありますが、佐伯が回想ではなくて実際に絡むともう少し立体感が出た気はします。ただ、相楽という登場人物がキーになっているので字数的にもこの展開が最適解なのかもしれません。

  • 編集者 | 2020-03-30 13:13

    残念ながらゴダールのどちらの作品も見れていないが、恋愛の絡みを一筋縄では行かせないのが「フランス映画」らしい小説だと思った。終焉が予想できるとは言え、最後の脚本の一文が、一種の救いに思えた。

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