シュリキノス

合評会2023年11月応募作品

小林TKG

小説

4,400文字

津原さんの話に関しては最初リード文に書くつもりだったのですが、書いているうちにテンションが、ションテンが上がってしまって、そんで本文にも入れてしまって。

成城石井のには20個数入っており、コストコのには45個数入ってる。シュリンプカクテル。

どちらも私が勤務している職場で作られている。地下にある作業場で作られている。

職場は地下にある。一階部分だけは地上になっているが、後は地下になっている。一階部分では出来上がった製品をトラックに積み込むなどの作業が行われる。製品を制作するための資材の荷下ろしも行われる。ビニールラップで巻かれたそれはフォークリフトで荷台から降ろされて業務用エレベーターまで搬送される。そして地下一階に運ばれる。地下一階はほぼ調理室がメインとなる。大きな調理室だ。その他に運び込まれた資材の保管庫や、地下従業員のロッカールーム、休憩室なども備わっている。地下作業員は出社するとまずこの地下一階に集まって、作業服に着替えて朝礼を行う。そして地下二階がシュリンプカクテルの制作現場となっている。地下一階から更に階段を下りると左右に通路が伸びている。その先に耐火倉庫のようなエアシャワー室がある。それを抜けると作業場所、右が成城石井の制作現場で、左がコストコの制作現場になる。

毎日、それぞれ三十名程の作業員が配置される。作業場の真ん中には溝が走っており、その溝を前にしてこちら側あちら側と市松模様みたいに並ぶ。作業者の前の溝にはフライヤーのような設備が埋まるようにして備わっている。その四角い空間を前に座って作業を行う。各作業者の左脇にステンレスワゴンが置かれている。ワゴンの棚は一段毎に取り外せる。あとビニール袋の束が引っかけられている。右脇にはボタンスイッチ台があり、四つのボタンが付いている。一つは注水ボタン。一つは排水ボタン。一つは振動ボタン。一つは緊急ボタン。緊急ボタンにはプラスチック製のカバーが取り付けられている。それから作業場に入ってすぐ右手の壁に食品用のエレベーターがついてる。

地下作業員はエアシャワーを抜け準備されている菜箸やトングを持つと、各々の作業場所に着席する。ステンレスワゴンの一段一段に小瓶が置かれている。その小瓶はそれぞれA薬、B薬、C薬という名称で呼ばれている。色味もそれぞれ異なり、A薬が赤、B薬が青、C薬が黄色となっている。それがワゴンの各段に、成城石井棟なら五本ずつ、コストコ棟なら十本ずつ置かれている。大きさは全部一緒。ただコストコ棟、成城石井棟で若干の違いがある。瓶の中に入っている薬は粉末になっており、その粉末、粒の大きさが異なる。成城石井棟に比べてコストコ棟の方は粒の方が大きい。瓶自体は全て紅茶一杯分の茶葉が入る小瓶と同じくらい。

作業に入る前にまず小瓶の数を確認する。間違いがないか、同じ本数あるか。ビニール袋の束も確認する。残り枚数に不足はないか。フライヤーの状態も調べる。網の取っ手が外れないか。網が破れていないか。溝の中に異物、汚れはないか。メモリの線が目視で見えるか。そして問題が無ければシュリンプカクテル制作作業が開始される。

最初に網を持ち上げ溝の中にA薬を入れる。それから注水ボタンを押す。するとその四角い溝、穴の中に海水が入り込んでくる。海水を溝のメモリの所まで入れてから網を下ろす。A薬の入った海水は赤くなる。そのまま一分ほど定着を待つ。A薬と海水の定着である。それからB薬を入れる。その後、菜箸、トングなどでかき混ぜる。ゆっくりと四、五回程度。すると赤かった海水の色が不思議な色味に変わる。深さ50センチくらいの溝の底、水の底が見えなくなる。全く見えなくなる。そして最後にC薬を入れる。それから振動ボタンを押す。すると四角い溝の中の液体が細かく振動を始める。C薬が混ざった事によってまた液体の色味が変わる。更に得体のしれない色に。溝自体が振動する構造になっている。成城石井棟とコストコ棟ではこの部分も若干異なる。成城石井棟の方は穏やかに振動し、コストコ棟は少し大きく揺れる。どちらの場合も水が跳ねたりするので注意する。振動は三分ほど続く。終わると自動で止まる。それからゆっくりと網を上げると、網の底面に海老の剥き身が、散らばるように発生している。網を上げ排水ボタンを押す。得体のしれない液体が排水される。その排水は道を挟んである排水処理場に直接流れる。そこでそのまま排水処理をされる。という噂があるが実際はどうなのか知らない。排水が無くなったら再び注水を行いまた排水する。これは洗浄工程になる。一度目の排水が終わるまでに海老を全てビニール袋に入れ、網も洗浄工程で海水に浸す。トングや菜箸も一緒に入れる。排水の時は必ず網、菜箸、トングは取り出しておく。以前入れたまま排水して菜箸が排水穴に詰まるという事故があった為だ。一回の行程が約十分。成城石井棟は一回で約25個数が発生し、コストコ棟は一回約50個数発生する。海老。シュリンプカクテル。剥き身の海老。一時間に五回転。ステンレスワゴンの棚一段分。

