Seven Last Words from the Coffin

合評会2023年05月応募作品

波野發作

小説

4,000文字

列島を恐怖のどん底に陥れたテロ集団・クーロン導場会。警察の捜索の手が教祖に迫る。まるで棺桶のような小部屋に立てこもった教祖の最後の七つの言葉とはなんだったのか。その真相が今明らかにされようとしているかもしれない。破滅派合評「信じていない宗教に奉仕している聖職者が逃げ場のない深刻な事態に直面する話」参加作品。本作品は完全にフィクションです。実在の人物・団体・宗教には全く関係ありません。

神も仏もいなんていないことはわかっている。でも、いることにしておくと何かと都合がよかった。俺の言葉を俺自身が信じている必要などない。あいつらがそう信じれば、それでいいのだ。神でも仏でもなんでもいいんだ。あいつらは自分のやること、やったことを正当化できる言い訳が欲しかっただけだ。それをくれてやれば喜んで尻尾を振って、俺の言うことを聞く。そうして勝手に仲間を増やして連れてくる。そいつらにも同じことを言ってやれば、それでいい。イージーイージー。ソーイージー。これは教団の合言葉だったが、元はと言えば職人だった親父の口癖だった。

「親父、あいつらは何もなにもわかっちゃいないんだ。自分で何をしているかもわかっちゃいない」

いかん。いつの間にか声に出ていたようだ。くぐもって耳が詰まるように聞こえる。そして、ここが狭いことに気付かされる。遠くでサイレンの音が聞こえる。ドラマのパトカーとはだいぶ違う。リアルなパトカーはファンファン言わないのだと誰かが言っていた。教団の女だ。元ソープ嬢のいい女だったが、病気持ちだった。そいつが死んでから伝染うつされたことに気づいたので、困った。それで治療した泌尿器科のあいつを幹部に取り立てることになったんだったな。とりあえずこの小部屋にいれば、まず見つからんと思う。いわゆる間取りトリックだからと泌尿器科が言ってた。あいつミステリマニアだからな。しかし赤坂であいつが刺されたのは誤算だった。病気の秘密は守られたが、教団の秘密は守れなくなってしまった。ああ、あのソープ嬢また抱きてえなあ。あの名器。

「まさに楽園、天国だもののなあ。一緒ならよかった」

おっとと、また、つい声に。気がつけばサイレンの音が聞こえなくなっていた。通り過ぎたのでなければ、ここの前にずらっと停まっているのだろう。やれやれ。あとどのぐらいここに隠れていればいいのやら。いやどうせ一緒に詰められるなら、元AVの巨乳ちゃんの方がいいな。あいつとの赤ちゃんプレイはたまらん。

「見て見てーボク赤ちゃんですなんて言うと、うふふほらごらん坊や、お母さんですよって」

巨乳を吸わせてくれるんだ。母乳は出ないけどな。あー狭いのに勃起しちゃうとまた狭くなるな。抜きてえなー。たまらんよなー。ここにも連れてくればよかったけど、あいつ一緒だと居所がバレちゃうし、ここに長時間隠れるのは無理だからやっぱダメだな。それにしてもなー。

「エロいよなー。めっちゃエロエロだよな。英梨って名前もエロいよな。芸名は鯖谷麗舞さばたにれまだったか」

おっとー。俺また声出していたな。そろそろ警察がうろうろしているよな。黙ってないと危ないか。気をつけよう。俺は都内の本部にいることになっていたから、この郡郷田こおりごうだ村の丘の教団施設はさすがに手入れが入らないとタカを括っていたが、絶対誰か裏切ってゲロったに違いない。与田か? あいつか? 裏切り者め。俺が生き延びればいくらでも教団は復活できると言ってるのにあいつだけ信じてないからな。ていうかあいつなんなん。全然人の話聞いてないじゃん。ちょっとしゃべるとあああそうですねそうそうって自分でぺらぺら喋りだして、わかったように全部先に言いやがって。あいつ絶対信用できない。他の幹部もみんな思ってるよね。どうせ任意で引っ張られたとき全部ゲロってんだよ。てか、あいつ何も知らされてねえから痛くも痒くもないんだけど、この施設のことはさすがに知ってるからな。絶対あいつだわ。与田な。一〇〇パー裏切ったね。間違いないね。しかし暑いなここ。しまったなあ。パトカー来るって言われたから慌てて潜り込んだけど、食い物と飲み物は必須じゃね? せめて飲み物はないとマジでキツイんじゃ。

