監視員

小林TKG

小説

9,900文字

バゴプラの気候変動で移住のやつに出したやつです。配信で褒めてもらって嬉しかったです。

面接の際、大したことは聞かれなかった。

面接を行った部屋は白い部屋だった。白くて窓がない部屋。そこにコロのついてないオシャレ椅子があって。四角いやつ。座る所と背もたれの所に緑の布地が付いていて。あとは金属の。金属かな。分からない。布地以外の部分でピカピカと光をよく反射する椅子があって。その正面に会議室みたいな長テーブルがあって。天板。って言うのかわからないけど、天板は茶色で。木目のやつ。よく見る。よく見るやつで。その向こうに二人、面接官が、スーツの男が座っていた。二人ともスーツでネクタイをしてて眼鏡で。似たような眼鏡だった。髪型も似たような髪型だった。撫でつけてあるみたいな髪型。スーツの男が座ってる椅子にはコロが付いていた。その二人の男の間に、間と言っても、向こう側の壁だとは思うんだけど。その天井、多分天井近くに時計が掛かっていた。時計。丸い時計。文字盤。文字は黒い。飾り気のない。ダイソーとかで500円とか1000円で売ってるみたいな。無印良品で売ってるみたいな。飾り気のない時計。丸い時計。文字盤の文字は黒い。カチカチ、チクタク言わないタイプの時計。針が流れるように動くタイプの時計。カチカチでは無くて。流れるように。秒針も短針も長針も。照明は天井に埋まっているのか、実家の仏間みたいに笠がぶら下がってる感じじゃない。部屋が白い。全体が白い。床も壁も天井も。そのせいで距離感がつかめない。見えない段差とかがあるかもしれないと思って不安になった。二人の面接官はすごく遠くにいる気がする。でも、凄く近くにいるかもしれないとも思える。

面接はそういう部屋で行われた。窓のない。白い、真っ白い部屋で行われた。私は椅子に座っていて、急に床が抜けるんじゃないかとか、そういう事を考えたり、そういう事を考えて、思い浮かべて、ふと不安になったりした。面接の質問自体は大したことなかった。どこに住んでるんですかとか、ここまでどれくらいかかりましたかとか、そういう事をよく聞かれた。私の生活の事を。今現在一緒に住んでる人はいますかとか。私はいませんと答えた。

それから右の面接官がおもむろに「一人は大丈夫ですか」と聞いてきた。一人は大丈夫ですか。一人でいるのは大丈夫ですか。はい。大丈夫ですと答えた。その後、左の面接官に「普段の生活で、ストレスとか溜まった時にどういう事をやって発散されますか」と聞かれたので、少し考えてから、「カラオケとかですかね」と述べた。「ヒトカラです」ヒトカラに行きます。

一人で行くんですか。はい。一人で行きます。楽しいですか。楽しいです。他の人の興味ない歌を聴く必要ないので。ほう。自分の好きな歌とか沢山歌えますし。ああ、なるほど。立って歌います。立って歌うんですか。はい。立って歌います。立って大きな声で歌います。そうですか。カラオケが近所にあるんですよ。そうなんですか。はい。それも大きいと思います。なるほどね。

面接が終わると、ありがとうございましたと礼をして家に帰った。家の最寄り駅に到着するともう夕方だった。今日は一日が面接で終わったな。そう思った。家に帰ってから手を洗って、うがいをして、足を洗ってから部屋着に着替えてパソコンをつけた。いつものように内さまを観ながらお酒を飲んで寝た。

あくる日、朝起きてパソコンをつけてメールを確認すると採用のメールが届いていた。時間を確認するとその採用のメールは夜中に来ていたらしかった。

中一日を置き、メールに書かれていた案内に従って再び面接を行った建物に向かった。入口に誰かが待っているとか、建屋の敷地に入っても誰かが居たりとかそういう事は無かった。メールにはその辺の説明も書かれていた。先日面接を行った場所に再度ご足労お願いいたします。面接時と同様、服装に関しては自由で構いません。印鑑と黒のサインペンをお持ちください。印鑑はシャチハタでも構いません。また当日案内人等はおりません。入口に会場内の案内板があります。Ⅽ室に入室いただきお待ちください。規定時間に遅れる場合は下記に書かれている連絡先にご連絡ください。貴殿の御来社をお待ち申し上げます。