こうして一日八時間、地下作業員は海老を制作し続ける。一段毎に食品用エレベーターに乗せ上階の調理室に送る。調理室では海老を洗い、そして成城石井、コストコの容器に入れて行く。成城石井は容器にある半ドーナツ型に沿って並べ真ん中にチリソースを配置する。コストコはバラバラに入れてレモンの切り身を二つ、そして真ん中にチリソース。そうして蓋をして冷凍車、トラック乗せられて出荷される。成城石井のシュリンプカクテルはマルっとしていて凹凸の少ない形をしている。コストコのはそれに比べると大きく、多少凹凸があって荒々しい。これはそれぞれの作業棟の振動の強弱が原因で起こる変化である。あとコストコのは薬を二瓶ずつ使うし、粉のサイズが大きいからだそうだ。

詳しくは知らないが、海水の量に対して薬の量が決まっているらしい。こんな風にチマチマとではなく、もっと大量の海水を用いて大きな施設で一気に作ろうとした事もあったそうだが、その時に事故が起きて人が死んだとか、そういう噂がある。またこの薬の正体についてもある噂がある。星新一のショートショートの中に砂漠に置かれた宇宙人の卵型のカプセルの話がある。話の中ではその卵は結局まあ、アレになってしまったけど、実はそうじゃなかった。その卵は回収されており、その中に、宇宙船の設計図とか若返りの薬とか、あとその粉もあったんだとか。まあ、それこそ嘘だろう。

このようなシュリンプカクテル制作工場は全国に何個かあるらしい。これも噂。でもネットで調べても出てこない。SNSにも出てこない。社外に出たら職場の話はしてはいけないとは言われているが、それにしても一切何も出てこない。不思議に思うほどに何も。

職場の給与面はとてもよい。が、離職者もとても多い。繁忙期などは残業もあるが特に仕事が厳しいというわけでもない。一時間で五回転。シュリンプカクテルを作っていればいい。週休二日制の土日休み。残業したらその分もちゃんと出る。交通費も出る。作業着はいつも洗濯されたものが個々のロッカーに入っている。年に一回だけど少々の昇給もある。有給休暇の取得にも好意的だ。とても優れていると思う。繁忙期でも土日の出勤はない。地下一階の調理場と地下二階全体に洗浄滅菌が行われる為である。

しかし離職者が絶えず現在、地下作業員として勤続年数が一番長いのは私だという。それでも三年だ。

最寄りの浦和駅から職場までは、片道二時間かかる。でも特に何も感じない。読書や音楽、ストリーミング視聴しているとすぐだ。寧ろこういう生活になった為に、読書やドラマ、映画の試聴が以前に比べて出来るようになった。それが嬉しい。

他の人は割にすぐに辞めていく。誰とも親しい交流があったわけじゃないが、ある人は、ここの職場はなんか変だと言った。ある人は、もう海老が食べられないと言った。ある人は、あれでシュリンプカクテルが出来るなんて絶対におかしいと言った。ある人は水が怖いと言った。溝の中に満たされる水が怖い。夢に出てくると。

