下妻模型屋夫人

消雲堂

小説

3,960文字

2010年の春・・・僕は茨城県の下妻まで出かけた。なんつったって桜満開の花見の季節であった。

 

下妻には街の中心部に砂沼っていう湖くらい大きな沼がある。

この沼は何も特徴がなくて殺風景なのだ・・・が、沼の周囲には誰が植えたか知らないがびっしりと桜が植えられていて、毎年、桜の季節には訪れる者の精神をおかしくしちゃうくらいの実に見事な景観を提供してくれるのだ。

 

だからおいらもおかしな精神状態になりたくて毎年下妻に出かけているのだ。これからは我が家の年中行事(春の部)にしちゃうことにしちゃったのだ。

 

さて、千葉から東武野田線に乗って柏駅で車両を乗り替え、おおたかの森駅でつくばエクスプレス乗り替え→つくばエクスプレスで守谷乗り替え→関東常総鉄道で水海道車輛乗り換え→下妻着ってな具合で数時間。ま、ちょっとした旅行である。

 

下妻駅から徒歩で砂沼に向かう。この日は、かみさんナマコも一緒だから、ちとペースが遅くなる。8番のパックロッドをコンパクトなケースに詰め、6番リールにはちと太めの8番のシューティングラインを巻いて鞄にぶち込んである。砂沼にはブラックバスがおり、花見の合間にそれを釣っちゃおうと思っていたのだ。

 

釣り道具を持参しているが、今回の目的はあくまでも花見である。

 

それにしても・・・僕は関東鉄道常総線が好きである。沿線の風景・・・特にとりたてて美しい風景が広がっているとか・・・そんなものも何もないのだが、線路を走るディーゼル車両のエンジン音と車窓に広がるなんてことない田舎らしい風景が相まって僕の懐古趣味的な感情をくすぐって笑わせちゃうのである。あ、だだっ広い平野の向こうには筑波山が偉そうに僕たちを睥睨している。筑波山は聳えるほどの高さではないが、天狗党挙兵とかヤマトタケル伝説とかなんとかかんとか歴史に登場しちゃう山なのである。

 

ちなみに真珠湾攻撃の際、南雲中将の第一航空艦隊に”真珠湾を攻撃せよ”を命じる隠語は「ニイタカヤマノボレ」であったが、”直ちに帰投せよ”を表す隠語は「ツクバヤマハレ」であった・・・そうである(wikipedia筑波山より)。

 

2009年は、何度かこの常総線に乗って、あまりお金のかからない小旅行を楽しんだ。かみさんのナマコと終点の下館まで行ったこともあった。ひとりで旅(近所だけど)をした時には途中の下妻駅に降りて街の中心部に位置する砂沼でブラックバスを釣りながら(釣れなかったけど)花見を楽しんだ。

 

その下妻を訪れた時に気になっていたものがひとつあった。それが下妻の駅前通りを少し行ったところにある模型屋「坂入」なのだった。田舎にしちゃちょっとしたビルに大きく「SAKAIRI」と店名看板が掲げてあって「さかいり?変な名前だ。多分、ここらあたりを根城にしていた平将門の仲間だったりするのだろうな」なんて勝手に思いながらも、その日は休みだったようで店に入ることはなかった。

 

で、この日は砂沼でナマコとフライでバス釣り&花見をさんざん楽しんでから、疲れた足を引きずって入店しちゃったのだった。

 

さんざん歩き回って疲れているのに不覚にも模型屋坂入に入店して驚いた。店の前にナマコを待たせて良かったと思った。これだけの数の模型を観察するには時間がかかるので、模型に興味のないナマコはきっと怒るだろうと思ったからだ。

 

それにしても物凄い数の模型やおもちゃだ・・・。店内の広さに、気を失うほどの品数。天井もやけに高い。広い店内の奥には商品什器が3つか4つ設置され、その棚には、しつこいけど、尋常ではない数の模型の箱が積まれている。おまけに通路にも入りきらなかった模型の箱が積み重ねられているのだ。

 

店の入り口近くには模型ではなく、エアガンやフィギュアや玩具?やゲーム類がぐちゃぐちゃに詰め込まれていて、左側にレジがあって、そこには模型を購入したお客と親しそうに話す声の大きなおばちゃんというかお婆ちゃんが立っている。

 

僕はレジを通り越して奥の模型が積まれた什器に向かった。そのとき、お客と話すレジのお婆ちゃんが僕をギロリと睨んだ視線を感じた。

 

