トラフィック・ジャム

合評会2023年09月応募作品

波野發作

小説

4,000文字

セックスはジャムセッションらしい。ドライブレコーダーには、車内の様子を録画する仕様のものもあります。破滅派合評朝イチメイクラブの回参加作品。

なぜ渋滞するのか。数学的にはすでに明らかになっていて、端的に言うとアホが一定数を超えているからである。運転が下手な奴が走行路のうちを占める割合によって渋滞するかどうかが決まる。一定数がどうなっているかかは道路ごとに異なるので一概には言えないが、この道路に関して言えば、0.65という数値になっている。単位はfd/km。fuckin’ Driver per kilometre。この走行路の多くがクレバーで気の利いた運転者だった場合、渋滞は起こらない。車自体が少なくても起こらないが、アホドライバーが多ければ、少ない台数でも渋滞になり得る。運転免許は毎年試験を行って更新制にして、年を経るほどに合格点数を高めていくべきなのだ。そうすればプリウスがミサイルとなり歩行者を駆逐するような不幸な事象は発生しない。ペーパードライバーなる職種クラスが存在するが、完璧なペーパードライバーはむしろ歓迎である。全く運転しないのだから、渋滞の原因になろうはずがないし、交通事故の要因にもならない。なまじ貫けない半端者が、交通の規律を乱し、他者の生命を脅かしているのである。また、自称「俺運転上手いマン」も厄介である。これはエンジン音で容易に判別ができる。音の大小ではない。運転を理解している人間であれば、エンジンを音から逆算して、今彼が何をしたか手に取るようにわかるのであるから、今の空ぶかしが威嚇などではなく、単に未熟な足さばきに依るものであり、それはひとえに彼の者の運転経験または鍛錬の欠落に起因するのであるから、同情と軽蔑をもって迎えるべきである。そして、彼の者らは自分の発する音によって、すべてが見抜かれていることを自覚するべきなのだ。その上でなおも運転をしたいと欲するのであれば、我々運転社会はそれを快く迎えるだろう。しかし、多くの場合において、彼らはそうは思わない。自分の運転手法が正しいと信じて疑わないのであるから、その罪は死をもって償え。つまり死ね。レクサスが腐るわ。ボケが。

「課長」

だいたいレクサスなんか選ぶ時点でお里が知れるというか、センスねえよなと思うわけ。昔、初代アルファード買ったって自慢げにしていたのが、それ以来アルファードって呼ばれるようになったわけだけど、それが蔑称だって気づく前に退職していったな。お前以外は全員知ってたけどな。あいつはアホで運転もクソだったけど、奥さんは無駄に美人だった。性格は悪そうだから羨ましくなんかないけど、実家が太いとかで暮らしは裕福そのもので、子供らは私立に行ったし、まあ勝ち組といってもいい感じではあるな。クルマのセンスは残念だけど、それは人生の勝ち負けには関係がない。

「清水課長?」

やはり、男は黙ってホンダなわけよ。最近のは大人しくてあまりエキサイトはしないけど、昔乗ってたシビックはちょっと踏んだらパーンと高回転域に跳ねて、いい感じに加速Gが得られたわけだよ。ダウンヒルでR32を食ったこともあるんだから、VTECは伊達じゃない。またあんなクルマに乗りたいな。2ドアじゃなくていい。なんなら4ドアでしっかり作り込んだ方がいいな。1トン切ってくれたらうれしいが、今どきの安全基準ではそれは難しいだろうから、まあ、なるべく軽い感じにしてもらうってことでいいんじゃないかな。リアスポイラーはいらないぞ。あんなのダウンフォースが出るわけないし、無駄に重くなってるだけだからな。くだらない。あとオシャレグリルガードもアホな文化だったな。歩行者ぶっ殺すだけってバレたんでどの会社もつけなくなったけど、ひどいときはセダンベースの5ドアにもついてるときがあったな。日本の道路はそんなに鹿が出たりしねえっての。ほんとダサいな、そういう無駄装備は。ダッシュボードのフェイクファーと同じぐらい寒い。

