春生と電話

多宇加世

小説

1,811文字

春生という少年に掛かってくる電話。ハハハハ。けれどすべては耳裏。掌編作品。

春生はるおの実父はフィジーにいるんです」

春生というのはミズボシの子のことです。もちろん僕は彼のことも好きです。私見では、いささか物事を直視するきらいがあって、またそこがみんな好きなわけなのですか、彼には僕たちには見せぬ部分で、物事を直視する点とは真逆に、身に降りかかる出来事の逐一のその判別をする癖、縁起、つまり運の良さ悪さを一々、疑うきらいがあるのでした。何故その彼が隠したそれを僕が知っているかというと、やはりそれは彼が僕の耳裏の存在だからです。ミズボシも、Fの息子もそうですが、みんな僕の耳裏の存在なのです。つまり、幻聴――。僕の一人喋りなのです。そしてこれはミズボシの子の話です。ああ、そのことを知ったのは遠い過去だったので忘れていたが、あの子はそういえばミズボシと血の繋がりのない、父のいない養子の身だったのだ。

実父。あの子は養子でしたものね?

ミズボシが頷きました。

「昔はよく、春生に実父から国際電話が掛かってきたものです、そうですね、週に一度は」

あなたも話をしたんですか? その、彼の父親と。

「はい。もちろん。時々ですけれどね。ま、あまり性が合う感じではなかったですが。……あの子に電話がまだ来る頃には、そのたびにあの子、必ずそのあとで、一所懸命ビラを作っていましたのよ」

ビラ?

「アジビラっていうのかしら?」

ええっ、アジビラですか?

「春生の実父は彼に、自分は学生運動世代だったと言っていましたの。あの子らが電話で何を話していたかというと、まさにその時代の思い出話……、いえ、それは現在進行形の話、進行形の革命のことだったそうでした。フ、フィ、フィ、フィジーで父さんは、たたたたた闘っている、それを僕はみんなにししっし報せるんだ。そう言って。でもまあ、あたしはそのビラを〈こども新聞〉と呼んでいたんですけどね。だって可笑しいんですよ、彼はそのアジビラを知り合いの喫茶室や、商店街の馴染みの店に、置かせてもらってたんですもの。よりによってアジビラを、ですよ? 立チ上ガレ・同士ヨ・備エヨ・腐食シタブルジョワヲ許スナ・闘イハ近イ、ですよ? さらに可笑しいのはあたしだけでなく、そのビラを置いてくださるところのマスターや店主までが『おっ、今週号できたかい、〈僕の日記〉?』って……。あたしが言うのと同じふうに茶化されるたび――ま、本当は茶化しているんじゃないんですけどね、本当に〈こども新聞〉、〈僕の日記〉だと、そう思っていたんですよ――そのたび彼は悔しそうな顔して、あのいつもの、どもり癖で、『こっこっこっ、こ、れは、革命んんんななのだ!』というものでしたわ」

へえ、はは。可笑しいですね。

「でしょう?」

でも、その可笑しさが哀れだ。

「でも、もっと哀れなのはね、その実父は本当は運動世代でもなんでもなくって、活動家ですらない、宝くじの一等を当てて、悠々自適にフィジーに越した小金持ちのアル中の日本人、私よりも年下のかただったってこと」

……滑稽ですね。

「本当なのは春生の、あの子の実の父親だということだけ。ま、それも放棄したんですけどね」

ふむ。

「あの子、今でも時々言うんです、『僕の名前は〈笑い声〉と〈こんにちは〉って意味なんだ!』って。なんのことか聞いてみると、ある時フィジーからの、話し相手を求めた孤独な酔いつぶれた父からの電話で『お前の名前を、はっきりといって御覧』と言われたらしいんですの」

間。

「で、何か単語を改まってはっきりいえと強制されると、あの吃音もちでしょう? 余計にどもってしまって、自分の名前、春生を、『ははははは、ははははは』って。何度やっても『は、は、はははは。はははははっ』。……それを聞いて、父親は笑っていたというのよ」

〈ははは〉で、それで〈笑い声〉。

「そう」

……で、〈こんにちは〉というのは?

「彼の名前、春生。これをまた、どもりの者がいうと、つい力んで、はははは……、のあとにようやっと出ても、『はははは……はろお!』って伸ばし気味にこんがらがるらしいのね。それで……」間。「……その通話が、彼に掛かってきた最後の電話でしたのよ」

はろお、ハロー、helloで〈こんにちは〉か。酔っぱらいが笑いそうなジョークだ。

「でも、あの子、本当に嬉しかったらしいのね……」

……。間。……、そうか。間。うん、そうでしょうね。

長い、間。

そうか――。

 

 

 

 

 

 

2019年10月3日公開

© 2019 多宇加世

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"春生と電話"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2019-10-04 12:52

    楽しく読みました。
    不思議な作品でした。
    このような作品は、あまり読み慣れていないので、自分の感想が良い具合の言葉で出てきてくれないのが悔しいですが、一つだけ確かなのは、と、いいなと思って、僕も吃音のように自分の名前を言ってみちゃったということです。

    • 投稿者 | 2019-10-04 14:48

      コメントありがとうございます。
      自分はまったく吃音ではなかったのですが、大人になって煙草をやめてからというもの(大人になってから煙草をやめるって、変ですね)、本当に時折ですが、どもるようになりました。なぜかはわかりませんが。
      楽しんでいただけたなら嬉しいです。

      著者
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