「喉乾いたわー」

コンコンとハッチをノックするのがいる。やべえ聞こえちゃったか。開けると、そこにいた下っ端がどうしましたか、と聞くので喉が乾いたと伝えるとこれしかなくてすみませんと言ってなんか渡してきた。とりあえず手探りでキャップを開けてこぼれないように口に寄せて飲む。あ、酸っぺえ。このスポドリ酸っぱいからヤダつってんのに。お前警察帰ったら処刑な。とはいえ喉は癒えたからこれでもう少しは立てこもれそうだ。相殺で生かしておいてやろう。遠くで信者が大声を出している。警官隊が入るのに抗議しているっぽいな。俺はまた壁の穴蔵のハッチを閉じた。こうしていれば壁の柄に紛れてわからないはずだ。いや、なにかおかしい。胸がムカムカする。なんとなく身体がダルい気がする。なんだこれ。あ、痛つつ。下腹部がギューってなってきた。これまずいじゃん。出る? 出しちゃう? ここで? 無理だろ。マジ無理。あああああ。ダメだ。耐えろ。耐えるんだ。あ、ああ、あああ、あー山を、山を越えた。ふう。なんとかなったか。あとどのぐらいここにいるんかな。ドリンク酸っぱかったのは傷んでたから? あいつマジ死刑。パーって! アポァー!! クソが! 声出せねえけど! 許さんぞ。あ、まずい、また来た。怒るとだめか。冷静に。冷静に。れ、いせいに、な、れない、なれる? なれそう? 慣れて来た? OK。耐えた。俺は耐えた。あ、ダメだ。出ちゃう。ううう無理無理無理。あっ。っと少しガスだけ出た。たぶん実は出てない。けど、あ、くっさい。めっちゃ臭い。明らかにあの感じの屁だな。間違いないな。この狭いところでキツイな。うー。うーわ。よし、ガス抜きしたらお腹の痛みが少しマシになった。いける。これは大丈夫だ。屁で乗り切ったぞ。よしいける。イージーイージー。ソーイージー。匂いもどっかから抜けたか、慣れたかわからんけど臭わなくなった。乗り切った。俺は危機を乗り切った。完璧だ。ドカドカと階段を登っていく足音が聞こえる。この小部屋の真ん前をドカドカ歩くのは警官隊に違いない。信者はこんな足音で歩かない。神聖なこの施設でそんな振る舞いは許さない。そんなヤツは即刻パーだ。パーにしてやるし、パーにしてきた。だからみんな静かに歩く。それができないってことはもう間違いなく信者ではない。警察どもだ。何人もがドカドカと歩き回っているのが聞こえる。ここは階段の踊り場にあるので、上から来たのと下から来たのが話すのが聞こえる。上司を探していたり、捜索済みの部屋を報告したり、いろいろだ。話を聞くにつけ、まだ俺の居場所は明らかになっていないことがわかる。