「夢の中では意識がすばやく機能しているから時間が遅く感じられる。現実の五分間は夢では一時間くらいになるんだ」
またか、映画の受け売り。大きな瞳をキラキラ輝かせながら語る慶斗は、現実とフィクションを完全に混同してしまっている。しかも映画から仕入れた知識であることをすっかり忘れて自分のものとして語ってしまうからよけいに始末が悪い。夢の時間の話が出てくるディカプリオの映画は一緒に観に行ったじゃない、と冷徹なツッコミを入れたくなるのをグッとこらえてあたしは慶斗の話を聞き流す。水を差すようなことを言うとすぐ不機嫌になるのは分かっているから。
大学では映画研究会での自主制作に没頭しすぎたせいで一年留年、現在は短期のアルバイトを渡り歩きながら無報酬のエキストラとして映画やドラマに出演する日々。たまに端役で舞台に出るときには、あたしもチケットを売りつけられる。若いうちならそういう暮らしも悪くないだろうけど、慶斗はもう三十代後半だった。大学卒業後、映研時代の仲間に激励されて故郷である南の島から出てきたばかりのころとは、わけが違う。今の年齢でイケメン特撮ヒーローの主役や朝ドラヒロインの相手役に抜擢されるはずもない。世間に注目される仕事は、もっと若くてすべすべした肌をした競争相手たちが全部持っていってしまうのだ。成熟した大人の魅力に価値を置くハリウッドと違って日本の芸能界では若いやつばかりがちやほやされる、と慶斗はよく愚痴を言った。
「顔や外見じゃなくて、役者としての俺を見てもらいたいんだ。生きてきた経験や味わった苦労がにじみ出るような芝居は若さだけが売りの連中には無理だ。だから今やってる人間観察の仕事も芸の肥やしだと思ってる」
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