メールで書かれていた通り案内板で確認して明るい通路を歩いてⅭと書かれた部屋に入った。入る時一応ノックしてから少し待った。返事は無かった。中は先日面接を行った部屋と同様に白く、全部が白く。床も壁も天井も全部が白く、窓のない部屋だった。その部屋の中には面接時と同じく椅子があった。コロのついていない移動しにくい椅子があり、その前にテーブルが、これもまた面接時と同様の、天板が木目の、会議室によくあるみたいなテーブルがあった。テーブルの先、向こう側の壁、相変わらず全部が白くて距離感がつかみづらい。壁、天井近くに時計がかけてあった。飾り気のない。シンプルな時計。カチカチも、チクタクも言わない時計。テーブルには紙が二枚と、ボタン。押しボタンが一つ置かれていた。紙面の一枚は雇用契約書だった。それには私の名前が書かれており、つらつらと契約に関しての規則みたいなものが記されている。裏面にサインする箇所と印鑑のマークがあった。もう一枚には案内みたいな事が書かれてあった。

それにも私の名前が書かれており、本日から一か月ほど研修期間を用いる旨、明日以降も既定の時間迄にこちらに来ていただく旨、Ⅽ室、その部屋で待機してもらう旨、終業時間が経過したら帰ってもらって大丈夫という旨、給与の支払いに関しての旨、また業務内容をSNSに載せるのは禁止、名前の漢字などに間違いがないかどうか等、そういう事が書かれていた。それから緊急連絡先と、Wi-FiのIⅮとパスワード。トイレ、給湯室、自動販売機の案内。それから、その紙面の真ん中に大きく、

(二時間ごとにアラームが鳴りますので、アラームが鳴ったらテーブルの上に置かれた押しボタンを押してください。また終業開始時と終了時刻にもアラームが鳴りますので、その際にもボタンを押してください)

と書いてあった。私はそれをさっと確認してからテーブルの上の空いたスペースにカバンを置いて、とりあえずトイレに向かった。トイレはその部屋、C室の中にあるらしかった。時計のかかっている壁面の左端。一見するとよくわからないが、そこにドアがあるのだそうだ。白い部屋。全体が真っ白い部屋。不意にぶつかったりしない様に手を前に出して、壁をペタペタと触りながら場所を確認した。するとある場所に突起が、それも真っ白くて周りの壁に同化してしまっているのだけど、があった。それを捻って手前に引くと、真っ白いドアが開いて奥に続くスペースが出現した。そこにはトイレと、給湯室、自動販売機があった。しかし、ここも白かった。トイレも給湯室も、給湯室にある冷蔵庫もその上にある電子レンジも自動販売機も何もかも。白かった。しかし周りの、前室ほどではない。床壁天井は同じ白だったが、トイレ、給湯器等、自販機、それらは区別が、他と見分けられる様になのか、若干、若干だけ灰色っぽい白。それらの違いを一見して、ああ、ぶつかったりしない様になのかな。とか、考えているとアラームの音がし出した。ピーピーピー。終末病院で父に繋がっていたバイタルの機械みたいな音でアラームが鳴りだした。一瞬幻聴なんじゃないかと思った。なんでか。なんでかわからないけど。テーブルの前に行って、押しボタンを押す。するとアラームの音が止み、壁の時計を確認すると、就業時間になっていた。就業時間になってもそこには誰も来なかった。ただ、案内の紙の方に待機お願いしますと書かれていた。だから私はそこで待機した。とりあえずスマホを出してkindleを起動した。あとその時偶然気が付いたが、圏外になっていた。その部屋は圏外になるみたいだった。部屋のどこに行っても、トイレの所に行っても、圏外のまま、一回も、少しも、一瞬も、アンテナの一本も立たない。それだからWi-Fiの事が書かれていたんだろうか。そうか。そうか……。紙面に書かれていたWi-FiのIDはスマホの設定の所で確認するとすぐに出てきた。包丁で切ったバームクーヘンのマークは全てが点灯している。時々それが少し欠けたりとかそういう事も無い。無いみたいだ。ビンビンだ。ビンビンにつながるみたいだ。しかしその日はなんか怖いのでWi-Fiは使わなかった。とにかくそこに来るまでの間、バスや電車で読んでいた本の続きを椅子に座って読む事にした。そのうち誰かが来たりするんだろうか。あるいはずっとここに一人なんだろうか。そんな訳無いだろうよ。そのうち誰か来るだろうよ。若干不安になったりしたが、本の続きを読み始めるとすぐにそちらに集中できた。没頭出来た。このまま今日中にこれを読み終えたらいいな。最悪でも、帰りの移動中に読み終えれたら最高だな。それいいな。そう思った。

