ひきこもりはいつまでも泣き濡れた。
誰も看病してくれない。鉄屑屋のくれたペットボトルをチビチビやりながら、ゆっくりと回復を待つ。誰も俺の葬式なんて来ないんだ。オイオイ。フェンスの向こうで三人が話し合っていることもあった。その顔には笑顔さえある。俺は世界で一人ぼっちだ。オイオイ。そうだ、俺はこのまま死ぬ、遺書代わりに小説を書こう。ひきこもりは原稿用紙を取り出した。が、何も出てこない。いや、出てこないというより、書きたいことがありすぎる。オイオイ。絞るような声で呻いた。どうして、最後の最後になって、書けないんだ。ひきこもりは泣き濡れた。
それが、二日で癒ってしまった。ファック。
涙で霞んだ視界の正面にゆるゆると湯気が昇っている。兎屋が煮炊きをしているのだ。
看病をしなかったあいつらとは絶交だ、と息巻いたが、それよりも社交への欲望が強かった。絶望について話したい。自分と五十君が以前のようでないこと、何もかもがキラキラしていないこと、そうした悔悟をあの湯気で薫してしまいたかった。
藪の中で鍋を眺める兎屋は、ひきこもりを見て微笑んだ。
「良くなったか」
コンロの傍には卵の十個入りパックが口を開けて、僅かに四つを残すきりだった。
「六個も何に使ったんですか」
「ご馳走だ。見なよ」
取手の無い蓋を開けると、湯気が太い魄となって大気に持ち上がる。中では玉子とじが沸々と震えていて、そこに飴色の玉ねぎと白い肉片が散りばめられている。
「親子丼?」
「違うよ、従兄弟丼だ」
「従兄弟丼?」
「ほら、牛肉を玉子とじにして他人丼ってあるだろ。兎と鶏は他人ってほどじゃないからな」
兎屋は得意げに笑った。目が長方形になったり、楕円になったりうようよ動いている。ああ始まった。言葉が切れ切れに聞こえてくる。イトコドンという響きだけが堅く、冷たいコンクリートを噛まされたようだった。以前、奮発して卵を買ってきたときに兎どもがわらわらと逃げた理由がわかった。
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