第五章

ニュー・ハートシェイプトボックス(第6話)

多宇加世

小説

6,815文字

 暴力に走る前、病気は必ず何らかのサインを発しています。
 日常の忙しさに追われ、つい病気だけで食事をさせたり、話しかけられても生返事では、病気が送っているサインを見落としてしまいます。
 病気の「こころの声」に耳を澄ませましょう。
 僕らは暴力に向かわないよう最大限にお洒落をする。ここでは思い思いの格好ができる。病院だからといって、病衣でいるのはごくわずか。
 ベッドに縛られている人だって、大半は目を見張るような、まさに縛られている人なりの洒落た格好をしている。僕も普段からジャケットを着ていますよ。

「ロデオボーイ(楽しい)」

 

「えーと。まさにこの時感じていたその快楽は、病気により体力が低下し、思うように体が動かせない状態、あるいは加齢による認識力の低下で突然転びそうになったり、ベッドから落ちそうになることや、えーと、治療に必要なチューブ類を引っこ抜いてしまうことがあるために患者のもとに訪れるのです――。だってさ。ねえ、訪れてる? 快楽が。ねえ、しない?」

「訪れてない。しない。僕はあんた趣味じゃないから」

「ねえ、本当にしてみない? 興奮してない?」

テーラード・ジャケットを着こんだ男が二人いたら大体こんな話になる。女の人が二人いてどんな話になるのかは知らないけれど

病院側からの注意事項の張り紙の横

〈二月にご意見ボックスに寄せられたご要望は一件でした〉の紙に目をやる

ご要望:「なんで、料理ができる人とできね人がいんだ。不公平と思う。それから、神の安定につながるため、面会の機会はあったほうがいい」

ご要望に対する病院側からのお返事:「そうですね。そのようなご意見はこれまでも数多くいただきましたが、私達の病院では、安全で快適な入院生活を送っていただくために、できるだけ病院でも住み慣れた家庭と同じようなお気持ちで治療していただけるように努めてまいります(悪訳。ティキティキ)。しかし、環境が変わると思いがけない転倒や転落などの事故が起こることがあります。倒産した遊園地。院内を歩かれる時は、運動靴のようにゴム底で滑らないもの、脱げにくいものをお履きいただくようお願いいたします。ラジオ放送などにも首を振って相槌をくださいますよう、お願いいたします」

「なにこれ、全然回答になってない」

「ね、興奮するでしょう?」

追記・病院からのお願い:「ご意見ボックス内に、ちり紙や、残飯、汚物を入れるのはやめてください。特にかつらの双子の患者様へのお願いです。我々は見ています

「興奮しない。君には興奮しない。ねえ、『我々は見ています』だってさ」

「ああ、ね」

「うん。こんな書き方をしたら、患者達の病気がひどくなるって分かってないのかね?」

「分かってるのさ」

「じゃあ分かっててやってる? 助長。監視されてる感覚が増すのを?」

「そう。そのほうがスムーズにいくんだ。みんな同じ症状になるから」

「同じ症状か……、全ての患者が一緒に?」

「同じ症状になれば、扱いが全員一緒でよくなる。看護師たちが流れ作業で楽になるんだな」

「そんなに上手くいくもんかな?」

「いくさ。興奮、幻聴が増える。妄想が統一される。脳卒中。脳梗塞。骨折。床ずれ。虫歯。それらだけを気にすればいいだけになる。飯だって嚥下障害患者に合わせた同じもんでよくなる。みんな粥でよくなる。あるいは胃ろう。僕ら最近、同じメニューだろう?  船に載せるには普通の献立ではだめなんだってことさ」

「これはなぜ『かつら』の『双子』と特定して書いてるの?」

「本当にかつらの双子が汚物を入れてるのかもしれないが、実際は多分、違うんだろうね」

「そもそもここにかつらの双子の患者がいるのかどうかも怪しいね」

「そう、カモフラさ。とにかくこれは誘発剤だな。一種の。患者のスイッチを入れるんだ」

「僕も監視されてる?」

「いや、多分俺が監視されてる。勃起しちゃって、……べらべら喋ってるから狙われてる!」

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2020年2月6日公開

作品集『ニュー・ハートシェイプトボックス』第6話 (全12話)

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© 2020 多宇加世

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