しかるに、どう見ても其れは、贋札であった。少しくざらついた紙に、家庭用のスキャナーで取込んだ紙幣の画像を印刷した作りと言えば、ともすれば本当にそうやって作製された物かも知れなかった。
訝しくおもいつつも私は部屋に戻った。そうして、宮崎氏にコートを手渡し氏の前に札束を置いた。宮崎氏は其れを手に取ると、顔色を悪くした。
「本当に、これでしたか。」
宮崎氏の口から漸く出た言葉は、それだけだった。私は首肯した。すると、
「本当に、これだったのですか。」
と宮崎氏が今度は強く食いかかって来た。目が血走っている。私は、
「確かにこれでしたよ。」
と、踊る心臓を感じながら言った。宮崎氏は、両手で鼻を押さえて、目を閉じ、深く息を吐いた。
空気が揺れた。双方、相手に懐疑心を抱いているのが、互いに強く感ぜられる塩梅であった。
「肌身離さず持っていたつもりなのですが……。」
ようやっと宮崎氏が言った。
「最後に札束を確認されたのは、何時頃でしたか。」
「昨夜ですが……。」
そう言って宮崎氏は遠い目をした。昨夜の其の瞬間を手繰っているらしかったが、明確な像は描けていないと見えた。
「此の事に、どんな意味を見出せば好いのでしょうか。」
宮崎氏はそう言って、
「はっきり申し上げて、僕は先生の事を疑っています。」
と続けた。
此の言を受けて私は、後頭部に小さな圧が加わった感じがした。
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