平野啓一郎が10月27日に、新作書き下ろし小説『息吹』をAudibleで配信を開始した。朗読を務めるのは、声優の立花慎之介。

 平野は1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』で第120回芥川賞を受賞。『マチネの終わりに』、『ある男』など映画化された作品をはじめ著書多数。今年、発表した『三島由紀夫論』(新潮社)が「第22回小林秀雄賞」を受賞。

 立花は2003年に声優デビュー。「ハイキュー!!」の夜久衛輔や「Go!プリンセスプリキュア」のカナタ王子、吹替え「マレフィセント」のフィリップ王子(ブレントン・スウェイツ)、そのほか多数のナレーションやゲーム、吹き替え作品など幅広く活躍中。

 『息吹』は、Audibleで最初に配信され、一定期間後に書籍としても発売される「オーディオファースト作品」として楽しむことができるオリジナル小説。これまでにAudibleと出版社の共同プロジェクトとして7作品の「オーディオファースト作品」がリリースされていて、本作は株式会社コルクとの共同プロジェクト。なお、今作は12月7日発行の『新潮』1月号に掲載予定。

 『息吹』は主人公の齋藤息吹が、十数年ぶりに入ったファストフード店で、隣の席から聞こえてきた気がかりな会話をきっかけに、家族の平穏な日々が急速に「もう一つの別の日常」に浸食されていく様子を描く。

 今作について、平野は以下のようにコメントしている。

――『息吹』は、偶然がもたらす人生への影響を、もう一つの人生という視点から浮き彫りにした短篇で、その大きな分岐のきっかけは、日常の中のほんの些細な出来事なのだという点を強調したかった。

 それなりに抽象度の高い物語だけに、耳で聴いていてよくわかるように、各場面のコントラストを工夫した。立花慎之介さんの朗読は、どうしても黙読が前提となっているような私の文体を、立体的に立ち上がらせてくれて、作品に空間的な広がりを与えてくれた。読書という行為では不可能な、現実と非現実とが融け合う感覚を目を閉じて味わうという醍醐味に浸ってほしい。――

 また、朗読を担当する立花は「普段の声優のお仕事とは真逆な技術を求められた収録でした」と振り返っている。

 書店での作者による朗読イベントが盛んな海外に比べ、日本では本を音読で聞くという文化が定着していない。そのような中で、Audibleはひとつの起爆剤として作用しているのではないか。これからもこのような形態で様々な作品がリリースされ、新たな層が文芸作品に触れる機会が増えることに期待したい。