Adan #55

Adan(第55話)

eyck

小説

599文字

ワタキミ的アイスバーグ作戦 〈3〉

さて、僕がワタキミちゃんの運転するベスパに轢かれたのは十一月中旬のこと。たしか午前十時ごろだったと記憶している。

 

聖良ちゃんに失恋して立ち直れないでいた僕は、自宅近くの海岸へ風の声を聴きに行っていた。もしもそこにいちゃついてるカップルがいなかったなら(電子葉巻の煙を彼らに送り込むことで気を紛らわせていたけれど)、あるいはもしその海岸の風の声が濁声じゃなかったのなら、僕はその海岸の防波堤にそれはまるで慰安婦像のように座り続けて、ワタキミちゃんの運転するベスパスズメバチに刺されるという幸運を授かることはなかったろうさ。

 

「目ん玉ついてねえのか、ブタ! 養豚場には交通ルールの教習ねえのかよ!」

 

この台詞は倒れてる僕に向かってワタキミちゃんが言い放った言葉なんだけど、このとき彼女は自分が逆走してるってことにまだ気づいていない様子だった。

 

「今の君の言葉で目玉飛び出してしまったかも。僕の目に目玉ついてます?」と僕はワタキミちゃんの姿をはっきりとこの目にしながらそう尋ねたわけだけど、彼女の答え(僕の目玉についての)を待たずに僕は謝ったんだ。それはね、どういうわけか体を張って彼女の逆走を止めようとした自分のほうに非があると気づいたからだよ。あやうく彼女を殺してしまうところだったんだ。華奢な女の子の運転するスクーターと僕が衝突クラッシュしたら僕を轢く女の子のほうの命があぶない。

2020年9月26日公開

作品集『Adan』第55話 (全83話)

© 2020 eyck

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"Adan #55"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る