それから、

その日はずっと本を読み続けた。Ⅽ室には最後まで誰も来なかった。誰も来ないまま、就業の八時間。私はそこに居た。ただ居た。二時間に一回アラームが鳴った。その度にボタンを押した。それ以外はずっと本を読み続けた。途中何度かトイレに行ったりしたし、自販機から飲み物を買おうとしたりもした。買おうとしたらその自販機にはお金を入れるところが無く、Suicaとかで買うのかと思ったらそういうカードリーダーもついてなかった。だから少し立ちすくんでから試しにと一つボタンを押した。そしたら飲み物が出てきた。お金かかんねえのかこれ。と思って瞠目した。ネットカフェとかにある紙コップの自販機みたいにお金かかんねえんだこれと思った。それからあと、え、これ大丈夫かなと思ったりした。勝手に一つ飲み物出しちゃったけど。大丈夫かこれ。怒られないかな。そういう事が心配で、少しキョロキョロとした。でもキョロキョロしたその時も上下左右、白い壁とかがあるだけだった。だからその一本に関してはもう叱責も仕方ないと思う事にした。他には昼ご飯の準備とかをしていなかったために、その日は食べるものが無かった。メールにも案内にも書かれていなかった。どうしようかと思ったが、とりあえず椅子に座ってからまた本を読み進めた。それから次のアラームが鳴ったタイミングで、読書をいったん中断して、カバンからメモ帳を出して、質問したい事を箇条書きにした。

・Wi-Fiは利用していいのか。

・給湯室は利用していいのか(薬缶でお湯を沸かしたりしてもいいのか)。

・自販機は利用していいのか。

メモ帳を閉じてから、そう言えばと思い出して雇用契約書を読んで裏面に日付とサインと印鑑を押した。案内は四つに折り畳んでからカバンに入れた。自販機から出てきた飲み物もなんとなく怖くて飲まずにカバンに入れた。あとはもうずっと本を読み続けた。アラームが鳴ったらボタンを押した。あとはもうずっと本を読んで過ごした。そうして八時間経過した時、またアラームが鳴った。ボタンを押した。押したらまたアラームが鳴った。最初のアラームは二時間経過したというアラームで、もう一度鳴り出したこのアラームは終業のアラームだろうか。ボタンを押したらアラームは止んだ。すると入口からカチリと音がした。確認するとドアが開いた。気が付かなったけど、もしかしたら終業開始の時に部屋のドアに鍵がかかっていたのかもしれない。まあ、別に部屋から出なかったからいいんだけども。ただ本当にもう帰ってもいいんだろうか。それが心配だった。部屋から廊下に出るとスマホがポンポンと通知音を発した。見るとアンテナがたっている。それに伴って色々なアイコンに、LINEとかYahooアプリとかライブドア、dメニュー、d払いとかに①だの②だの③だのと数字が付いた。Gmailには㉟とついた。確認すると大抵がどうでもいいメールだったが、中に四つ程就業に関してなどの、確認するべきメールがあった。入っていた。メールが来た時間を見ると終業開始時と昼前と、終業時間少し前に来ていた。それらをそこで立ったまま確認した。最後に来たメールにはお疲れさまでした。そのままお帰りくださって大丈夫ですと書かれていた。質問等があれば、どのメールにでも結構ですので返信くださいと書かれていた。でもとりあえず帰った。建屋を出て、敷地から出て、駅に向かって歩いた。当然のことながらもう夕方になっていた。改札をsuicaで抜けてホームに出てきた電車に乗った。電車に乗ったらまた本の続きを読んだ。もうすぐ終わるから。とりあえず。とりあえず読み終えてしまいたい。家の最寄り駅に到着して、駅を出てバスに乗り換えた。バスに乗ってからもkindleで本を読み続けた。

