スポーン

合評会2023年07月応募作品

波野發作

小説

4,000文字

佛理学が広まった世界。人體学もまた人類の希望を担う学問として世界を改革していた。学僧滿鎭は信念をもって排泄物の改良に努め、ついにその成果を知らしめる日を迎えるのだった。発表の舞台で何が起こったのか。目撃せよ。クライマックスシーンはウルトラセブンのアイスラッガー射出を逆再生するシーンを思い浮かべてお楽しみください。破滅派合評unkoを我慢する人々の回参加作品。

滿鎭まんちん狒曚梯ひもて派の学僧である。滿鎭はいつも思っていた。人間とは、なんと卑しく見すぼらしく汚らしく不ケツで忌むべき存在であるか。そして自らもその人間の一員であることに嫌悪感を募らせていた。科学が赦すのならいますぐにでもこの身をすべて機械式に交換して清ケツな存在となりたかった。広告に記される抗菌だの脱臭だのといった言葉に羨望の眼差しを向け、自分の身體からだは申し訳程度にアルコール綿でこまめに拭うしかないことを忌々しく思うのだ。肉體にくたいはあまりに薄汚い。そして皮膚はまだいいとして、内面の汚泥については本当に度し難く思っていた。夕餉に蟹を開いて蟹味噌の如きおぞましい物体を眺めるに、あのようなものが自らの體内たいないにも満ちているかと思うと鳥肌を禁じ得なかった。滿鎭は夕食で蟹に遭遇すると決まって食欲を失い、早々に食堂を立ち去る。周囲の人々は、滿鎭の姿が見えなくなるやいなや彼の残した蟹を奪い合い、貪り食う。

滿鎭は僧としての修行を重ねる傍ら、人體学じんたいがくにも取り組んでいた。医学とバイオ工学、栄養学など人間に関わる学問を統合したものである。滿鎭は消化器系の論文を多数出しており、この分野で一目置かれていた。今はサプリメントの改良による、快便の究極化を目指していた。永久脱毛で無毛化した頭部を手入れしながら、届いたばかりの薬剤を見ていた。薬は三つの製薬会社にそれぞれ依頼して完成させた。臨床試験は行っていない。今から自分の身體を捧げて理論を実践するのである。

一ツ目は飲む薬である。赤で透明の粒である。外観的にはビビッドな大粒のイクラというところだろうか。五粒を手のひらに取り、専用の飲料で飲み干した。これを数日続けることで、腸内環境は劇的に改善され、消化不良率はほぼゼロになる。これで食べ滓は大腸に送られなくなり、代わりに清らかなゼリーが送り出される。

二ツ目は膏薬である。下腹部に塗り込むことで腹腔内に作用し、大腸の働きを改善する。大腸は腸液の分泌を辞め、水分の吸収に専念できるようになる。第一薬剤が食物滓を完全にゼリー化することで、大腸に必要な役割が変わったのだ。この軟膏の開発は随分かかった。理論上は正しくても、大腸にその効能を当てるのが難しかったのである。軟膏として塗布することで、長時間作用し続けることが実現し、大腸はDNAレベルで改変して機能を変化させることができた。医学だけではどうにもならなかったものを、人體学の発達がこの膏薬を現実のものにしてみせたわけである。

そして最も重要な薬剤が、三ツ目の座薬である。製造も困難を極めたが、投薬もまた相当に難易度が高い。座薬であるがゆえに菊門から御仕込むことで直腸壁で直に溶解して染み込み、DNAレベルでの人體改造を行い、理想の排便システムを構築する。問題なのは座薬の形状と量である。ANLP-ALLエーエヌエルピーオールと呼ばれるこの薬剤は、ピンポン球より少し小ぶりの大型錠剤が七ツ連なっており、串団子のような状態のまま一気にまっすぐ挿入する。常人にこのような薬剤の受け容れは不可能なので、滿鎭はこの半年、秘密裏に下半身の強化を行っていた。成人玩具店に相談し、徐々に径を増しつつ、昼夜を問わない訓練にてついには相当径の物品を菊門から挿入することができるように成長した。副産物として新たな世界へ飛び出したというのはあるがそれはデメリットではなくむしろ僥倖であった。

さて、この三種の新薬をすべて処方どおりに使用したが、今のところ目立った体調不良はない。手応えとして、滿鎭は自らの消化器系の変容を感じていた。以前から拭えなかった下腹部の不快感が、昨日あたりから感じられなくなり、むしろ清涼感を伴う爽快感に満ちていた。清潔かつ美麗な腸内環境が構築されていることが実感できているのである。