「あの中から手が出てくる」

ある人は足だった。人間とは違う何かの足。ある人は顔が浮かんでくると言った。ある人はばらばらになった何かが浮かんでくると言った。水の底から。あの中から。

ある人は、

「大きな海老の怪物が出る」

と言った。それがあの狭い溝の中から出てきて、その伸びた手で、手長海老だろうか。周りにいた人間を誰彼構わず刺し殺してしまって、そして最後には、

「僕の首を切断するんです」

私は作業を行っていて怖いと思ったことはないし、変な夢も見ない。生活水準が上がったと思ってる。他には読んでる本の続きとか、ドラマの続きとか、あと水カンのラオウの事とか。薬の入ってる瓶の事を紅茶一杯分の茶葉が入る大きさと言った。だから薬が水に溶ける時いつもポットの中で葉をジャンピングさせる紅茶の事を思い浮かべる。そしてそれと同じ事を水カンのラオウのピアノを聞いている時も思う。あの曲の中のピアノを聴いていると鍵盤の上で指が跳ねて演奏しているイメージが湧く。歌の邪魔はせずに盛り上げつつも、間奏等に入るとピアノが鍵盤の上を指が跳ねて回る。それがジャンピングを連想させる。そういう事しか考えていない。

仕事が終わって帰る途中に成城石井に寄る。浦和駅に成城石井がある。そこでシュリンプカクテルを買う。週末は新三郷のコストコに行く。シュリンプカクテルを買う。家に帰ってお酒を飲みながら食べる。

交通費が出ているので定期で行ける所も増えた。破滅派さんの現地合評会の時も定期で、最寄りじゃないけど近くまでは行けるし、東京文フリが開催される東京流通センターにも行ける。毎日楽しく暮らしている。

海老の怪物なんていない。が、津原泰水さんの幽明志怪シリーズの中にカルキノスという話がある。蟹の●●の話だ。だからそれにあやかって、私はそれを自分の脳内でだけシュリキノスと名付けて呼んでいる。

最近、読書の形態を紙媒体からkindleに移行させた。ですからAmazonさん津原泰水さんの幽明志怪シリーズをkindleで販売してくださいお願いします。

会社で行われる健康診断に行った。最後に医師との問診があり、

「若干猫背、いや、ストレートネックですね」

と言われた。ストレートネック。スマホ首。スマホを見すぎる事で起こる現代病。

「スマホすごい見ますか」

「はい。移動時間は見てます」

往復四時間、ずっとスマホを見てます。

「ちょっといいですか」

すると医師が私の横に立って、

「あー海老だ。海老みたいだ。もうストレートじゃない。え、もっと……海老みたい……」

と言った。問診票の職業欄には構内作業員としか書いてないのに。その時、職場の事を思った。辞めた人達が言っていた事を思い出した。怖い。海老の怪物。そういう事を連想した。あと幽明志怪シリーズに猫背の女があるのも思い出した。

2023年10月25日公開

© 2023 小林TKG

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3.3 (7件の評価)

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"シュリキノス"へのコメント 19

  • 投稿者 | 2023-11-20 21:55

    主人公が小林さんになっていくのがシュールでした。
    私もエビ工場で働きたいです。エビ好きなので。おいしい。でも働いたら嫌いになりそうな気もします。その前にエビになるのかもしれない……。

    • 投稿者 | 2023-11-24 17:04

      感想いただきましてありがとうございます。
      破滅派さんのロスジェネの本に書かせていただいた話で、なんか、なんとなく自分の話みたいな感じにしたら、それが結構なんか収まりまして。おさまったっていうか。「あ、こういう感じもあるかもなあ」っていうのがあったもんで。
      で、あれ書いた後にこの話を書いたんで、なんかまた使っちゃいましたねwww

      著者
  • 編集者 | 2023-11-22 12:10

    成城石井とコストコというチョイスが絶妙でした。前半から中盤にかけてほぼ工場の描写でやや冗長かとも思いましたが、ラックが一段一段取り外せるとか、そこにビニール袋の束が掛かっているとか、切り取り方が独特な上に一文一文は短く切られていて上手いなと思いました。それでも、やはり後半の水カン批評、医者の台詞が小林TKG文体だなと思いました。

    • 投稿者 | 2023-11-24 17:12

      感想いただきましてありがとうございます。
      工場の感じ、制作工程の感じみたいなのは、出来る限り入れました。可能な限りやりましたwww
      こいつなんでこんな事やってるの? 待ちでしたwww
      ありがとうございます。
      あと、ディレクターズカット版から落としたくなかったのはシートパントローリーの所。事ですね。
      Googleさんで調べてもらえればすぐ理由はわかると思います。メーカーめ……げふんげふん

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-23 22:41

    シュリンプカクテルの製造現場がやけに詳しく描かれているのでここでなんか起こるのかかななんて思っていたら、同じ調子で描かれシュリンプカクテルの製造過程が何かおかしくね? となって、ああこれの流れが小林さんなんだとなあと納得しました。面白かったです。

