第八章

ニュー・ハートシェイプトボックス(第9話)

多宇加世

小説

5,905文字

 僕はそこに腰を落ち着かせ、じっとまた首の細い巨大な猿たちを眺め、蟹の詰まったその腹のなかを想像しようとする。猿たちはみな、横一列に並んでこちらを見ている。
 一、二、三、四、五。なぜ五匹もいるんだろう? 多すぎやしないだろうか。そう思うが先か、猿たちは四匹になった。と、いつのまにか三匹になった。そして二匹になり、猿たちはようやくここで初めて自分たちの身に起きている現象に気付き、互いを見つめ合って、……そして一匹になった。僕は気付く。先程の鳴き声は準備ができた合図ではなく、準備の準備ができた合図だったのだ。本番はここからのようだ。僕は鼻の頭をこすり、一匹になったその腹へ向けて集中しようとする。すると猿たちはいつのまにか五匹に戻っている。
 僕は猿たちの遊びに付き合わされただけだったのだ。

「スムーズな仕事のための猿」

 

おもちゃの銃で縄跳び猿が気絶したお話

目は(タツノオトシゴのようで(口元は(蛇のそれのようで(憶測だが学生時分は女友達がいなくて(男達の間にまぎれて遊んでもらう(というよりもそのなかで威張り散らしてきたであろうタイプで(そして輪郭がホームベースみたいな(女の看護師がいる。勤務日に当たっている日は大抵、タコ部屋大広間ホールのどこかのテーブルの椅子に腰かけ、手の爪を気にしたり、無二の親友だといわんばかりの態度で近くの患者の誰かに話しかけている。「おうっ、元気?」それが本人にとっては仕事が出来そうな看護師の態度なんだと信じ切っていてあたし有能あんた達患者の気持ちは、よおくわかってるよみたいな。で、背中をぱしんと叩く。そんな女看護師、その反面、年上の男性看護師に弱いのだが、そういう時くらいしか仕事と見えるような仕事をせず、そして歳は六〇を越しているように見える。だから、というか手っ取り早くばばあと呼ぶ?

口を開くと本当に先端が二股に分かれた舌をちろちろ出しそうだ。月面探査車にも似ているな、いわれてみれば

本当にそんな人いるんですか緑の

いや緑ではないよ

ピアノを弾きますか、その人?

ここにはピアノはおろか楽器の一つもないからね、わからないな。でもひょっとしたら……、いや、ばばあは確実に弾けないと思うが、ひょっとしたらピアノのほうは作業療法室の奥にあるかもしれないよ

ピアノを弾く人は性欲が強いです。あと、背の低い女もです

そうなのか、でも、やめてくれよ、ばばあの話をしてるんだぜ今はさ。確かにそのばばあは背は低いけどね。ばばあの性欲なんて考えたくもないよ。とにかくばばあのこなす仕事といえば、月に一度(日に一度ではない)、血圧を測る群れに加わったり、共同の保温ポットのお湯がなくなったら注ぎ足したりするくらいてなもん。一九五六年式ポットはもうぼろぼろで、時折なんかのカスみたいなのが湯に混ざって出てくるが、使うやつは気にせず使う。僕は自分の部屋のやかんしか使わないけどね。ポットはばばあより先輩ってことになる。なんだよ、やめてくれよ、もう、ばばあのカスってなんだよ

ばばあって言い続けるのも気が滅入ってくるから(あんまりいい言葉じゃないだろう? それにそういう悪意ある言葉は自分に別な形で跳ね返ってきそう。本当に? いや本当はそんなことどうとも思ってもいやしないけど)、ま、テラコシと呼ぶことにしよう

テラコシってのがそのばばあの本名

 

勤務態度が、というか勤務をほとんどしていないことはすでに述べたが、彼女は余計なことしかいわず、こちらは唖然とさせられるものだ

「ねえ、聞いていい? やめよっかな。聞くのどうしようかな?」

とか、まずそんな感じで患者の誰かを捕まえる。もうこれだけで辟易させられるのだが、その次に出る言葉は

あなたって幻聴聞こえるんでしょうカルテ見ちゃった。それってどおんな感じなんでしょう? 耳に聞こえるの? 頭に響くとか? 耳の裏側から? 待って、当てるから……。えっとねー。表側から! そう? え、何をいわれるの? もしかしてお化けみたいな感じ? ねえ」

テラコシはこれを医療現場の人間として尋ねているのではない。彼女はにやにや笑いを隠そうともしない。個人的な暇つぶし、あるいは単なる好奇心からそういう疑問をぶつけているのである。この態度で来るものだから、しまいには泣いてしまう患者もいるくらいだ

「あれあれ。泣いちゃった。変なのー。骨折してるくせに。あたし? あたしが悪いのー?」

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2020年2月6日公開

作品集『ニュー・ハートシェイプトボックス』第9話 (全12話)

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© 2020 多宇加世

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