星の名は

破滅派19号「サミット」応募作品

波野發作

小説

9,291文字

20XX年。地球は保護観察期間を終えて、いよいよ一人前の惑星として汎銀河商業協同組合《オルガニゼイション》への正式加盟をする段階に移行した。準備として全星から有識者をニューヨークに集めて惑星サミットを開催したが、公式な惑星名を決めるところで会議は紛糾。オルガニゼイションから派遣されてきた長い名前の教導官は踊るだけの会議に辟易し、気分転換にお忍びの外出をするのだった。

私の名前はヴォイド。ジエイム・ス・ヴォイド。エージェントだ。今この惑星では疫病が蔓延しているため、マスクで隠しているが、その下には触手状のあごひげがある。この惑星の住民は性別が二つしかなく、その片方の多くは、私のようにあごひげを長く伸ばしていて、親近感がある。あごひげを伸ばしていない性別の方にもまれにあごひげを伸ばしているものもいて、親近感がある。しかし、あごひげを伸ばすかどうかは地域性があるらしく、今回訪れている地域はあごひげを伸ばしている原住民は少ない。たまにいてもそんなに長くはしていない。そして触手になっている者はほぼいない。中にはいるのかもしれないが、マスクで隠れていてわからない。

今回のミッションは、オルガニゼイションから派遣された教導官の補佐と護衛である。すごく長い名前の教導官はすごく長い名前なのでここでの記述は避けるが、本当に長い名前なので、聞くだけ無駄だ。圧縮形式でも長い。補佐と言っても、教導官はワンマンでなんでもこなすので、私の出番などない。護衛と言っても教導官は私より強くたくましいので私の出番などない。故に暇である。ただついて回るだけでよかったのだが、今日は教導官が単独行動で現地調査に赴きたいと言い出し、本部からも承諾が出た結果、私はお役御免となり、ただついて回るだけの職務すらなくなった。こんな未開惑星に一人で放り出されてもやることなんかないぞ、どうするんだ。

未開とはいえ、多少の文化を持ち、独自言語を持ち、未発達ながら科学技術もある。オルガニゼイションの調査隊には一応知的生命体と認定されているが、私にしてみればこいつらはほぼ原始人である。極めて脆弱であり、生殖能力も低い。単体では現住生物のランキングで下位に甘んじている。基本的に各惑星で頂点に立つような種族は、単体のパワーが強い。素手でも多種族を寄せ付けない戦闘力を持ち、強靭な肉体と高い知性、そして堅牢な免疫性能を兼ね備えた存在が、惑星のリーダーとなっているのが銀河の常識である。だがしかし、この惑星においてはその常識はいまいち通用しておらず、この非力で阿呆で脆弱な生物は、類まれなる好戦性と集団性で、この星の最上位種としてのさばっているのだ。私見だが、通常ルールで代表が決まるならこの星ではポーラベアが最強と思われる。地球人の存在は惑星生物学的には相当面白い事例らしく、二千年前に恒星間探査船バビカルマギに発見されてから特別保護惑星としてオルガニゼイションによる保全と管理が実施されてきた。そうしてこの百年ぐらいでついにこの惑星の住民も、自力で重力圏を脱して惑星外に飛び出せるように成長するに至り、いよいよオルガニゼイションも、新人組合員として迎え入れる段階に来たと判断、教導官の派遣と相成ったわけである。ただ、事態は少々複雑で、まずこの惑星にはまだ統一政府が成立していない。過去三度ほど全惑星を統一しかけた政府があったが、いずれも軍事政権であり、武力制圧でのみ統一を図ろうとしたせいで失敗に終わっている。そもそもここには統一言語がないので、混乱に拍車をかけている。なぜ統一言語が普及しなかったのか、ということについては調査中であり諸説あるのだが、バビカルマギがここに来る前に、いくつかの非公式な探査船(ぶっちゃけ海賊)がここを訪れており、当時の現地政府が恒星間連絡船を独自に建造しようとしているのを見て、植民地として売却できなくなる(先に独力でオルガニゼイションにコンタクトを取った惑星は植民惑星とは認められず、固有惑星圏として認知されるため売買市場には出品できない)のを恐れ、方言拡散装置バルバルボーンを打ち込み統一言語を破壊したものと思われる。バビカルマギが惑星を発見した頃にはもうバルバルボーンは耐用年数を遥かに超えて機能を停止し(もちろん保証もなく修理も無理)、すっかり風化したあとだったが、メーカーの想定した効果を遥かに超えて作用し、この惑星の言語を極めて多様にしていた。この妨害工作は今でもこの惑星に統一言語が普及せず、統一政府がないことの原因となっている。近年は人口比で三、四種類の言語に統一が図られてるようではあるが、それでもまだ発展途上である。統一政府に関しては、惑星上で同一言語を使用する人々と地域で勝手にミンゾクというくくりを作っていがみ合っているため、遅々として成立していないが、弱いながらも各小国家同士で連携し、話し合いの場を設けている。オルガニゼイションとしては、時期尚早という意見も少なくないながらも、その連携組織をこの惑星の統一政府と見做して、正式に自立惑星として認定することになったのである。