家に帰って、手を洗ってうがいをして足を洗って着換えをして、本を一冊読み終えてから、パソコンで改めてメールを確認した。明日以降も本日と同じ時間に来社してもらう旨、本日と同様に割り当てられた部屋で待機してもらう旨、アラームが鳴ったらボタンを押してもらう旨などが記載されていた。会社から来たメールを全て確認してからメモ帳に書いておいた質問を返信欄に書いて返信した。一応お疲れさまです。本日はありがとうございました。などの事を記載し、C室に入室していた者です。と自分の名前を書いた。最後には、よろしくお願いします。などと書いた。送る前に一度見直しをしてから返信を押した。それを終えると、食べ物とお酒の準備を行ってから、その日もまた内さまをチョイスしてそれを観ながらお酒を飲んで寝た。

朝起きてスマホを確認するとメールが来ていた。深夜帯に返信へのメールが来ていた。寝ぼけながらその内容を確認すると、Wi-Fiは利用してもらって大丈夫です。とか、給湯室も利用してもらって大丈夫です。冷蔵庫も電子レンジもどうぞご自由に。とか、自販機も気にせず使ってくださいと書いてあった。それから後、給与支払いの為に口座がわかるものをご持参くださいと書かれてあった。そのメールの最後にまた質問が出たらどのメールにでも構いませんので記載して返信くださいと言う事と、あと、明日以降もよろしくお願いいたします。と書かれてあった。そのメールにも返信をした方がいいかなと少し考えたが、結局しなかった。バスに乗って最寄り駅に向かう際、また新しい本をkindleで読み始めた。電車でも。会社に到着した際、駅の中のニューデイズで昼ご飯にカップ麺とおにぎりを一つお茶のペットボトルを一本買った。それらをカバンに入れて、また会社に向かった。それからまたⅭ室で待機をした。その日テーブルの上に給与支払いの為の用紙が置いてあったのでそれに持ってきた普通預金通帳を確認しながら口座番号などを記入した。あとはアラームが鳴ったらボタンを押した。スマホをWi-Fiにつなげた。昼になったら給湯室でお湯を沸かして、カップ麺とおにぎりを食べた。あとはもうずっと本を読み続けた。途中からスマホの通知が面倒になって集中モードにして本を読み進めた。今日も一冊これ読めるんじゃないかなと思いながら過ごした。

そのまま一か月が経過すると会社からメールが来た。そのメールはまた夜中に来ていた。研修期間が終わりましたと書かれてあった。以降もよろしくお願いいたします。とも書いてあった。

そうして一か月半が経過した頃、初めてのお給料が銀行口座に振り込まれた。半ば半信半疑だった。これ、大丈夫かなって。これ本当に仕事なんだろうかって。そういうのが、不安があった。これが何かの間違いで、一銭も貰えなかったら今月どうやって生活したらいいんだろう。携帯代とか家賃とか。どうしたらいいんだろう。そう思っていた。不安だった。その不安が無くなった。給与が振り込まれていた。本当に。本当か。もう一度記帳した。何も記載する内容が無いです。というような事が画面に出た。本当に、確かに、間違いなく、給与は振り込まれていた。

