あなたを死なせないための銃

応募作品

一希 零

小説

4,293文字

2019年11月合評会「銃」参加作。

叔父は決して世界的な大発明はしなかったが、平和に対するごく小さな貢献はした。彼は一年前のとある講演で次のように語った。「悪と善の境界を少しだけ曖昧にし、両者のバランスを整えることが、私の仕事です。私の発明の源はインスタントコーヒーの粉のようなものです。私はインスタントコーヒーにお湯を注ぎ、ミルクを入れて、適当に、時計回りに三回、混ぜるのです。回転が止み、カップの表面に浮かぶ模様が発明品です。私はそれをピースと呼びます。あなたがそれを飲むのです」

彼は若い頃から、発明と称し、様々な珍妙な機械を創り出すことを生き甲斐としていた。東京の大学で電気工学を学び、その後は一転、地元の田舎で農業を営んでいた。稲を植えたり、刈ったりする傍らで、彼は機械弄りをするようになった。やがて自らを発明家と名乗るようになった。名は体を表すのではなく、名が体を表すのだ、と叔父は言った。そうして叔父は発明家になった。

僕の父は叔父と、つまり父の弟とはあまり仲が良くなかった。二人は価値観を異にする人間だった。父は大学で文学部を卒業すると、出版社に入社した。出版社と言えば聞こえはいいが、百人規模の会社のサラリーマンであることに違いはないのだ。だが、大学を出たにもかかわらず親戚が持っていた半分荒地のような土地を譲り受けてまでして農業を始めた弟のことを、父はどこか軽蔑すらしていた。

そんな父に対して、叔父は会うと必ず「営業さん、元気にやってるか?」と笑いながら言った。父はそれをとても嫌がった。父は編集者の仕事に誇りを持っていた。サラリーマンではない、自分はエディターなのだと、強く意識していた。叔父は父の不快そうな表情を見るたびに、嬉しそうに笑った。そのやりとり以外に、叔父が父に興味を示すことはなかった。父と叔父はまるで異なる価値観を有し、交わることのない人種であることを、たぶん父より叔父の方が、より明瞭に理解していたのかもしれない。

父は僕が高校生の頃、ロシアで亡くなった。不幸な事件だった。当時父は担当の作家と共に、ウラジオストクへ取材に行っていた。ウラジオストクは当時、冷戦が終わった直後に比べれば比較的平和な場所になっていた。実際、父自身も特に問題があるような感覚はなかったのだと思う。

その日、取材を終えて、父と作家は海の近くのバーに入った。古い建物が並ぶ美しい通りにある店だった。バーとはいえ、港町の飲み屋だ。煉瓦作りの壁には古い錨や舵輪が飾られ、天井からはエジソン電球が吊るされていた。店内は明るく、賑やかだった。

ホテルへの帰路、二人は少し道に迷ってしまった。路地に入り、地図を確認していた。その時、一人のロシア人が路地に入ってきた。何かをぶつぶつと呟きながら、一枚の紙を見て話している二人の日本人の存在に気がつくと、慌て、怯えるようにして、早口のロシア語で何かを捲し立てた。父と作家は取材に通訳を同行させていなかった。父は英語で話しかけた。ロシア人は何かを叫んだ。父は一歩、近づいた。ウェストポーチから拳銃が取りだされ、それが何であるかを理解する暇もなく、引き金は引かれた。

 

 

叔父の土地は山間部にあり、土地の起伏が激しく、平地につくられるような整頓された田んぼとは程遠いものだった。叔父の発明は専ら、農業の助けとなる道具の開発にあった。

叔父の最初の「銃」は、見た目通りの銃だった。平地用のトラクターを導入することのできない土地であり、専用機を導入する金銭的余裕もない叔父は、苗植えを少しでも楽にするために、苗を射出して植える銃を開発した。それは手で植えるのに比べれば幾分か負担を軽減したが、発明と呼ぶレベルの代物ではなかった。

ある時、叔父はテレビで新しい「銃」を見た。中東の戦地で、ドローン兵器が銃弾の雨を降り注いでいた。叔父はそれをヒントに次の銃を開発する。

ドローンによる田植え機能。ドローンに取り付けられたシューター技術を応用して、まるで田んぼに向かって銃で弾を打ち込むような要領で、肥料に包まれた苗の種を入れたカプセルを弾丸として射出する。上空から均一に植えることができる。

叔父の発明は、既に十分整備された土地で稲作が営まれる日本より、東南アジアで受け入れられた。例えばタイの農地の多くは山間部にある。特定の立地条件にローカライズすることで注目されていった。

やがて日本の国内外のベンチャー企業を巻き込み、改良を重ねられてゆく。ドローンに搭載されたコンピュータにひとつひとつ作業データを収集させ、自動学習させることによって、技術を成長させ続けることができるようになる。その頃には、ほとんど叔父の手を離れていたが、叔父は最後までこの「田植え銃」の開発に関わり続けた。

「人はしばしば、発明とは0から1をつくるようなことと考えます。もちろんそれは誤りではない。けれど私はそれだけが発明とも思わない。ゴミをプロダクトにしたり、兵器を機械に変えたり、あるものを別のものに変える営みもまた、発明と言えるでしょう」

「マイナスをプラスにする、ということですか」

「オセロゲームのように、黒を白にするのは難しいし、白というのは黒にとってはまた黒のような存在です。私がやるのはせいぜい、そのままでは苦くて不味いインスタントコーヒーにミルクを入れて少し甘くまろやかにすることです。黒色が茶色になります」