    • 投稿者 | 2023-11-24 17:19

      感想いただきましてありがとうございます。
      シュリンプカクテルおいしい。もっと食べたい。でもコストコも成城石井もそんなに頻繁に行けないし。貴族の行くところだし。高いしwww
      そんな感情から、この話が出来たと言っても過言ではありません。
      愛憎入り混じってこんな事にwww
      両社から訴えられるかもしれないと思いながら書いてましたwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-24 00:25

    シュリンプカクテルの製造工程が執拗に描かれているのが良いですね。実はこの前半パートが一番面白かったです。後半はちょっと知らないネタが多くてよくわかりませんでしたが、要約すると海老の怪物=ストレートネックということでよろしいでしょうか?

    • 投稿者 | 2023-11-24 17:25

      感想いただきましてありがとうございます。
      シュリンプカクテルの製造工程を出来る限り書きたい。出来る限り詳しく書きたい。出来る限り。なるべく仔細に書きたい。私の持ってる知見を可能な限り書き表したい。
      などと、得体のしれない感情に憑りつかれて書いてましたwww
      海老の怪物=ストレートネックに関しては、どうでしょう?
      いや、
      私も書いてて、え、そうなの? って思ってたんですよねwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-24 22:12

    これ読んだだけでエビ食べられなくなりそう。
    シュリンプカクテル製造現場の描写が絶妙です。TKGさんの短文リフレインがすごく効いてて、得体のしれなさ感倍増。楽しくやってるのに「エビそのもの」になるなんてそりゃないよ。怖い。

    • 投稿者 | 2023-11-25 14:04

      感想いただきましてありがとうございます。
      前回の合評会の大猫さんの話が、私の好きな漫画のエピソードみたいで、で、あれを見たら、私も書きたくなりましてwww
      私の好きな漫画のエピソードみたいな話www
      つまるところ、そういう事なんです。はい。
      しかしまあ、海老になったら大変でしょうねえwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-26 07:57

    あまりにも詳細な工場の描写に人生を感じました。あと医者にこんなに言われたらぼくだったら泣いちゃうかも。

    • 投稿者 | 2023-11-26 11:04

      感想いただきましてありがとうございます。
      工場の流れみたいなのは、シミュレーションしながら考えました。おふろ場で。手を動かしながら、こういうのがあって次こういうので。みたいなwww
      あと、私も泣いちゃうと思いますwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-26 16:29

    人公の「私」が出てくる前の描写がいささか多いような気がする(これも味だと思うけれど、まず、私とはなんなのか、を読者は初めに知りたい)のと、首の使い方が。「僕の首を切断するんです」の箇所とラストの「あー海老だ。海老みたいだ。もうストレートじゃない。え、もっと……海老みたい……」になっている。医師が「もうストレートじゃない」とか言わない気がするので、そこをうまくつなぎ合わせればいいのではないかと考えました。一個人の感想です。

    • 投稿者 | 2023-11-26 16:29

      〇主人公

    • 投稿者 | 2023-11-27 08:31

      感想いただきましてありがとうございます。
      今回はどうしても、工場の件が書きたくて。こうなっちゃいましたwww
      あと、ストレートじゃない。はまあ、言わないですよねえwww
      野球かよって話ですものねえwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-26 18:40

    ガチのお仕事小説かと思ったら微SFで良い流れでした。序盤の微妙な重ね合わせのクドさで、じわじわと地下施設に潜り込んでいく緩やかなスピード感が好ましく思いました。というか明らかに訴訟事案ですね。法廷の様子もまた後日にでも聞かせてください。

    • 投稿者 | 2023-11-27 08:33

      感想いただきましてありがとうございます。
      昔、こういうなんか、ありもしねえお仕事小説みたいの書いてたなあ。って思って、今回、書いちゃいましたwww
      訴訟は怖いですねwww
      でも、成城石井とコストコ行ってシュリンプカクテル買ったわけだし、見逃してほしいですけどねえwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-11-26 23:26

     シュリンプカクテルを作る施設や作業工程の様子に比重が置かれすぎていて、作品のバランスに違和感を覚えた。読者に提供すべきは状況説明ではなく物語だと思う。結末も驚かせてくれるのではと勝手に期待してしまった。

    • 投稿者 | 2023-11-27 08:35

      感想いただきましてありがとうございます。
      今回はどうしても、シュリンプカクテル制作の行程を書きたくて。はい。ありもしない制作の工程を書きたくて書きたくて。
      こうなっちゃいましたwww

      著者
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