第十章

ニュー・ハートシェイプトボックス(第11話)

多宇加世

小説

8,097文字

 子供の頃のように――
 親に連れていかれた立食パーティーで。
 カーテン。どこまで行っても。
 ドレス。どこまで行っても。
 緞帳。どこからどこまでが?
 ――緞帳はもうとっくに上がっていたのだ。
 僕はいつのまにか小説を書いているところを観客という君から見られていたわけだね。

「もう一つの船の人々 第二部」

 

出廷!

残酷さは待っていた

昨日、エレベーターの前にいた僕のそばに、看護師の物であるはずの鍵束が落ちていたことは当初から問題視されてはいたようで、明くる朝、朝食時間の混雑する時間に僕は部屋から出され、患者達も多く通行する廊下を両脇を抱えられて歩かされ、ぶらぶらカウガールのある騒がしいタコ部屋大広間ホールを縦断させられ、伸縮性鉄柵を看護師が開くのを一瞬だけ待たされ、患者と病院側の人間のテリトリーの中間地帯を初めて横切らされ、同様に初めて訪れる、看護師たちの詰め所で自分のものでないがあつらえたようなスーツに着替えさせられたのち、ある部屋、ある法廷へと連れてこられた。僕らの生活しているフロアよりも上の階のように思われた。僕のカルテがうやうやしく僕の後を追って運ばれてきた。法廷のなかは高温多湿。木製家具が息も絶えだえ呼吸をするのが分かる。過度な湿気で苦しそうである。じきに彼らはぶよぶよ腐り始めるだろう いまもその最中

だがこれは判決を下す側の人間たちの思うつぼで、僕や、僕以外のここへ連れてこられた者に腐敗の兆候を意識下で強制的に悟らせることにより、被告人自身(僕や、僕以外の誰か)が自分がこれから受ける処遇、行く末を案じてしまうように部屋自体が役割を持った、いわば舞台装置になっているのである。そう僕は病に侵された頭で考える。ここが植物園ならこの温度湿度も何も疑問はない? 否、光が足りなさ過ぎて、植物は育たない。部屋の隅が見えぬ。それくらいここは薄暗いのだった

窓はない。いや、カーテンはある!

だが、その向こうに窓があるとは限らない。カーテンも水気を吸って重そうである。僕は今朝の飯を食う前に連れてこられたため食後の何種類かの錠剤も飲んでなかったので、頭の回転がいつもと違う。それはいま自分の身のおける状況のせいもある。僕の背丈の倍よりも高い場所から、僕をぐるりと囲む大勢の人々の手元に、僕のカルテの写しが行き渡ると同時に、「ガチャン」という音が響いた。僕はてっきりそれが開廷の合図だと思ったのだが、音のしたそちらに鈍い頭で目をやると、眼の下から首にかけて白い包帯を巻き、頭に黒いレースをかぶった女性が、割れた陶器の前に呆然と立っていた。喪服だ。割れた陶器は花瓶だろうか? 陶器の欠片とレースの奥の包帯は同じ白さをしていた。女性は僕のほうを見ているわけでもなく、他の誰かを見ているわけでも、床に散らばった割れた花瓶を見るわけでもなく立っていた。呆然と。しかしそこには役作りの匂いもした。どこからともなく小人たち現れた。花瓶の欠片をしゃがみこんで拾い集めに来た数人の小人たちの手を、あろうことか喪服の女はキャンプファイヤーの残り火を消すかのように何度も足で踏みつけ始めた。当然、小人達の手にはザクザクと、やけに白く光る陶器の欠片が刺さり、血に染まっていく。僕は思わず目をそらす

