どうせ生きてたっていい事なんて一つも無いんだから適当なところで死んでおくのがいい:ディレクターズカット

小林TKG

小説

5,600文字

破滅派さんは、なろうとかと違ってサイコパスとか出しやすい土壌なのでいいです。

仕事に行く為の準備をしてる時でした。外で大きな音がしました。次いでわーとかキャーとか、そういう声が聞こえてきました。僕はどうしたんだろうと思って外に出ました。仕事に行くための準備を済ませて、家の鍵をかけて、鍵がかかってるかどうかの確認を、ドアノブを掴んでガチャガチャとして。それから、集合住宅の二階に住んでいるので階段を下りて通りに出ました。

もう大きな音はしませんでしたが、まだわーとかきゃーとかは聞こえてきていました。うあーとかあーとかそういうのも聞こえてきました。

見ると車が歩道に突っ込んでいました。車からは鼠色、灰色の煙が出ていました。ボンネットが凹んでだらしなく一部、一部分が開いて、中、鼠色、灰色の内部が少し見えていました。車が歩道に突っ込んで誰かの家の壁にぶつかっていました。その車と家の塀の間には女学生の格好をした人間が一人挟まっていました。長い髪が乱れてその表情はうかがえませんが、力なく、生気がない感じがしました。死んでいるのかもしれません。よく見るとその車の前輪の下にも女学生の格好をした人間が一人いました。こちらは髪が短かったので、表情がわかりました。映画やドラマに出てくる死んだ人みたいに目が上を向いて、口が開いていました。更にその車から少し離れた所にも女学生が二人いました。一人は手足が折れ曲がって、そこが裂けて血が出て、死んでいるみたいでしたが、もう一人は座り込んでいました。生きているみたいでした。その生きている女学生の前に男が立っていました。男は包丁を持っていました。男は包丁を振り回していました。体の前で大きく、何度もバッテンを書くみたいにその男は包丁を振り回していました。キチガイの様でした。そしてそのキチガイは生きているもう一人の女学生を殺そうとしているみたいでした。どうやら殺そうとしているみたいでした。そのキチガイはもう一人の女学生を殺そうとしているみたいでした。包丁で切るのか刺すのかわかりませんがとにかく殺そうとしているみたいでした。

僕は走りました。走りながら女学生に近づいていくキチガイに向かってカバンを投げていました。キチガイが驚いてこちらを振り向きました。それに体当たりしました。キチガイは倒れず、そのまま僕とキチガイは壁際に、誰かの家の塀にぶつかりました。キチガイと向かい合うような感じになっていました。僕は咄嗟にキチガイの事を抱きしめました。両肩を抑えるような感じで両手をキチガイの背中に回して、両方の掌を恋人つなぎみたいにしてぎゅっと握りしめました。

キチガイの顔が目の前にありました。キチガイはなんだお前とか、離せとか、殺すぞお前とか、殺してやるとか、そういう事を、取り留めのない事を唾を飛ばして大声で喚きました。僕はそのキチガイの、匂い、他人の匂い、知らない人の匂い、知らない人の家の匂い、臭い、あと口臭。唾の匂い。知らない他人の有しているそういう匂いが気持ち悪く感じました。あと口の中が見えました。キチガイの叫んでいる大声はあまり聞こえませんでした。どうしてなのかはわかりません。あと目も見ませんでした。知らない人の目です。人見知りを起こしてしまうかも知れません。

腹、腹部に痛みがありました。あとがしゅがしゅと音がしました。服の、着ている服の衣擦れの音なのかな。そう思いました。その時僕が着ていたのはゴワゴワした、もこもこした、ユニクロオンラインで500円クーポンを貰った時に買った上着で、ボンレスハムみたいな綿の入ってるやつで。しかし次いでだばだばだばと音がしてちょっと首を、首をひねって、でも手は離さないようにして、キチガイに抜け出されないように気を付けながら、首をひねって肩越しに下、地面を見ました。そこには黒っぽい液体がコンクリートの地面に垂れていました。流れていました。ちょっとした量。砂場で遊ぶ子供がクッキーの缶に汲んできた水くらいの量の、赤黒い液体。それが地面を汚していました。地面以外にも僕の足、靴にも、キチガイの履いてるマジックテープでとめるみたいな靴にも、壁にも、水風船が割れたみたいに散っていました。汚れていました。地面に落ちたものの一部はコンクリートの地面の傾斜に沿って流れていました。川の始まりみたいに。少しですが流れを作っていました。