「たかぽん」

「ちょ、その呼び方を社用車でするのはよせ」

「だって返事してくれないんだもん」

「返事? あ、ごめんちょっと考え事をしてた」

助手席の女がスネた素振りで、俺の膝を指で突いてきた。運転の邪魔なのでそっと握って、彼女の膝に戻した。その帰りにシフトレバーを軽く握る。AT車のシフトレバーを握り続ける意味はないのだが、こうしていると、彼女が手の乗せてくるからちょっとクセになっている。そして実際に今も手を乗せてきた。掌を返して指を絡めて巻き込む。彼女も指をエロティックに絡め返してきて、ついさっきの朝イチの情事が想起されたが、勃起すると運転パフォーマンスが低下するので、タコ社長の髭面を思い出して鎮める努力をした。

「ねえ、渋滞ヤバくない?」

「ちょっと、な」

女の指摘通り、この先の交差点における予定の通過時間よりも大幅に遅れている。まだ朝礼までに十分な時間はあるが、現状の移動曲線を描き続けると、会社に到着するのは、営業課員諸君が営業車で出かけるタイミングにバッティングする。そのうちの一人は自分の割当の営業車がなく、途方にくれるだろう。なぜならそいつが乗るはずの営業車は今俺が乗っていて、隣に総務の女が乗っているからだ。我々の関係は社内にもお互いの家庭にも秘匿しているわけなので、状況はあまりよろしくない。朝イチで会議資料を作るからと日の出頃に家を出てきているわけだが、実際にはドキュメントではなく、ラブをメイクしてしまったのだ。未明に目が覚めてトイレに向かったところ、何年ぶりかに屹立しており、思わずLINEで彼女に知らせてしまったところ、すぐに来いとのお達しであったため、たまたま出張帰りで社用車で帰宅していたこともあり、すぐさまクルマを出してピックアップし、いつものホテルで朝食代わりに頂いて(召し上がって頂いて)、ハッスルしすぎたこともあって爆睡したところギリギリ目覚めて慌てて身支度を整えて、ダッシュで出口のベロベロを跳ね上げて会社に向かったのである。いろいろ計画が狂ったわけだが、そもそもあまり緻密に組み込んだわけでもないので、行き当たりばったりであるから、致し方ない。セックス自体は非常にいい感じだったので、この女も艶めかしく指を絡めてくるわけだが、なんならこのまま有給取っちゃおうかな? とも思ったが、少なくともこの営業車は朝イチで返さないとならないし、朝礼は確か俺が職場の倫理を読み上げる当番だったと思うので、いなかったらタコ社長はもちろんヅラ専務やら、幹部諸君に覚えが悪いことになるだろう。あと経理部は締め日なので、絶対休めない。なので、この渋滞はなんとかクリアする必要があるが、刻一刻と状況は悪化しているわけで、そろそろなんらかの対抗策を練っていく必要がある。

「動かないね」

「そうだな。どうしたもんか」

「戻る?」

一瞬、どこへ? と思ったが、おそらくホテル・ティファニーに戻るかって話だろう。後先を考えなければベストチョイスではあるが、まあ明日以降に人生が一気にハードモードに切り替わるのは、あまり気が進まない。彼女の方はモラハラDV亭主と別れて少しマシな人生になるかもしれないが、うちはちょっとセックスレスってこと以外には別段不満はないのだ。この状況からの破綻だと慰謝料は300万コース。養育費も相当毟り取られるだろうから、その後の生活は一変する。クルマも手放すことになろう。この女とのセックスは、あくまで安定した人生のスパイスとしては上等ではあるが、足場と引き換えにする程の価値は感じていない。ちょと旦那のグチを聞きながら、同情したフリをして、風俗代を節約できるぐらいが、俺の身の丈には合っている。考えているうちに、いよいよまずい時間帯になってきた。クルマはゆるやかに前進しているが、その速度は低下の一途を辿っていて、遠からずゼロを割り込むと思われる。左手をハンドルに戻すと、彼女は俺の俺に手を伸ばしてきた。さっきからエロい手付きで指を揉まれていたせいで、半勃起状態だったが、それが勘違いを生んだようだ。

