「タイマグラばあちゃん」

無職紀行(第5話)

消雲堂

小説

940文字

観てたよ。岩手県早池峰山の南嶺に位置するタイマグラ(アイヌ語で森の奥に続く道という意味)地域に住む老夫婦のドキュメンタリー映画なんだ。ドキュメンタリーってやっぱりいいよね。人ってカメラを向けられると「軽薄大家族シリーズ」みたいに大仰な演技しちゃうんだけどさ、少人数を長期にわたって記録していると、記録する人と撮られる人の関係が家族みたいに親密になって「真実の姿」を見せちゃうんだよなぁ。

早池峰っていうとなんか懐かしいんだよね。そう、近くまで行ったことがあるんだよ。僕が20代…の時なんだけどさ、あれはいくつぐらいのときかなぁ?25歳くらいだったかなぁ?多分、池袋西武デパートを辞めて数ヶ月無職だった時があってね、その時のことだと思うよ。

遠野から釜石に向かって一泊、翌日は吉里吉里を経て宮古、そこから遠野に再度戻って、花巻温泉に一泊っていう無計画に旅行したことがあったんだよ。

僕は怠け者だから、何かきっかけがないと旅行なんてしないよ。そう言うわりにはよく旅行してたけどね。あの時は母親が自分の故郷である岩手県一関市まで行くからついてこいと電話があったので、それに便乗しただけなんだよね。無職で暇だったから「喜んでお供いたします」ってついて行ったんだよ。でも僕は別な目的があって、遠野の写真を撮りたいって思っててさ。森山大道さんの写真集「遠野物語」を見て、感動して、こういう写真を撮りたいっつって思ってね。

もちろん津波被災した釜石から宮古までの山田線沿線の街にも思い入れはあるさ。それはまたの機会に話すよ。え?聞きたくないって?ま、いいや。

宮古から山側を盛岡に向かう山田線沿いに走って陸中川井で遠野に向かうんだけどさ、早池峰が右に見えてくると、空気が違うのよ。きれいなのよ。なんか混じりっけのない純粋な空気ってかな。窒素も二酸化炭素も入ってない純粋酸素のみって感じ。え?ありえない?いいじゃんそんなことどうでも。細かいね。早死するね。とにかくさ、喘息も完治しちゃうんじゃないかぐらいの勢いだもの。空気が。爽快なんだわ。

あの頃は、早池峰の麓にタイマグラばあちゃんが生活してたわけだからさ、感慨深いわけよ。知ってりゃ、行くじゃん。挨拶に…嘘つけって?細かいね、あんた。ほんとに早死するよ。

2013年2月19日公開

作品集『無職紀行』第5話 (全10話)

© 2013 消雲堂

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