はじまりますので迅速にお願いします

僕を囲む人々の一人がそう告げると、スポットライトが発言したその人に向けられた

小人があきらかに慌てだした。周りの仲間を急かした。血が出ていた

僕はそれには慣れっこだったが、なぜ慣れっこなのかを考えて、昨日の血飛沫を思いだしてしまった

僕:「あの」僕は幾分慣れてきた鈍い頭で口を開いた

発言した僕にはライトは当てられなかった

暗がりのなかから僕は続けていう

僕は船を降りて警察へ行くのではないのですか?」

「勝手な発言は控えるように」

別の誰かがそう唱えるとさっきと同じようにちゃんとライトはその別の発言者に向けられた

手の傷口から血がしたたり落ちる、欠片を拾い集めていた小人が去って行く。いつのまにかあの女性の姿も見当たらなくなっている

「それでは開廷」

開廷。今度こそ開廷。部屋全体の照明がわずかに明るくなって、前よりもよく見えるようになって、僕は驚いた。僕を囲うように高い場所から見下ろす席に着いた者達の背後には、なんとも立派な大木何本も何本も聳えていたからだ。僕はさっき解釈した、この部屋と植物の相性についての考察を否定せねばならないかと思ったほどだ。天井まで見上げると、葉が生い茂っている。よく見ると各人が各一本、背負うように座っているようだ。

だが一本々々よく見てみると、その状態はやはりきわめて悪かった。枝ぶりなどを見れば一目瞭然だったのだ。じきに立ち枯れるだろう。やはり僕が分析した通りこの部屋と植物の相性は悪いのだ。まあ、それも言い様で、ただの材木としてそこに立てているのだ、という言い方もできたかもしれないが。本当のところはどうだかわからなかった。

ただ、偽物の原生林を背負って、僕を囲う者たちは虎の威を借りてきたかのように見えた。この木々の自然の力を漲らせて、この者たちは威厳を捏造している。しかし、高温多湿で光のきわめて足りないこの部屋のなかにそれらを配置するということは、それはきっと緩慢な殺害行為をしているのと同じであろうと思われた

殺害行為

看護師を殴ったあの血塗れの水晶入り巾着袋は、あの子供と一緒にエレベーターに載せたままだった

だからここにはない

僕の部屋にもこの階にすらない

それは故意にそうした? 証拠隠滅? そんなにも卑屈な手口を計算していたの? そんなちゃちなこと? 嘘をつくなよ。あの子があれを大海原に投げ捨てて(僕が手首でスナップを効かせたようなやりかたで)、証拠隠滅してくれたのを願ってる? あの子ならそうしてくれると思ってる?

「単刀直入に答えなさい。なぜ君は、看護師・八四一番を撲殺したのですか」

囲う一人が問うた

僕は黙って反射的に視線を下げた。そして考えた。黙ることを欲しているのをアピールするためにわざわざ頭を下げて目を伏せた。そして考えた。僕が殺した看護師・八四一番……。ここでは看護師は番号で呼ばれているのか? それが気になった。知らなかった。番号で呼び合っているのを見たことがなかったからだ。とすると、もしかしたらこれは看護師よりも上の位の人間が使う、いわば管理者によるID管理のようなもので、事務的な手続きにのみ用いるものなのだろうか。そうだとしたら勿論僕の知る由もなし、いま発言した者も、位が高そうだ――

――いやちょっと待て

いまの発言者の声は?

僕は顔を上げた。確かめたくてしょうがない欲求にかられた。だって、いまの声は……、まさか、だってここは法廷ではないのか? 顔をあげてよく見ると、たったいまスポットライトを浴びているのは、毎朝僕の個室を訪ねてきて、回診を行う僕の主治医その人であった。そしてようやくあたりを見渡すと、僕を囲う彼らはみな、同じように個室を訪ねてくる医師や、いつか船のなかのどこかで見掛けたことのあるこの船の医師ばかり! いつも泣きべそばかりかいている、女性看護師に慰められていて、実際は男色の、いつもそれを隠すために威張ったふりをする医師達じゃないか!

僕はてっきり裁判だと思っていたのに、事を進めようとしているのは医師だ

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2020年2月6日公開

作品集『ニュー・ハートシェイプトボックス』第11話 (全12話)

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© 2020 多宇加世

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