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応募作品

一希 零

小説

3,743文字

2020年11月合評会「ノスタルジア」参加作。

  1. 平凡な人生を送ってきた。誰かに誇れるものはないし、特別語れるものもない。自分について語ろうとして、語るものがみつからない。自分がみつからない。僕はどこにもいないのかもしれない。
  2. 僕に特別辛い過去はない。僕は何にも怒っていない。僕は悲劇のヒロインになれないし、復讐の鬼にもなれない。ヒーローにもなれなければ、主人公にもなれやしない。僕はどこにもみつからない。それでも、きっとどこかに存在するはずの僕を求めて、誰にも気づかれずに一人で、深夜静かに降り積もる雪のように文章を書き始める。しんしんと、遙か高い場所からゆっくり降りてゆく。
  3. 上から下へ降りるように、現在から過去へと降りてゆく。歴史を学ぶこととは、私たちがどこから来て、どこへゆくのかを考えることだと、かつて世界史の教師が教えてくれた。高校時代の話だ。当時僕は何をしていただろう。部活動がそこそこ忙しかったな、という記憶があった。
  4. かつて、僕はサッカーをやっていた。
  5. 僕は小中高とサッカー部に所属し、その大半をベンチに座って過ごした。大学ではまったくサッカーをしなかった。僕はボールを蹴るのが好きだったが、サッカーをするのはあまり好きじゃなかったのかもしれない。足が遅く、身体が弱かった。体力も無くて試合の半分でスタミナ切れになった。そもそも僕は試合や勝負といったもの、「ゲーム」というものに対して不感症的なところがあった。僕は自分が試合に出てプレーしていても、試合後に自分のチームが勝ったのか負けたのかわからないことがしばしばあった。今試合が何対何かなんて、ほとんどわかっていなかった。僕はゲームに勝つか負けるかのためにサッカーをやっているのではなく、上手くボールを蹴ったり、上手くボールを運んだりすることが好きで楽しんでいた。それから、夏の芝生のむっとした匂いが好きだった。綺麗に刈りそろえられた芝生の上では、ボールが気持ちよさそうによく跳ねた。僕は気持ち良さそうなボールが好きだった。そっと目を閉じ耳を澄ませば、空中でスピンするボールの音が今も聞こえてくる。
  6. 試合に出られない僕は、一人でこつこつ練習した。一人でできる練習として、リフティングを毎日行うようになった。始めたのは小学5年生くらいからで、たしか高校一年生くらいまで続けていた。朝早くに起きて、近くの小学校のグラウンドでリフティングをした。当時は学校のグラウンドはなんとなく朝早くに開放されていて、普通に使うことができた。僕はリフティングに勤しんだ。上手なリフティングにはいくつかコツがあった。
  7. まず、ボールの中心を捉えること。それから、足の甲の中心で蹴りあげること。
  8. 膝を柔らかく使うこと。伸びきった状態ではなく適度に曲げ、全身を使って柔らかく上下させ、ポンプのようにリズムよく伸縮させること。
  9. 足首は固定すること。足で握り拳をつくるようにして。
  10. 蹴り上げるボールの高さを一定に保つこと。どれくらいの高さで揃えるかは人による。膝下で軽やかにタッチする人もいれば、胸あたりの高さまで蹴るほうが、ボールの軌道がズレても修正しやすいという人もいる。僕としては腰あたりの高さで揃えるのが良いと思う。それ以上低いとズレた際の修正が難しくなり、それ以上高いとどうしても視線が上下してしまう。ボールの高さの固定の目的は視線移動を無くすことと、運動のリズムを一定に保つことである。足先とボールが常に見える位置で視線とボールの高さを一定に保つのが僕にとっては最適解だ。
  11. リフティングをするまでの6時間以内、射精は控えること。射精による倦怠は細部のクオリティを損なわせる。神は細部に宿る。
  12. 家を出る時に必ず「行ってきます」と声をかける。いかなる理由があろうと。挨拶を継続できない人間に、リフティングを継続することはできない。
  13. 虫がいると気が散るので、場所には気をつける。草むらや木の近くは避ける。特に蚊は厄介だ。とても痒くなる。刺されたらリフティングどころではない。他方で、グラウンドの真ん中でリフティングをやるのもよろしくない。回数を重ねてゆくと、あるタイミングで意識が曖昧になってゆく。このことは後で説明するが、とにかくその時にグラウンドの真ん中のような、あまりに開けた場所にいると距離がまるでわからなくなってしまうのだ。リフティングにそれほど広い面積は必要ない。良いリフティングはリフティングを開始した場所からあまり動かない。最初のうちは、半径歩幅3歩分の円を描き、その中でリフティングをする練習をするのも良い。リフティングにおける適切なポジションをみつけること。