菊門から装填した串団子は、腸壁をパーフェクトな新規排泄物処理装置に変容させていることだろう。錠剤により飲食物は全て美しい発光ゼリーになり、大腸で膏薬の効果で水分調整が行われ、直腸で完全な球体に加工される。滿鎭自らはその無味無臭無毒な美しい球体をポトリと産み落とせば、それで排泄が完了する。ああ、なんと美しい世界だろう。この新排泄物であれば、何も便所の如き集中収集施設に赴いて、大腸菌あふれる空間に逗まる必要はない。誰でもどこでも、下着の脇から産み落として転がしておけばいいのだ。見た目も美しい球体が世界に溢れていく。この惑星は輝くピンクパールで満ちていくのである。

そうだ。この新排泄物に何か名前をつけよう。旧排泄物は実に汚らしい名前がついていた。名が先か実が先かはわからないがとにかく汚い。それほどまでに忌避する存在を日々下腹部から放出し続けることに、先人は誰も疑問をもたなかったのか。滿鎭は愛する母が、自分のおむつを交換するときだけ、美しい顔の眉間に皺を寄せていたことを覚えていた。満面の笑みで愛情を注いでくれた母親が、大便に関しては怨嗟に満ちた顔をしていたのだ。母はほどなく乳児の滿鎭をおいて何処かへ去っていった。滿鎭は、母にどのような事情があったのかわからないが、原因は大便の存在にあると確信していた。これから誕生する新排泄物がもっと早く実用化していれば、母はいまでも滿鎭の傍らにいて、笑顔で新排泄物を手で弄んでいたに違いないのだ。一刻も早くこの人体実験を成功させ、世界に新排泄物を広めなければならない。介護のシーンでも負担は相当軽くなるだろう。寝たきり老人も小玉をつまんで捨てれば清潔が保たれる。こんな素晴らしい世界があっただろうか。いやない。滿鎭は結果に満足していた。

かつて花の都と謳われたパリスですら、産業革命前は路上に家庭から放り出される糞尿で溢れかえっており、そのためにハイヒールが発達したと聞く。人類の清潔の歴史は糞処理との戦いである。滿鎭は、人類の最大の発明は尻洗浄機付き多機能便座だと考えている。あの素晴らしい発明品は、人類の下半身の清潔性を一気に向上し、糞から人の肛門を少しでも遠ざける役目を果たした。しかし、今日からは違う。この三種の薬剤による便の革命が、さらなる清潔な肛門を実現するのだ。これがあればもう事前の浣腸は不要であり、いつでも誰でも常時スタンバイ可能となるのは自明であった。それは副産物とはいえ、人類にとっては大きな一歩であった。さらに任意に肛門付近を潤滑させる機能性挿入物も開発が進んでいる。滿鎭はこれについても後日人體実験を申し出るつもりでいた。実に楽しみである。

滿鎭は、新排泄物の命名を考えていた。すでに候補は絞られており、午後の記者会見で発表する予定である。

あと一歩決め手があれば、絞りきれるとは思っているのだが、ギリギリまで決定せずに、発表の場で最終決定することも視野には入れていた。できるだけ旧排泄物のイメージを引きずらない名称にしたいという願いはあった。しかし、別物過ぎたのでは社会に混乱を招いてしまう。美麗でありながら、実用性もあるという名称というものはなかなか決められるものではないのだと、滿鎭は痛感していた。そしてもうひとつ懸念があるとしたら、現時点でまだ、新排泄物を直接目視していなかったのである。予定であれば昨夜にはコロリと生まれて、実際に理論通りの新排泄が実現したと証明するはずなのだが、それはまだできていなかった。手応えはあるのだが、やはり潤滑性が低いためか、なかなか下までは滑り降りてくれないようだ。記者会見まで二時間ほど。滿鎭は多少のリスクを負ってでも万全の演出を実現するために、トラディショナルなピンクの小粒を二錠服用した。これでちょうどいいタイミングで、コロリと出てくれると思う。

命名について思案しているうちに、会場スタッフから呼び出しがかかった。会場には全国から集まった僧兵五万人と、世界中のマスコミ二〇〇〇人が集ケツしている。まさにケッ起集会である。僧兵らはまた議ケツ権もある。私の知りシリ得る限りではここでのケッ定事項は政府も覆せない。あなる﹅﹅ほど。明日掘るアスホール穴は今日掘れとはよく言ったものである。阿南須アヌス田地方の諺だったか。

司会者が前置きを話している。空調が少し低いのとピンク錠の効果で、下腹部に疼痛が入ってきた。第一波は、ゆるやかに立ち去った。滿鎭は表情も変えず、軽く下腹部をさするだけで済ませた。周囲には気取られていない。第二波はすぐに来た。思わず声に出すほどの激痛が腸壁に熱源を発生させる。股関節が緊迫し、膝の矢傷ふるきずが痛む。歩行に支障がないか気になるが、腹筋も側部に激しい緊張があり、姿勢の維持が困難になってくる。呼吸を止めて一秒、滿鎭は真剣な眼差しで司会者を見た。彼女はそれに応えて軽く頷くと、語調を切り替えて登壇者の紹介をはじめた。滿鎭は少し待ってほしいというアイコンタクトをしたのだが、それはまったく届いていなかった。第二波がどうにか通り過ぎたこともあり、仕方なく重い足を引きずりながら、講堂の壇上へを歩を進めた。中央に立ったところで、急激に第三波が襲来した。もはや耐えられない。