記憶は定かではないが左側の什器の奥に戦車模型が積まれている。僕はその品数を見て、また驚いた。都会のちょっと大きな模型店でもこれほどの在庫数はないだろう。通路の模型の箱を踏んで潰さないように注意を払いながら戦車模型の棚を凝視するとサイバーホビーのグリーンボックスの下にタスカの“悪役一号”が二個積まれている。この箱の汚れからして初期の生産品のようだ。

 

ついこの間、タスカの通販サイトから“悪役一号(兵士豚のフィギュア付き 価格改定版)”を買ったばかりだったが、義妹の誕生日が間近だったので、義妹の好きな宮崎駿の悪役一号(こちらはフィギュアなし版)をプレゼント用にとサイバーホビーの箱をどけて、汚れた箱をひっつかんでレジに向かった。

 

既に先ほどの先客は店を出ており、店内にはレジのお婆ちゃんと僕の2人だけ・・・なぜか言いしれぬ恐怖を感じた。

 

「あら、もう買うもの決まったの?早いわね」とお婆ちゃんは言う。

 

 

「店に入ってきたかと思ったら、すぐにレジに来るんだもの。早いわよ」

 

 

「はあ・・・これだけの数の商品をゆっくり見るのは時間がかかるし、欲しいのがたくさんあるとお金が続かないし・・・」

 

 

「ふうん・・・あ、これはなかなか売れなかった奴だわ。ありがと」

 

 

「でも凄い品揃えですね。都会でもこんな店を見たことがない。きっとお宝が眠っているかも」と僕が言うと、「けっ」と唾を飛ばすように笑い飛ばして「んなことないわよ。最近は都会から購入しにくる人が増えたから珍しいものなんかないわよ」とお婆ちゃんが言う。よく見ると、なんとなくデビィ夫人のような顔立ちと話し方だ。

 

 

「どっから来たの?」

 

 

「はあ・・・千葉のK市です」

 

 

「あら、K市からは毎週のように買いに来るお客がいるのよ」

 

 

「ふぇえええ」

 

 

「あんたは何しに来たの?」

 

 

「スナヌマに釣りに来たんです」

 

 

「あのね・・・あれはスナヌマじゃなくてサヌマって読むのよ」

 

 

「あ、そうなんすか?」

 

 

「ったく・・・正しい名前を知ってほしいのは地元の人間の正直な心よ」

 

 

「え?」

 

 

「ま、いいわ。これは・・・普通15%引きになるんだけど、このメーカーのものは10%しか引けないの勘弁してね」

 

 

「OKですよ」

 

 

「それに消費税はいただくわよ。なんせ毎年納めなくちゃならないからさ」

 

 

「はは・・・そうですよね」(上げたり下げたり・・・だね。安いのか高いのかわからなくなる)

 

 

「砂沼では自転車借りられるの知ってる?」

 

 

「え、知らないす」

 

 

「駄目ね。神社の先にお茶屋があってさ・・・」

 

 

「あ、橋の近くにありましたね」

 

 

「駄目ね。あすこで自転車借りて砂沼を一周すれば疲れないじゃない」

 

 

「ああ、そうすね」

 

 

「ええっと・・・はいお釣り・・・」

 

 

「あ、どうも。このお店は開店してからどのくらい経っているんですか?」

 

 

「もう50年ね」

 

 

「ええ、凄いですね。本当ですか?」

 

 

「本当よ。そもそも、おじいちゃんが創業したんだけど、初めはおもちゃ屋じゃなかったの」

 

 

「いつから模型屋さんっつうかおもちゃ屋さんに変わったんですか」

 

 

「うーん・・・わかんないな。20年前かな?いや、違うな・・・」

 

 

「あ、いいです、いいです。また来ますから、その時にゆっくり教えてくださいな」

 

 

「何年になるのかなあ・・・」

 

 

「いひひひ・・・・いいですって。また来ますから」

 

 

「ああ?わかったわ。また絶対来なさいよ」

 

 

「はい」

 

 

店の外に出るとナマコが不機嫌な顔をして立っている。

 

 

「買うものはすぐに決まったんだけど、デビィ夫人に捕まっちゃって・・・」

 

 

「デビィ夫人・・・ふざけるんじゃないわよ。早く駅に行こうよ」

 

 

「はい」

 

 

スーパーと同じ白くて薄手のビニール袋に入った悪役一号を右手にぶらさげて僕とナマコは下妻駅に向かった。

2012年6月28日公開

© 2012 消雲堂

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