  14. 集中を切らさないこと。
  15. 準備運動をして、身体が暖まった状態でリフティングに臨むこと。靴紐が途中で解けないように、事前にしっかりと結ぶこと。リフティングは何より最初が重要である。安定した100回のために常に万全のコンディションを用意することが、安定して「安定した100回」を出し続けるために必要となる。安定した100回が、1000回以上の世界へと導く。百無くして千は無い。青春があるから人は大人になる。
  16. シューズはサッカー専用のトレーニングシューズが望ましい。一般的な学校の土のグラウンドでリフティングをする場合、フットサルシューズでは滑りやすいので避けるべき。スパイクはサッカーの試合をするには必須だが、リフティングをするにはやや過剰である。スパイクは履くだけで疲労するし、あらゆる方向への強い運動に耐えるためのポイントは、リフティングにおいてあまり必要ない。ゆえに、トレーニングシューズが最適だ。最近は性能の優れた人工素材のシューズがたくさん出ていて主流となっているが、僕はカンガルーレザーを勧める。とはいえトレーニングシューズでカンガルーはあまり使われないので、その場合は牛革のモノを探すといい。余計なラバーや凹凸のあるものは避け、縫い目の少ないものを選ぶ。サイズはジャストよりわずかに余裕があるものがいい。脚でこぶしをつくられるくらいの余裕が必要だ。
  17. 朝起きたらまず牛乳を飲むこと。歯を磨き、顔を洗い、寝癖も一緒に直すこと。カーテンを開けて、窓を開き、空を三秒間眺める。
  18. 冬は寒い。嫌いではない。朝起きるのが少し辛い。一際空気の冷たい朝、結露して白く曇った窓を期待を込めて開ける瞬間が好きだった。雪が積もったらリフティングはやらない。
  19. 夏は暑い。嫌になる。夏の朝は一年間で最も美しい時間だが、それを差し引いても夏は嫌いだ。夜、蛙の鳴き声がうるさくて眠れない。あまり眠れなかった朝でも、僕はリフティングを行った。
  20. リフティングの回数が700回を超えたあたりで、リフティングをする僕を認知する僕が現れる。あるいは自分が今何をしているのかわからなくなる。その頃には、僕は時間から解放されている。時計とは異なるテンポで自ら時を刻み始める。自分がもう一つの時計となる。リフティングをする時、僕は時間を刻み、時間を刻む僕が僕であることを強く僕に言い聞かせて、リフティングを継続する。普段僕が多くの余計なものに取り囲まれ、惑わされていることがわかる。僕はひとつひとつ、丁寧にそれらを捨てていき、身軽になり、かわりに新しい世界を育む。振り子が揺れている。夏、風が吹き青い稲が歌う声が、鼓動とリフティングの打音を底で結ぶ。喜びだ。いつまでも喜びに浸ることはできない。振り子は止まる。僕のリフティングは1700回が限界だった。僕の体力はどうしてもここらで切れてしまう。小学六年生で1700回を記録して、しばらくは2000回を目指したが難しそうだとわかると、以降は1200回でやめるようにした。数字への拘りは初めから無かった。拘るべきでもない。それはあくまで道標にすぎない。
  21. リフティングからはサッカーにおけるボールコントロールの基礎のすべてを習得できる。そして、サッカーで最も重要なリズムを身体に刻み込むことができる。サッカーとは音楽に似ている。優れたサッカー選手やチームのプレーからは優れた音楽を聴くような感覚を味わえる。音楽に固有の時間があるように、サッカーにも唯一の時間が存在する。それを世界と呼んでもいい。
  22. サッカーとは世界であり、世界とはリフティングである。僕はリフティングについて語っていた。僕はリフティングについて語ることができた。僕にも語り得るものはあった、ということだ。
  23. 僕はここにいる。
  24. ボールを地につけた瞬間、リフティングは終わる。僕の時間は失われ、世界の時間に回帰する。繰り返される読点によって引き延ばされた末に、たったひとつ句点が打ちつけられた文章のように、ふつ、と途切れ終焉を迎える。再びリフティングを開始するには、段落を変え、また一から始めなければならない。
  25. 気づけば、とっくに僕は大人になっていた。
  26. リフティングを終え家に帰ると、母が朝ごはんを用意してくれていた。僕はシャワーを浴びて、いつまでもサイズの合わない学生服に袖を通し、ワカメと豆腐の味噌汁を啜り、スライスチーズを乗せて焼いた食パンにかじりつく。耳が少し焦げていた。子供の頃の話だ。今、僕は東京で一人暮らしをしている。朝ごはんを食べなくなった。最近はリフティングをまったくしていない。

