『サピエンス全史』はイスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリによる歴史書でる。軍事史や中世騎士文化史についての著書があるようだが、本書は現生人類、つまりホモ・サピエンスの全歴史について四部構成で語る野心的な試みとなっている。これは推薦人に名を連ねるジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』に連なる類の「世界史本」と呼べるだろう。
本書の構成
本書の四部は以下のとおり。
- 認知革命
- 農業革命
- 人類の統一
- 科学革命
第三部だけ「◯◯革命」ではないのが収まり悪いが、基本的には人類が経験した重要な社会構造の変化を主軸に据えて語っていく。この中で特に重要なのは第一部「認知革命」と第二部「農業革命」の冒頭部である。
認知革命とは、人類だけが獲得した「想像上のものを信じる能力」を意味する。「虚構を信じる能力」と言い換えてもよいだろう。第一部ではなぜホモ・サピエンスだけが生き残ったのかという問い立てを中心に進んでいくのだが、基本的な問題意識は「ホモ・サピエンスがその他すべての人類と大型哺乳類を滅ぼした」というテーマに集約される。
たしかに、ホモ・サピエンスが地球に誕生した頃、多くの人類が他に存在していた。ネアンデルタール人やデニソワ人、フローレス人などの、ヒト族に分類される人類である。しかし、これらの人類はだいたい2万年ほど前には姿を消している。大型哺乳類も同様で、たとえばホモ・サピエンスがオーストラリア大陸に渡ったのは4万5千年前なのだが、それ以降、メガテリウム(大ナマケモノ)のような巨大哺乳類は姿を消している。その一方、オーストラリアでコアラが繁栄したのは、人類が野焼きを繰り返した(草原は狩猟に適していた)からで、結果的に火に強いユーカリが優勢となり、ユーカリを主食とするコアラもまた優勢になった。
こうした生物の絶滅の原因を氷河期に求める学者もいるようだが、氷河期はそれらの生物が存在していた何十万年の間に何度も訪れているので、最後の一回の氷河期でパタリと絶滅することは考えづらい。どうも大変不面目なことに、人類はその言語体系を「虚構」にまで高めることで協力体制を築き、他の生物ではなしえなかったマンモスの大量虐殺やコアラの繁栄のようなことをやってのけたのだ。
続く農業革命において、人類は大きな転換点を迎える。狩猟生活の放棄から、蓄財、複雑な共同体の構築を行なって徐々に現在の我々に近づいてくる。縄文小説という観点からは、農業に伴って人々が獲得した能力について知っておくことが重要だろう。書記体系、宗教、法律、官僚組織など、現在の我々の生活を構成する多くの要素が、農耕社会の要請として誕生している。
裏を返せば、この農業革命のパートを読むことで、狩猟時代にはあり得なかった倫理観や社会構造を知ることができる。縄文小説に限らず、「なにを書くか」と同じぐらい「なにを書かないか」は重要だからだ。
その後、第三部・四部と宗教や科学革命についての話が進んでいくのだが、後半はやや駆け足になっている印象もあり、やや散漫である。
感想
ベストセラーになったというだけのことはあり、まず読みやすい。ただ、問いの立て方が漠然とした書物であるため、テーマがぼやけている印象は否めない。また、本書独自の情報も少なく、WIRED や GIGAZINE、KARAPAIAといった海外ネタを扱うサイトを定期的にチェックしている人は「食い足りない」と思われるかもしれない。
- 人類は実のところ他の人類と混血しており、黒人・白人・黄色人という民族の違いは遺伝子的には明確に異なる別種の人類であると主張することも可能だがそういうことをいう科学者はいない
- 大型哺乳類は人類の進出に伴って絶滅しており、人類は地球史上最恐の殺戮者である。現在生き残っている大型哺乳類の多くも、そのうち絶滅する。
- 人類は農耕社会に移行して以来、不健康になったが、生き残れる最大数が増えた
こうしたことは特に真新しい情報ではない。また、科学革命のパートにおいてもそれほど画期的な論考や視座はなかった。また、本書を貫く「原罪意識」はユダヤ・キリスト教圏に特有の感情であるため、「神になった人間」というテーマ自体があまりピンとこないという面もある。
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以上、ベストセラーとして話題になった『サピエンス全史』についての書評を終える。有史以前のできごとについては日進月歩で研究が進んでいるので、縄文小説を書くにあたって知識のアップデートが必要だと思われている方は、本書の上巻だけでも一読することをお勧めする。
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