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カフカ的介護認定申請

プルーストが読みきれない(第2話)

高橋文樹

母と別居してから、ビジネスケアラーとしての私の介護生活が始まった。カフカの『城』めいた要介護認定を受けるまでの記録である。

タグ: #介護

エセー

9,264文字

二〇二〇年の春から私と母は別居するようになり、毎日朝晩の訪問で介護を始めたのだが、別居してから驚くまもないほどあっというまに状況が悪化していった。地獄の始まりである。

あとから知ったのだが、介護が始まった直後は「パニック期」と呼ばれ、介護者が訪れる理不尽の波に押し流されてしまうそうだ。私も危機的状態になっていたのだろう。

最初に言ってしまうと、二〇二一年の春に要介護認定を受けるまでの一年ほど、私は母をほぼ一人で介護するのだが、仕事と子育てと介護を同時に行ったため、忙しすぎて記憶が曖昧である。この期間に仕事で何をしたかもよく覚えていない。いまでも私にとって人生でもっともハードだった一年である。母の認知機能と生活機能は徐々に低下していったのだが、これから紹介するトラブルは時系列的に前後している可能性もある。そんな不確かな回想であるが、その不正確さも私の混乱を反映しているので、そのまま共有しておきたい。

ビジネスケアラーとしての一年の記録

先ほど述べたように仕事と育児をしながら介護をしていた私の一年をジャンル別にまとめると、以下のようになる。

食事

独居開始後の母は、一人で駅まで出かけることができていた。したがって、食料や日用品の買い出しも自分で行なっていたのである。が、夏頃に私は母の財布がパンパンに膨れ上がっていることに気づいた。年金が降りるとそれをすべて下ろし、財布に詰めていたのである。二ヶ月に一回の受給だから、二十万近い金額だ。そのうえ、小銭入れもパンパンに膨れ上がっていた。少なくとも、同居していたときにそんな習慣はなかった。もしかしたら、同居していた息子がいなくなった不安から、手元に現金を置いておきたくなったのかもしれない。

しかし、高齢者はひったくりなどの被害に遭いやすく、紛失の可能性も高いので、母が大量の現金を持ち歩いているのはいかにも不安だった。私はせめて三万ぐらいにしておき、必要とあらば私が代わりにおろしてきてやるということで、通帳を預かることになった。そこで気づいたのだが、母の貯金がここ数ヶ月、思いのほか減っているのである。なぜこんなに使うことがあるのか、と部屋を見回すと、居間のそこかしこにマロンドという千葉県を中心に展開するチェーンのパン屋の袋がごろごろ転がっている。そして、そのどれもに三つ四つの惣菜パンが入っていて、酸っぱい匂いを放っているものもあった。

なんでも、最近は毎朝バスにのって駅前のマロンドに向かい、その日の食事として五、六個のパンを買い込むが、帰りはバスを待てずにタクシーを使っているという。毎日三千円ぐらいを使っているわけだ。年金額は九万円だったから、食費に九万円も使っていたら、毎月赤字である。とはいえ自炊も難しいだろうから、できあいのものを食べる生活自体は間違っていない。

対策として、まず冷凍の宅配弁当を注文し、それをチンして食べるよう説明した。が、まったく食べる様子はなかった。その場でチンして出してあげないとダメなようだ。不思議だったのは、私と話しているときの母は基本的に意思の疎通ができていたことである。「冷凍食品注文したから、チンして食べなよ」と私がいえば、「わかった」と答えるのだ。しかし、私がいないときは食べないのである。億劫だからなのか、忘れてしまうからなのか、区別はつかなかった。

宅配型の弁当を頼み、昼食用を朝に届けてもらうようにした。母はその弁当の到着を楽しみに待つようになり、届くと朝に食べるようになった。それ以外の食事やおやつなどはある程度買いだめしておいておいた。弁当は日持ちしないので、二日に一度ぐらいスーパーによって二日分より少し多い程度を冷蔵庫に入れるようにした。冷蔵庫にあった古い食材はすべて捨ててしまった。届けた弁当は少し余ることも多かったが、足りないよりはいいだろうと割り切った。あんなに食べ物を捨てたのは、私の人生ではじめてのことである。

猫の世話

© 2025 高橋文樹 ( 2025年1月5日公開

作品集『プルーストが読みきれない』第2話 (全7話)

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