キチガイが僕の腹に包丁を刺しているのでした。何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も。刺しては抜いて、刺しては抜いて。ぶすぶすと。死ね死ね死ねと。キチガイが僕の腹に包丁を刺しているのでした。この世に抱えた恨みを晴らさんとしているのか、あるいはただ知らない男に抱きつかれているのが不快だからなのか、その辺はわかりません。とにかく包丁を刺して抜いて、ぶすぶすぶすと刺すたびに、僕の腹部が裂けて、変な、手術のような西洋医学的な感じではなく、闇雲に。出鱈目に。裂けて、切れて、場所によっては千切れたりして、僕のお腹はハンバーグみたいに挽き肉になっていって、その一刺し一刺しの度に腹から血が噴き出しているのでした。それが地面に垂れて、落ちて、地面だの壁だの靴だのなんだのを汚らしく汚しているでした。

そのうち顔に、左肩越しに下を見ていたので、右耳、右耳に、いきなりぶん殴られたような衝撃が、痛みがあって、僕はそれで一瞬クラッとしました。キチガイの方を見るともう一度、今度は鼻に堪えがたいほどの痛みが、衝撃があって、ツーンとして涙が出てて鼻血も出ました。ただ両手がふさがっていたので、本当に鼻血かどうかの確認した訳ではありません。もしかしたら鼻水だったかもしれません。でも、とにかくそれで一瞬、寝そうに、気絶しそうになりました。それはキチガイが、僕に掴まれて身動きが、思った事が出来ないでいるキチガイが僕に頭突きをしているのでした。離せくそ野郎。糞、離せえ。ぶっ殺すぶっ殺すぞお。キチガイがそうやってまた唾を飛ばして叫んでいましたが、とにかくそれよりも僕は鼻の、鼻のあのツーンとした感じに参っていました。手なんてもう離そうかなと思えました。

男の肩越しに向こうを見ると女学生が、生きていた女学生がまだそこに居ました。なんでまだ居るんだと思いました。まだそこに居るのか。何やってんだ。お前。お前何やってんだ。と思いました。汗ばんでいる恋人つなぎをしている手を離さないように力を入れ直し、その女学生に顎で合図しました。向こう行けっていう感じの。クイッて。クイクイッて。映画やドラマであるみたいに。その顎にまたキチガイからの頭突きが来て、それがもうほんと死ぬほど痛くて。痺れるほどで、キーンとして、一瞬目の前が真っ白になって。僕は格ゲーでピヨってしまったみたいな感じになりました。もしかしたら頭の上に星なりなんなりが回っていたかも知れません。

もういやだ。こんなのもう本当にいやだ。死ぬ。死ぬかもしれない。そんな風に思った時、考えた時、ふと、まるで天啓の様に、僥倖の様に、奇跡に巡り合ったみたいに、その瞬間に立ち会えたみたいに、ある考えが去来して僕は、思いました。

死ぬんだ。ああ、死ぬんだな。ここで。死ぬ。

お腹はもう数えきれないほどキチガイに刺されています。何だったら腸なりなんなり、臓器なり、何かしらの臓物なりなんなりも出てその辺に転がっているのかもしれません。一部分か、それとも丸ごと、丸ごとってことは無いか。でも、とにかく腹を死ぬほど刺されている。何処で買ったんだろう。わからないけど。包丁で。キチガイに。挽き肉に、ハンバーグになるくらい刺されているんだろう。本格的なハンバーグ。ミル、ミンサーで作ったのじゃなくて、まな板で、包丁で、叩いて叩いて、アジのたたきを作るように作った挽き肉みたいに。

死ぬ。死ぬんだ。やった。気持ちが、頑張ろう。そう思えてきました。その気持ちが帰ってきました。恋人つなぎしている手に力が、活力が戻ってきました。

「へへへへへ、えっへへへへへ」

笑いました。僕は笑いました。笑けてきました。笑えて来ました。キチガイはそんな僕の事など見てもいないみたいに、ただひたすらに闇雲に頭突きを繰り返し、下の方ではなおも挽き肉を作ろうと、ざすざずざすと、包丁の出し入れ、僕の腹に包丁を出し入れしていました。僕の腹に包丁を出して仕舞って出して仕舞ってを繰り返していました。

僕は笑けて来ていました。

「へえへっへへへええ、えへへへへ」

やった。死ぬ。死ねる。死んだ。死んだもう。自殺じゃない。どうせ生きてたっていい事なんて一つも無いんだから適当なところで死んでおくのがいい。でも自殺は嫌だな。そう思っていました。ずっと。僕は。父が死んで母が死んで、それからずっとそう思っていました。どうせ生きてたっていい事なんて一つも無いんだから適当なところで死んでおくのがいい。でも自殺じゃない。これは自殺じゃない。自殺じゃなくて死ねる。死ぬ。