「なるほど」

「銃は人を殺します。私の発明はそれ自体で人を生かすことはできませんが、人を死なせないための食料を育むことはできます。それが私の銃です」

ウラジオストクの空港から市街地へ向かうタクシーに乗りながら、僕はかつての叔父のインタビューを文字に起こしてゆく。僕はライターの仕事を細々とやっていた。いつ途絶えるかもわからない不安定な仕事ではあったが、自分にとってはなかなかの適職に思えた。タクシーは一四〇キロを超えるスピードを出して走っていた。膝の上に乗せたノートパソコンが怯えるように揺れていた。

一年前に亡くなった叔父に関するエッセイの依頼だった。普段書いている文章よりはいささか長めの原稿の依頼だったとは言え、わざわざウラジオストクへ来なくとも書くことはできた。僕は父と叔父の関係から叔父の銃に対する考えを綴った。発明家としての叔父のターニングポイントは父の死にある。あるいは、僕の存在だった。

父が亡くなり、僕は母との二人暮らしを始めた。母はしばらくの間、悲しみに暮れていた。高校へ通いながら、母に代わり家事をこなす生活を続けて、僕はだんだんと消耗していった。僕には父の死を悲しむ暇もなかった。悲しみそびれ行き場を失った感情は、次第に怒りへと変質していった。

僕は学校をサボるようになった。家を出て電車に乗り、毎日違う駅で降りた。目的もなくその駅のある街をさまよい歩き、昼になると自分で作った弁当を食べた。午後になると図書館だったり、公園だったり、古本屋だったり、適当に時間を潰せる場所を見つけ、ただ空を眺め、雲を数えるように時間を過ごした。まるで中身のない容器みたいだった。

そんな生活の中で、僕は叔父と再会した。その日、家の最寄り駅から十五番目の駅で降りると、叔父はまるで最初から僕が来るのを待っていたかのようにして、改札口に立っていた。僕は気づかないふりをした。視線を下げ歩いていると、肩を叩かれた。「元気にやってるか?」叔父は言った。

なぜ叔父がそこにいたのか、僕がなぜここにいるとわかったのか、そういったことを叔父はすべて省略して僕を駅近くのファミレスへ連れて行った。叔父はナポリタンとハンバーグステーキを頼み、僕はカルボナーラとドリンクバーを頼んだ。

「元気にやってるか?」

「どう見えるの」

「お前はどう思ってるんだ」

「何も思っていない」

「何も思えないか」

「そうは言ってない」

僕はグラスを持って席を立った。グラスに氷を四つ入れて、カルピスソーダのボタンを押した。赤色のラインの入ったストローを挿した。席に戻るとテーブルにはナポリタンとハンバーグステーキとカルボナーラがテーブルの上に置かれていた。

「恨んでいるか」

叔父は言った。僕はぐねぐねとした麺を啜るように口に入れた。

「誰を恨んでいる」

「全部。父を殺した男も、父を殺した銃も、父を殺したウラジオストクも」

「人にも物にも、必ず二つの面がある。完璧な悪など存在しない。どれだけ何かを恨んでも、半分は真実の悪であり、半分は被害者意識が作り出した幻想だ。必要以上に何かを恨んではいけない。世界は、まるで古いコンピュータのように無駄が多く、複雑に入り組んでいる」

「意味がわからない」

叔父は話しながら、食事を同時並行で進めていた。少しずつ冷めてゆくカルボナーラに僕は粉チーズをふりかけた。

「ペンは剣より強し。という諺がある。あいつが好きだった言葉だ」

「ねぇ」

「なんだ」

「父さんのペンは銃に負けたんだ」

「一回だけだ」

「人は一回負けたら終わりじゃないか」

「なら、お前が証明してみればいい」

「何を」

「一回負けたって終わりじゃないと。ペンは銃より強いことを、証明するんだ」

「叔父さんは」

「なに」

「叔父さんは、何を証明するのさ。何のために発明家やってるの」

「特に意味はなかったんだけどな」

「そう」

「だがまあ、それではいけないようにも思う。お前は言った。銃が父を殺した、と。お前はペンの強さを証明する。ならば、私は誰かを死なせないための銃をつくろう。それでどうだ」

「誰かを死なせないための銃」

僕は呟いた。叔父は父に意地悪を言ったときのような笑顔を浮かべていた。叔父はもう一度、「それでどうだ」と言った。

ウラジオストクの市街地に到着した。タクシーの運転手は僕に二千ルーブルを要求した。少し高いな、と思いつつ、僕は紙幣を二枚渡し、運転手と握手を交わした。

あの日、叔父が言った「それでどうだ」に曖昧に頷いてしまったことが、今の僕を生かしている。あるいはこうして叔父の存在によって巡ってきた仕事で、僕は現実に生計を立てられている。母は長い時間をかけて少しずつ明るさと優しさを取り戻し、今も僕と二人で暮らしている。叔父の銃は他でもない、僕たちを死なせないための銃だった。自惚れかもしれないけれど、それくらいのことは思ったっていいだろう。

叔父は叔父の約束を守った。次は僕の番だ。ペンが銃に勝ることを証明しなければならない。そんなことを思いながら、僕は異国の夜の街を歩き出した。その瞬間、僕は銃声を聞いた気がした。それは徒競走のスタートの合図のように、僕の胸に響き渡った。

2019年11月5日公開

© 2019 一希 零

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