そしてだんだんこの施設にはいないのではないか、という意見が増えてくる。だがしかし、どうしてもタレコミの情報を捨てられないらしく、捜索は継続されるのだった。やっぱ与田じゃねえかなあ。ゲロったの。幹部でこの部屋知らんのあいつだけじゃん? 他の幹部は死んだのも生きてるのもみんなこの部屋知ってるのに、与田だけ知らんじゃん。警察も知らんじゃん。つまりそういうことじゃん。カンニングの法則てやつじゃん。元泌尿器科が言ってたわ。あいつめっちゃいいやつだったのに誰が殺したん? 絶対おかしいんだよ。あの感じだとあのままごまかし切れそうだったのに、元泌尿器科がテレビの前で殺されたから、めっちゃ怪しい感じになっちゃったじゃん。そのままどんどん捜査されていよいよって感じになったじゃん。刺したやつどこの信者? 他教団? かもしれんなあ。それか警察の差し金とか? いやいやいそこまでやらんよな。与田? 与田にはメリットがないしなあ。あいつは口が軽いだけで、ここを潰そうとかは思ってなさそうだしな。じゃあ誰なんだよ。わっかんねえなあ。メリットか。メリットあるのは誰だろうかなあ。まあ強いて言えば俺か? 性病の秘密を知ってるのはあいつだけだったわけだし、死んでくれてちょっとホッとしたのは確かだが。あー俺? 俺が真犯人なん? いや待て。少なくとも俺はそのとき大宮支部でテレビで見てたんだから赤坂にはいなかったぞ。見てないことにはなっているが、はっきり生中継で刺されるシーンを見た。なんだったんだあいつマジで。あ、沢加組か? 俺たちクーロン導場会と敵対しているのが、インディライン・ムー教団。通称イム教。そのバックには沢加組がいるってのは聞いている。うちのバックは家雀会。宗教対立に見せかけて、実のところヤクザのシマの奪い合いってのがこの対立の正体だからな。沢加は業界最大手のトータルサイエンス会(トーサイ)と手を組んだって情報もある。うちが目障りになってサツに手を回して今回の騒動を演出したとなれば、わからない話ではない。要は俺たちはすっかりハメられたってことだ。女にハメて喜んでいるうちに、ひどいことになっちまったもんだ。やれやれ。真相がわかればなんてことはない。俺はもう詰んでいる。こうなったらとにかくこの局面を乗り切って、あとは高飛びしてラオスの山奥あたりの支部で寿命まで隠遁生活だ。俺様ガールズも連れて行こう。さ、て、あとはこれを乗り切れるかどうか。そして、また来たな、乗りたくないビッグウェーブが。そして一気にクライマックス。吶喊。あっダメだ。そして開放。棺桶のような狭い小部屋の中に、ブリブリ音と高濃度のインドールとスカトールの複合臭が充満した。