やった。やった。死ね。もう死ね。死ね。お前なんてもう。死ね。死んだ方がいい。死んだほうがマシだ。死ね。死ねばいいんだ。死ね。

そう思えば、腹部の痛みは遠のきます。遠のきました。そもそも、生きている事に比べてれば、それが何だというのか。この世に生きてる辛さに比べたら。その痛み。こんな痛み。もう死ぬのだとしたらそんな痛み。何だと言うのか。昔親知らずが上下左右四本あって、それが痛くて痛くて死にたい、もう死にたいと思った時に比べたら、これが何だというのか。もう死ぬのだとしたら、耳の痛みが、鼻の痛みが、顎の痛みが、それが何だと言うのか。

僕はキチガイに腹に包丁を十六連射されている事にも構わず、頭突きされている事にも構わず、そこで少し、少しだけ、ある歌の歌詞を諳んじました。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのエレクトリック・サーカスの、Bメロ、Bメロであってるのかな。俺達に~の所。そこを諳んじました。

次にキチガイが首を伸ばして頭突きを繰り出してきたタイミング。そのタイミングで僕はキチガイの首に噛みつきました。思いきり。これで死ぬんだから思いきり。もう死ぬんだから思いっきり。キチガイの首を食いちぎるつもりで思いっきり。僕はキチガイの首に噛みつきました。キチガイの声はもう聞こえませんでした。他の一切の音も聞こえませんでした。頭の中にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのエレクトリック・サーカスが流れ出しました。最初から。ああ、よかった。流れてくれるんだ。そう思いました。最初から最後まで。よかった。流してくれるんだ。ありがとう。ぞくぞくするあの始まり。最初、一人が弾き始めて、そこにもう一人が、あれはギターなのかな、ベースなのかな。僕は詳しくないからな。わからない。でも、そうやって始まる。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのエレクトリック・サーカス。そして歌が、歌い出す。

ああ、良かった。死ねて。死ねる。これで死ねる。ああ、よかった。キチガイの背中で恋人つなぎをしている手に力が、最後の、死ぬまえの最後の力を使えば。使えばいい。頑張れもうちょっとだ。キチガイの首に噛みついている顎にも。皮膚が破れて血が出てきた。でももっと。もっとだ。頑張って。噛みちぎろう。噛みちぎってやろう。噛みちぎっちゃえ。頑張れ。頑張ろう。死ぬんだから。もう死ぬんだからさ。

 

その後の事なんてどうでもいいのだけど、僕は死んだし、それで、それ以外がどうなったって別に僕はどうでもよかったんだけど、一応。

キチガイは僕に首の一部の肉を噛みちぎられて、欠損させられて、でも生きていたから警察に捕まって、牢屋に入れられて、そこで僕を訴えようとしたりしたらしい。傷害かなんかで。人権とかを訴えて。まあでも、そういうので、諸々で、騒いだりとか、態度も悪くて法廷では死刑判決が下ったらしいよ。やったね。女学生の集団に車で突っ込んだ理由も、横に並んでいて広がって歩いていて邪魔だったからというものだったそうだ。気持ちはわかる。でもそれで、他の諸々も含めて自己中心的で反省の態度も見えない。とか言われて死刑だって。まあ死ぬまで税金でご飯食べれていいよね。

一人だけ助かった女学生は、その日、他の三人が轢き殺されて自分もキチガイに包丁でどうにかされようとしていたその日、実は他の三人に言いくるめられて、援助交際、最近はそういういい方しないのかな。パパ活とかっていうのかな。とにかくそう言う所、事案に向かう所だったらしい。事件の後その事も週刊誌とかにバレちゃったりして、そんでなんかショックを受けたり、指導を受けたりしたみたい。それで、まあその流れなのか、なんなのか知らないけど、一年後に父親が誰かもわからない子供を妊娠した。孕まされてやがんの。それが、それでまた周りからやいのやいの言われて、彼女はお腹にいた三か月の子供もろともホームから電車に飛び込んで死んだ。迷惑だろうな。周りの人に。糞がって思われただろうな。実際糞。

そんな感じで僕は死んだし、女学生も結局死んだ。キチガイも死刑判決にはなったけど、でも結局キチガイが一番長く生きたんじゃない。大変だ。生きてるって。でも手記とか書いたらいいじゃん。そんで出したらいいよ。暇でしょどうせ。死ぬまでまだあるよ。超反省してます。マジで超反省してますとか書いたらいいよ。そんで自分の内面とか馬鹿みたいに書いたらいいよ。事件を起こした経緯とかさ。幼少期のトラウマとかさ。被害者面して書いたりしたらいいじゃん。それなりに売れるんじゃない。心にもない事書いてさ。Xでも盛り上がるよきっと。不買運動とかさ。焚書しましょうとか。話題になるかもしれない。そしたら最高じゃん。夢みたいじゃん。僕の事悪く書いてもいいからさ。頑張れ。ガンバ。

2023年12月31日公開

© 2023 小林TKG

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