2020年11月11日公開

© 2020 一希 零

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"ウォッチ"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2020-11-12 00:01

    ごめんなさい。厳しい事をいいます。これは「小説」ではない。なのでカテゴリーを変えるべきです。

  • 投稿者 | 2020-11-12 23:17

    例えば、テレヴィジョンのドラマを観ていると「三年後、主人公は復讐の鬼になった」みたいなパターンがよくある。僕はその、三年間の主人公の葛藤、行為等を識りたいと思うが映像はそれを遮断する事が多い。
    小説の役割、醍醐味とは、その三年間を読者に伝えるとの美点が有ると考える。日本の大正期から昭和初期くらいまでの私小説など良い例だろう。三年間、ぶらぶらしていた、だけの作品が多数。
    内容はどうか? は兎も角、この筆者が書いた作品は、そうした視点で鑑みるとまぎれもない純粋な「小説」である。僕は興味深く拝読した。

  • 投稿者 | 2020-11-17 12:09

    そんなにも執着していたものを、今はあっさりと手放してしまっている所にノスタルジアがある小説だと思いました。
    番号でふられているのは降りていく感じを表しているのでしょうか? 気づいていないギミックがあるのかしらと気になりました。

  • 投稿者 | 2020-11-19 07:31

    淡々と、並べている感じがあって、最初はそういうのかなと思いましたが、まず11くらいで、
    「え?」
    ってなって、そっから13までなんか、あれ?ってなりました。でもまた戻って、で、今度はいつそうなるかと期待している感じがありました。しかし今度は大きな破断みたいなのもなく、でも、なんか読んでてだんだん怖くなってきました。

    最後、読み終わったら鳥肌が出てました。私の中ではこの淡々とした感じがホラーでした。そういう意図なのかどうかはわかりませんが。

  • 投稿者 | 2020-11-19 15:38

    著者の実際の経験が反映されたものかはわかりませんが、今回のテーマから過去を説き起こし、自分の存在を確認する工程がそのまま書かれているような印象を受けました。
    そしてリフティングにしても、ものを書くことにしても、アイロンがけにしても、その工程自体がまた自分自身なのではないかと考えさせられました。

  • 投稿者 | 2020-11-19 20:54

    「神は細部に宿る」ように、かけがえのないものは他人から見ても、自分から見てさえも、どうってことなさそうなところにあるのかなあと思わされます。日常のありがたさを失ってみて初めて分かると言いますけど、少しづつ失うもの、いつでも戻って来そうでいて実は二度と戻らぬものは、哀惜され追憶されることもなく忘れ去られて行くのですね。人生を考えさせられる良作です。

  • 投稿者 | 2020-11-20 00:02

    目標に対してどうやって実現すればいいか、という問いに対し、やるべきことをリスト化して分解整理して手順化すること、そして後は淡々とこなすということが出来たということ、そして過程そのものを楽しむこと。
    これらが全部リフティングを例に実現できたなら、この人はきっとその後もきっとうまくやっていけそうな予感がしました。

  • 投稿者 | 2020-11-20 15:51

    最初は筆者の実話かと思って呼んでいましたが途中から「ありえんやろー」ってなっていきました。でも絶対現実にないかと言われるとそうでもない微妙なラインで、宙にふわり浮いた感じです。

  • 投稿者 | 2020-11-20 23:31

    下降運動の主題で美しく作品をまとめている。降り積もる雪のように綴られる文章、文章を書くように続けられるリフティング。「繰り返される読点によって引き延ばされた末に、たったひとつ句点が打ちつけられた文章のように、ふつ、と途切れ終焉を迎える」という優れたメタファーが表すように、本作においてリフティングはボールを上昇させる運動というよりも、ボールの落下運動を反復させる行為として把握されている。

    「上から下へ降りるように、現在から過去へと降りてゆく」と語られるとおり、下降運動は作者の回想のプロセスと平行した関係にある。しかしボールの地面への落下がリフティングの終着点であるとすれば、ボールを蹴り上げる上空こそが過去で、地面が作者の現在なのかもしれない。中国語では「上」が以前の出来事、「下」が未来の出来事を指すときに用いられるのを思い出した。

    ところで、タイトルはどういう意味?

  • 投稿者 | 2020-11-21 23:45

    番号は作者の年齢なのかなと思いました。最初の凡庸宣言が泣けます。一希さんの作品は形態美みたいなものを上手く取り込む作品が印象的で、今回もとてもハマっていると思います。藤城さんが指摘していますが、タイトルの意味は自分にも分かりませんでした。

  • 投稿者 | 2020-11-22 00:04

    「世界とはリフティングである」と断言するなどしてリフティングの素晴らしさを再確認したはずなのに、もう一度始めてみようと思わなかったのはどうしてだろうと思いました。左の数字が何を表しているのかは分かりませんが、26.の次は27.ではなく、再び最初の1.に戻ってしまいそうだなと思いました。

  • 編集者 | 2020-11-22 01:37

    他の方が大体良い事を言ってしまったので……。
    ウォッチとは、見る・観察する等の意味か、時計の意味か。章節も含めて、それによっても話の捉え方が少しずつ変わってくる気がする。
    ところでサッカー部は射精まで管理されるのか。部活に入らなくて良かった。

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