壇上に上がると一礼もせずに滿鎭は、一言述べた。

「諸君。今日は世界最後の日であり、同時に世界最初の日である。まずはこれを見てくれ」

法衣を捲り上げると、顕になった股間をひっくり返して臀部を聴衆に向ける。憤!と気合一發、滿鎭の菊門から数日熟成の一般排泄物が飛び出し、壇上から見事な放物線を描きながら三列目中央に鎮座する大僧正運開の剃り上げたスキンヘッドに、アイスラッガーのように乗った。滿鎭は会場に尻を向けたまま、手元のマイクに向かって

「これが新時代の排泄である! スポーンと命名した」

と言ったが、会場は阿鼻叫喚に包まれており、それを聞くものは一人もいなかった。

これはもう三年前の出来事であるが、その後滿鎭の姿を見たものはいない。

スポーンの実用化についてはみなさんもご存知のとおりである。

2023年7月10日公開

© 2023 波野發作

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"スポーン"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2023-07-29 12:50

    「ANLP-ALL」はまんまアナルパールで笑ってしまいました。アナルパールって芸術性の高い創造物ですよね。縄文時代の遺跡から石棒といっしょに出土してもおかしくない。数千年後の未来人が発見したら祭祀に使われたた重要文化財とすることでしょう。明らかに男性器に見える石棒が縄文時代に日時計に使われていたよ説明した九州国立博物館の女性学芸員に思わず突っ込みを入れたことを思い出しました。

  • 投稿者 | 2023-07-29 13:26

    これよこれ!こんなのが読みたかったの!
    と、奇しくも沢雉さんのと感想がダブってしまいましたが、内容は波野節全開で電車で笑いが止まらなくなり難儀しました。もうね、名前だのルビだのがいちいち笑わせにかかってくるし。
    ケツ作度では今回トップかな。惜しむらくは人生賭けて挑んだ美麗な排泄物製造がなぜ失敗したのかの解明がなされなかったこと。枚数が足りなすぎます。
    アイスラッガーをネタとして楽しめる世代が破滅派にどのくらいいるのかも気になります。合評会で確認しましょう。

  • 投稿者 | 2023-07-29 15:51

    新技術(新概念)発表プレゼン会場での下痢脱糞、大真面目で馬鹿だけど何処か憎めない主人公、4000字ジャストなど波野さんとのシンクロ率100%で大変嬉しゅうございました。
    ウルトラセブンのアイスラッガーってあれ髷なん? って思って調べたら、どうやら西洋の甲冑がモチーフっぽいですね。

  • 投稿者 | 2023-07-29 16:00

    まさかの2作品連続肛門大公開大放水!
    「すみません、ルビで遊ぶのやめてもらっていいですか?」と私の頭の中のひろゆきが言ってます。ルビ遊びめっちゃ面白かったです。
    すごくそれらしいことを言うの本当上手いですね。幼少期のトラウマとか。褒めてます。
    美しいうんこを作る活動、やる人いそうですけどいないもんですね。

  • 投稿者 | 2023-07-30 00:15

    まず『スポーン』というタイトルから醸し出されるそこはかとない可笑しみ、近代文学風のややもったいぶった文体、なぜ我々は皆うんちのような臭く汚いものと直面することを強制されているのだろうという実存哲学的テーマ、すべてが絶妙でした。ところどころ筆が走りすぎてるように感じる箇所もありましたが素晴らしい作品だと思います。
    「トラディショナルなピンクの小粒」は危険ですね。僕も便秘で悩んでいたとき家にあったあれを服用してみたのですが、自然なお通じをはるかに越えて一日下痢。すごい破壊力です。

  • 投稿者 | 2023-07-31 15:29

    熟成っていいらしいですよね。旨味が増すらしいですよね。魚でも肉でも、数日熟成させるといいらしいですよね。だから数日熟成された一般排泄物もいいんでしょうね。きっと。

  • 投稿者 | 2023-07-31 17:58

     パラレルワールドの世界?で開発された、排泄物をきれいにする薬物の効能がいざ発表されるというときに、タイミングを調節するために服用した下剤のせいで……という、マッドサイエンティストが最後にドツボにハマるパターンの話。普通に現実世界の物語として描いた方が読者にとっても読みやすい作品になったのではないか。

  • 編集者 | 2023-07-31 19:31

    ウンコのイメージと裏腹に、繊細かつ緻密に組まれたクリーンうんこ。大猫さんが大喜び。どんなものも昇華していくのが人間です。
    ps 俺も最近してないですね。

  • 投稿者 | 2023-07-31 19:43

    美しいうんこ……! 美しさには緻密さが必要なのですね

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