岡本尊文とその時代(三十)

岡本尊文とその時代(第30話)

吉田柚葉

小説

2,874文字

はっきり申し上げて、僕は先生の事を疑っています。

しかるに、どう見ても其れは、贋札であった。少しくざらついた紙に、家庭用のスキャナーで取込んだ紙幣の画像を印刷した作りと言えば、ともすれば本当にそうやって作製された物かも知れなかった。

訝しくおもいつつも私は部屋に戻った。そうして、宮崎氏にコートを手渡し氏の前に札束を置いた。宮崎氏は其れを手に取ると、顔色を悪くした。

「本当に、これでしたか。」

宮崎氏の口から漸く出た言葉は、それだけだった。私は首肯した。すると、

「本当に、これだったのですか。」

と宮崎氏が今度は強く食いかかって来た。目が血走っている。私は、

「確かにこれでしたよ。」

と、踊る心臓を感じながら言った。宮崎氏は、両手で鼻を押さえて、目を閉じ、深く息を吐いた。

空気が揺れた。双方、相手に懐疑心を抱いているのが、互いに強く感ぜられる塩梅であった。

「肌身離さず持っていたつもりなのですが……。」

ようやっと宮崎氏が言った。

「最後に札束を確認されたのは、何時いつ頃でしたか。」

「昨夜ですが……。」

そう言って宮崎氏は遠い目をした。昨夜の其の瞬間を手繰っているらしかったが、明確な像は描けていないと見えた。

「此の事に、どんな意味を見出せば好いのでしょうか。」

宮崎氏はそう言って、

「はっきり申し上げて、僕は先生の事を疑っています。」

と続けた。

此の言を受けて私は、後頭部に小さな圧が加わった感じがした。

2019年7月13日公開

作品集『岡本尊文とその時代』第30話 (全41話)

岡本尊文とその時代

岡本尊文とその時代は1話、2話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2019 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"岡本尊文とその時代(三十)"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る