訪問

多宇加世

小説

1,445文字

ブンゲイファイトクラブとは関係ないのですが、たまたま枚数が原稿用紙5枚となった掌編です。
落選後書いた一作(といってもBFCとの関連はない)。
パトグラフィー(病跡学・病誌学)の観点から見ると何かが浮かび上がりそうだと自分では思ってます。

玄関のチャイムが鳴ったので、

「はい」

と僕は玄関へ向かった。

僕の行動に何もおかしなところはない。誰かが家を訪ねてきて玄関の呼び出しボタンを押した。それで僕は「はい」と言って――もっとも、この「はい」はいらなかったかもしれないが――玄関へと向かった。

繰り返すが、僕の行動におかしなところはない。だが、ドアの鍵を開けようとした瞬間、そのドアの向こうにいる誰かがこう言った。

「鍵を開けてはならない」

何かと聞き間違えたのだろうかと僕は思った。

「すみません、なんと言いましたか?」

「鍵を開けてはならない、と言ったんです」

「あのう……」

「すぐ済むんです。本当に!」

声に聞き覚えはなかった。若いのか年老いているのか、男なのか女なのかよくわからない声だった。なにがすぐ済むのだろう。ドアスコープを覗いても、指先か何かで塞がれていて何も見えない。言葉と言葉の間に、「しゅぼっ」という音が挟まるのが気になった。「鍵を開けては、しゅぼっ、ならない」「すぐ済むんです。しゅぼっ、本当に」といった具合に。自分で自分の耳の穴に指を突っ込んでで、抜いた時のような音だ。そして僕はいつのまにか、本当にそうしていた。つまり耳に指先を突っ込み、抜くを繰り返していた。僕はこの時ばかりは少しおかしくなっていたかもしれない。でもすぐにやめた。しばらく静かだった。外からはなにも聞こえない。もういないのだろうか?

僕は鍵を開けて確かめようと思って再び手を伸ばした。

「鍵を開けてはならない! 本当に!」

ドア一枚挟んですぐそこにまだいる。僕は手を引っ込め、だが、たまらず尋ねた。

「あの、何かしてるんですか?」

「ええ、もちろん!」

爽やかな返事だった。友達の部下に一人くらいはいそうな感じの。だが声以外なんの音も聞こえない。いや、声と、あのしゅぼっという音と。困った。悪戯か何かだろうか。何がすぐ済むのかわからないし、ドアを開けてはならないので確かめるすべがない。

「あのう……」

「はい!」

「僕って、ここにずっといたほうがいいんでしょうか? その、済むまで」

「ええ もちろん!」

まあ、外で何かやられてるのに、部屋に引っ込むのも気持ちが悪い。だけれども相手はこちらに対し、すすんでコミュニケーションをとってくるわけでもないようなのだ。僕は僕の知らない間に知らない何かが「済む」のを待つしかないのか。

「あのう……、何やってるかだけでも、教えてもらえませんかね?」

「それはならない」

「変なことしてるんじゃないでしょうね?」

「失敬な! ちなみに変なことってなんです?」

「いや、わからないけど」

「ねえ! 変なことってなんです! 具体的になんです!」

「あの、わからないけど、落書きとか、放火とか、鍵穴にガムをつめるとか」

「他には?」

「あの、ほんと、わからないですけど、卑猥なこととか……」

「卑猥なこと!」

「あの、性器をドアノブに擦りつけてるとか、精子を溜めたペットボトルの栓を開けて振り回してるとか……」

「うわあ、卑猥ですね」

「うん……。そういう類のことではないんですよね?」

「ええ!」

その時、部屋のほうから携帯電話が鳴り出したのが聞こえた。

「あの、ちょっと離れても……」

「それはならない」

「電話が掛かってきてるんですよ」

「聞こえます」

「あの、大事な用かも」

「ええ、おそらくそうでしょう!」

「だったら」

「それはならない」

「すぐ済むって言ったじゃないですか!」

「ええ、もちろん!」

今日は僕は外に出たかったのに。

 

 

 

 

 

 

2019年9月28日公開

© 2019 多宇加世

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