「まだ元気じゃん」

「疲れているからだろ」

「そういうもん?」

「疲れマラって言ってね。疲れているときはなぜかちょっと硬くなっていることが多い」

「へえ」

彼女は俺の膝に頭を乗せてきた。ズボンの上から甘咬みをしてくるので、半勃起どころか完全状態に育ってしまう。これでは運転しにくい。渋滞しててよかったが、ここで事故ったら、いろいろ本当に大変なので、やめさせようかと思ったが、それは思っただけで、俺は快楽に負け、彼女のしたいようにさせることにした。それは俺のしてほしいことと一致している。隣にダンプカーがいるので、助手席に誰かいたらこの痴態が見えているとは思うが、ちょっと見られて逆に興奮度が増してしまった。そうしているうちに、ジッパーを降ろされて俺自信は30分ぶりに外気に当てられるに至ったが、すぐに暗所に収められた。体制が悪いせいか、普段のテクニシャンぶりはまったく影を潜め、まるで素人の乙女のようなぎこちない動きで、俺は刺激を受けた。普段ならこのあたりでテイクダウンとなるところだが、さっきしたばっかりなのと、微妙にホットスポットを外されているのも相まって、俺史上最高の長持ちモードになっていた。
「んきそう?」

「え?」
女はペニスを口から出してちゃんと発音した。
「イきそう?」
「いや、まだだと思う」
「クビがいたくなっちゃった」
無理もない。彼女は姿勢を戻して、シートベルトを締め直した。
「今夜続きしようよ」
「いいね。またティファニー?」
「ポイント溜まったから1回無料だよ」
俺たちはハイタッチをした。

渋滞はほどなく解消され、定時より前に会社に到着し、誰にも俺たちの関係を知られることなく、別々に朝礼に合流し、そのまま通常業務が始まった。
夕方、専務に呼ばれて小会議室に行くと、経理女が半泣きで座っていた。
プロジェクターにはオレたちの朝のドライブレコーダーの映像が映し出されていた。

2023年9月18日公開

© 2023 波野發作

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"トラフィック・ジャム"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2023-09-19 16:33

    fd/km。fuckin’ Driver per kilometreっていうのでもう心を鷲掴みにされましたよねえー。あと帰りにシフトレバーを軽く握るって言うのがもう既に卑猥でした。すいません。シフトレバーには申し訳ないんですが。シフトレバー悪くないんですけども。もう雰囲気が。イキフンがもう。

  • 投稿者 | 2023-09-23 20:44

    モノローグは渋滞というシチュエーションによく合っていると思いました。「ドライブレコーダーってそんな仕様のものがあるのか!」という衝撃は『悪の教典』のラストのAEDのくだりを読んで思ったものと同質。

  • 投稿者 | 2023-09-23 20:45

    撮影範囲の広い高性能のドラレコだったのね。
    危ないアバンチュールのお話はありがちですが、語り口が面白過ぎて読み進めずにはおれません。特に前半のfd/kmってところ。
    女とはエッチ方面では相性バッチリだけど損得勘定が違うところもまた良いですね。女は経理だからつぶしがききますけど、たかぽんは再就職できるかな?

  • 投稿者 | 2023-09-25 18:32

    このまま終わると思いきや車内ドラレコ付き営業車だったんですね。笑いました。免許を取って最初に乗った車がシビックでした。車重900kg前後で軽快に走ったなあ。

  • 投稿者 | 2023-09-25 19:00

    波野さんの「他人を馬鹿にしてる語り手が実は馬鹿」みたいな感じで移行していくこの感じ! いつも見事ですね!
    ハッピーエンド(?)かと思いきやしっかりオチもあり……。

    私は完璧安全なペーパードライバーなので運転シーンを具体的に書きすぎるとボロが出そうだとおそるおそる自分の作品を書いたのですが、運転慣れしてそうな方の語り口で運転の格の差を感じました。

  • 投稿者 | 2023-09-25 19:33

     饒舌な語り口、読みやすいが咀嚼しづらく感じた。
     こういう文体は短時間で楽に書けるが小説の修業にはならないと私は思っている。
     渋滞という設定がなくても成立する話では?
     オチはイケてる。

  • 編集者 | 2023-09-25 21:39

    オチは人間の業だ。
    がんばれ!人生は逆噴射!応援するぜ!

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