三か月経った頃、『夜間勤務について』という内容のメールが来た。また夜中に来ていた。来月から夜勤での勤務が始まりますよろしくお願いします。この仕事に応募する時にそれは勤務内容に記載があったので、特に何とも思わなかった。あ、始まるんだ。位の感じ。またそれに伴ってなのか私の待機部屋が変わった。Ⅽ室からⅮ室に変わった。Ⅾ室の給湯室の中にはシャワーブースがあった。また、部屋の一角にシンプルなベッドが設置されてあった。敷布団も掛布団も枕もシーツも、全て新品みたいにパリッとしている。シミも汚れもないし、柄も無い。シンプルな。パイプベッド。それからⅮ室は床も壁も天井も給湯室もトイレも冷蔵庫も電子レンジもシャワーブースもシャワーヘッドもベッドも布団も枕もシーツも。すべてが黒かった。真っ黒かった。真っ黒になった。椅子の布地とか背もたれの所は白くなった。テーブルは変わらない。木目のまま。

Ⅾ室に移ったその日、テーブルに契約更新についての用紙が置かれていた。サインして印鑑を押した。

夜間勤務になってもやること自体は特に何も変わらない。私はkindleで本を読みながら、二時間に一回アラームが鳴るとボタンを押してアラームを止めた。この会社に来てから平均すると大体二日に一冊のペースで本が読めている。また早めに本を読み終った日は、ゾンプラとかネトフリとかHuluとかレミノとかディズニー+とかで映画を観た。海外ドラマを観る事もあった。dアニメストアでアニメを観ることもあった。noteの一年連続投稿バッヂが欲しい。どうしたら一年間毎日投稿できるだろうというような事を考えて、どうしたもんかと悩んだりもした。スマホで読めるのにAmazonでkindleタブレットなんかを買ってしまったりもした。

夜勤が始まって三か月経つと、今度は十二時間拘束勤務が始まった。それでも別にやることは変わらない。アラームが鳴ったらボタンを押してアラームを止める。その他の時間はkindleで本を読んだり、タブレットで映画を観たりドラマを観たり。家に帰ったら内さまとか旅猿を観ながらお酒を飲んで寝て起きて、シャワーを浴びて職場に行って。たまに週末にカラオケにヒトカラをしに行った。

九か月経った頃、新しいノートパソコンを購入した。steamのゲームができるようなやつを。それからあと家の中の整理を始めた。紙の本をネットオフで引き取ってもらったり捨てたりした。漫画も小説ももうkindleで読める。紙で買ってたものも全てkindleで買い揃えた。みなみけとかハチワンダイバーとか王様はロバとか。全部。CDやDVDの類も処分した。ゲームも。着なくなった服とかもまとめて捨てた。あと家庭用のプラネタリウムを買って、それをⅮ室で使ってみたりした。

一年経つとまた部屋が変わった。今度はE室。設備や色はⅮ室と同じ。でもE室は、部屋の真ん中に長方形の箱が置かれていた。棺桶みたいだな。そう思った。それでもやること自体は、変わらない。二時間に一回ボタンを押す。それ以外はkindleで本を読んで、タブレットで映画やドラマを観て、ノートパソコンでnoteの一年連続バッヂの為の事を考えて、たまにゲームをして、プラネタリウムを起動させて。家に帰ったら内さまとか旅猿とか太田上田とかを観ながらお酒を飲んで。週末はヒトカラに行ったり温泉に行ったりした。

一年と三か月が経過した頃、また部屋が変わり、今度はF室になった。F室の中央には十、長方形の箱が並んでいた。イスとテーブルがリラックスブースというソファと大きなモニターのあるものに変わり、それとは別の所にカラオケルームというブースが備わった。これは嬉しかった。シャワーブースが無くなってその代わりクリーンルームというものが付いた。そこに入ると体も服も綺麗になるというものらしく、試しに入ってみると鼻からミントの香りが入って来て頭がスーッとした。巨大な食糧庫が備わって中に食料品が詰め込まれていた。それらは全て洗剤などの詰め替え容器のような形に統一されており、そのままレンジに入れて一分ほど温めるとカレーだの、シチューだの、トムヤムクンだの、牛丼だの、うどんだの、パエリアだの、ジャンバラヤだのが食べれられた。冷麺や、アイスは温めずにそのまま食べればよかった。おいしかった。