「やっちまった」

絶望が俺の体内を満たすのと同期して、外で足音が止まる。何か臭わないか、という声がする。そういえば、などと会話している。クンクンと鼻を鳴らす音も聞こえる。どんどん足音が集まってくる。ガタガタと壁のハッチは開かれた。刑事が大声で、嬉しそうに、確保! 確保!と騒いでいる。はい、もうどうにでもしてください。俺は観念した。

「刑事さん、もうあとはお任せします」

脇を抱えられて立たされたとき、ズボンのすそから洗いざらい全部流れ出るのがわかった。それらは大勢の警官に土足で踏み荒らされて、周囲に悪臭を撒き散らしたが、テレビには匂いを伝える機能がないので、世間にはバレずに済むだろう、とは思った。

 

2023年5月14日公開

© 2023 波野發作

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3.4 (11件の評価)

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"Seven Last Words from the Coffin"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2023-05-17 23:25

    やだよこんな七つの言葉! 物理的に逃げ場のない状況というお題そのままのバカ正直な応答が笑える。「全く関係ありません」と言いつつ、隠れ方とか、生中継中の暗殺とかでいちいち現実のカルト教団を彷彿とさせるのも波野さんらしい。元ソープ嬢の名前など小ネタも平常運転。

  • 投稿者 | 2023-05-18 02:29

    モデルになった教祖が誰か容易にわかりますが、追手が迫る絶体絶命の状況、狭い場所に身を潜めての一人称での意識の流れの叙述、この設定なら自分を追い詰めた世間への呪詛、回想、悔恨、言わないでいた秘密などなど色々と出てきて重厚な作品になりそうなのに、書かれたのは単に脱糞の過程、しかも下痢のそれとは参りました。ラストで主人公が引きずり出されたとき一緒に悪臭がモワッと漂ってくるような。これはひどい(誉めてます)。

  • 投稿者 | 2023-05-18 19:45

    涙なしには読めませんでした。テレビに匂いが伝わる機能がなくて本当に良かった。教祖様の願いは、この世のすべてと引き換えにしても便所に行かせてくれ、だったと思います。
    そして、どういうわけか下痢の切迫時には、次から次へと細切れの言葉、それも全然脈絡の無い言葉たちが脳みその中を飛び回るんですよね。その感じがすごくよく出ていてこっちまで腹が痛くなりました。
    便意が差し迫った時、一番苦しいのは立ったまま動けないこと。満員電車でこれが来た時の恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあります。でも座れるとかなりの確率で治まります。肛門に蓋をした状態になるからですね。横になってもわりと楽になるのです。それも仰向けではなく、横向きになって体を縮めるとかなり我慢できます。いよいよとなったら拳で肛門に蓋をすれば噴出はしません。
    私が側近であれば事前にこの旨お伝えして、教祖様をとことんお守りしたのに。気の利かない連中です。ポア。

  • 投稿者 | 2023-05-19 15:04

    「テレビには匂いを伝える機能がない」確かにそうですが、テレビの映像でう○こを見たときに視聴者の脳内で補完される匂いってどう考えれば良いんでしょうね。映画の4DXもあくまで疑似体験だし、じゃあ本物の感覚って何かと考えたときにあくまで他人の経験に自分の似たような経験を投影した結果なのじゃないかと。だから小説で○んこを描写した時に読者が感じるうん○の匂いに対しては書き手は大きな責任を負っているんだなと身が引き締まる思いです。

  • 投稿者 | 2023-05-20 13:26

    第六サティアンに隠れていた麻原もこんな状況だったのでしょう。ダーキニーを連れて海外に逃げてえなあと思っていたに違いありません。脱糞ですべてを観念してしまう教祖によく教祖出来てんなって思いました笑

  • 編集者 | 2023-05-20 22:57

    お下劣満載ながらも清々しいお話でした。ソープ嬢の描写がやけに細かくて良かったです。

  • 投稿者 | 2023-05-21 08:29

    「あいつなんなん」だけめっちゃ関西弁やんって思いました。お下劣な面白さでした。明るく破滅してますね。
    お腹壊した時にトイレがないのとか、中身がでたかもしれないと思った時の絶望感がリアルでそこだけは共感しました。

  • 投稿者 | 2023-05-21 12:36

    隅から隅まで純粋すぎるスカトロっぷりでした。最後までたっぷり下品!

  • 投稿者 | 2023-05-21 15:32

    この当時、私は本籍地に住んでいた頭の悪い子供だったんですけども、この話のモデルになった、多分、まあおそらく、あの方のせいで、当時軒並みテレビがそれの緊急特番みたいになって、少ない娯楽であったバラエティもポケモンも見れなくて、当時とても憎しみました。憎しみましたねえ。当時の憎しみを思い出しましたwww

  • 編集者 | 2023-05-21 18:16

    空中浮遊するためには体重を減らす必要があるんだから仕方ないじゃないか。拘置所の中でも修行のため、あえてぶりぶり。感動的な話でした。

  • 投稿者 | 2023-05-21 19:01

     視点を固定して時系列に従い短時間の出来事としてまとめており読みやすい。
     カルト教団の教祖にしては饒舌でノリが軽いのは狙ってのことだと思うが、個人的にはシリアスな描き方をしたものも読みたいと思った。その方がブラックな笑いを増幅できたかと。

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