部屋自体も大きくなった。体育館。バスケットコート三面分くらいの広さになった。だから毎日端から端までダッシュを二十回行う事にした。

勤務形態もまた少し変わった。丸々一日F室に詰めるという所から始まって、三日間、一週間、半月と徐々に期間が延びて行った。アラームの鳴る頻度が六時間に一回になった。最初それが心配だった。六時間に一回のアラームに気が付くだろうかと。しかしやってみると何の問題も無かった。映画を観てても。音楽を聴いていても。ゲームをしていても。カラオケで歌っていても。寝ていても。アラームが鳴ると気が付いた。ボタンを押せた。自分でも驚いた。お酒を飲んで寝ていてもアラームが鳴ると目を覚ました。そしてボタンが押せた。すげーな私と、我が事ながら驚いてしまった。

勤務を開始してから二年が経った頃、私を面接して採用してくれた二人がF室にやって来た。二人を見たのは面接の時以来だった。懐かしいなと思った。特に感動とかはしなかったけど。それから私は健康診断に連れていかれ、三日かけて全身をくまなく調べられ問題ないという診断をされ、その診断表を二人に提出した。
「ありがとう。これできっとうまくいきます」

二人は私の手を取って満面の笑みを浮かべた。

それからの一か月ほど、また最初の頃のような日勤帯の勤務に戻り、その間に私は部屋の整理をしたり、実家に連絡したり、有休を使って実家に帰省したり、姉にも連絡したり、姉の大学生になった子供が私の借りてる家、集合住宅の部屋に住むことになったり、色々と準備をしたり手続きをしたりした。

そして、今、私はもう宇宙船に乗っていて宇宙に居る。

私以外にも十名程の乗組員がいるが、皆コールドスリープ装置に入っている。起きているのは私一人だけ。

数年前から地球の気候変動とエネルギー源の枯渇が問題視されていた。それ故、技術者、研究者は宇宙に目を向けることになった。これまでの様な規模のものではなく、もっと。もっと遠く。移住計画。

宇宙船は地球から二兆キロ程離れたなんとかという惑星に向かっている。全てはオートメーションで運用されており私が何かする必要はない。ただ、コールドスリープの装置にはどうしても改善できない問題が一つあった。二十時間以上連続運転が出来なかった。それ以上無理にでも動かせば、機械が壊れるか、人間の脳みそが溶けてしまうのだという。その代わり、一定期間ごとに人為的に再起動を行う事で、この問題がクリアされるんだという。

それで、私がいる。

この第七次探査計画成功の為に。

なんとかという惑星までの二兆キロの間、十二時間に一度コールドスリープ装置の再起動のボタンを押すために私は採用された。アラームが鳴ったらボタンを押す。その為に。

そして何とかという惑星についてから今度は私がコールドスリープ装置に入るのだそうだ。他の乗組員が探索をしている間、私はコールドスリープする。実際どうなるかは知らない。されてもされなくても別にいい。どっちでも。そもそも実家を立て壊す費用を稼ぎたくて応募しただけだから。六百万を。

宇宙に行く前、面接をしてくれたあのスーツの二人が言ったことを思い出した。
「貴方以外にも採用した人は居たんですが、皆、一か月程で辞めましたね。長くても三か月でした。中には少しおかしくなった人もいました」
「へー、そうなんですか」
「人間はそんなに長い間、孤独には耐えられない様に出来てるんですよ」
「はあ」
「貴方はどうして大丈夫なんですか?」

さあ。わかりません。

そもそも私は宇宙とか移住とか別に興味ないですし。ホントにただ、六百万とあと、まあせっかくだから自分の葬儀費用に二百万くらい貰えたらそれでよかったんですし。

驚く事に地球に居た二年の間にそのほとんどが貯まった。

その時、辞めることも考えたけど、でも、さすがにそれでは申し訳ない気がして。

だから今、私はこうなっている。宇宙に居る。毎日本を読んで。映画を観て。ヒトカラして。ボタンを押して。別に苦じゃない。一人で気楽に過ごしている。

2024年3月9日公開

© 2024 小林TKG

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"監視員"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る