自立惑星として認定されば、これまでの保護惑星としての加護はなくなり、自由に惑星間で商売ができるようになる。つまり情報や物資の流通が行えるようになる。それが新公開惑星ともなれば、全銀河から観光客(辺境マニア)が押し寄せてきて、相当なインバウンド収入が見込めるわけだ。だがそれも最初の数年だけのこと。マニアが飽きてブームが終わったあと、この惑星はどうなるのか。科学も未発達で、水以外の資源も乏しく、目立った産業もない。独自で外宇宙に出かける恒星間連絡船も持っていない。仮に植民地にならなくとも、最貧惑星まっしぐらである。唯一たっぷりある塩水を輸出してしまうと、あっという間に干からびて、本当の意味での死の惑星になるだろう。実際、銀河にはそのようにして虫食いになって滅んだ文明がいくつもある。そのように銀河イナゴ(商人)が大挙して押し寄せないようにオルガニゼイションは保護惑星として、この星を護ってきた。本部としてはなんらかの算段があって今回の決定を下したと思われるが、この惑星にそんな地力があるのだろうか。必ず秘密があるはずだ。金の匂いのしないところに汎銀河商業協同組合オルガニゼイションは来ない。必ずなにか儲かるネタがあるに違いないのだ。私は一介のエージェントではあるが、それでも組合員である。銀河商人の端くれとしては、この惑星に秘められた儲かりポイントをガッチリサンデーモーニングして帰りたいものである。そうしてやはり教導官の単独行動は絶対にあやしい。私の商人の本能がビンビンに金の匂いを感じている。教導官といえば、オルガニゼイションでも相当地位の高い役職である。未公開惑星に派遣されるとなれば、オリオン腕でも屈指の大商人であるわけで、なんのメリットもなくこんな田舎までのこのこやってきたりはしない。必ず高度なそろばんを弾いて来ているはずなのだ。私は決して教導官の邪魔や横取りをしたくて尾行しているわけではない。むしろうっかり私が障害になったりしないように、教導官が何を望んでおられるのか知っておく必要があるというだけなのだ。

教導官が連日現地統一政府(仮)との会議(NY惑星サミット)に出掛けているこの街は、この惑星でも最大級の都市である。といっても銀河的には田舎町の目抜き通り程度ではあるが、それはまだ宇宙港がないからであり、宇宙港に隣接する都市となればこの惑星系の首都としてふさわしい規模に成長するだろう。もっとも宇宙港が置かれる計画があるのはこの大陸ではないので、ここはずっとのこんな感じのままだと思う。教導官は私を置いて黄色いタクシーに乗り込んで行った。私は徒歩でそれを追いかけて、郊外の空港にたどり着いた。航空機で移動するらしい。宇宙船を使わずにわざわざ原住民の製造した危険な乗り物に乗る理由はなんなのだ。そんなにお忍びなのであれば……それはもう尾行するしかないではないか。必ず突き止めてやる。数百人乗りの原始的な航空機は轟音をかき鳴らしながら強引に揚力で浮かび上がると、意味もなく上空へと舞い上がり(上空まで行くエネルギーコストをどう考えているのか。どうせ降りるのに)、十数時間ほぼ定速で飛んだ後にまた地上に降りた。降りた飛行場は飛び立った飛行場と全く言語体系の異なる地域のようであるが、私のサングラスには自動翻訳装置があるので問題ない。この星の言語が不統一なのは、銀河汎用技術(通称ギャラテック)を用いれば容易に解決できる。そういう意味では開国は急いだほうがいいが、いまこのまま開放したらここは銀河でも有数の最貧国となるだろうから、軽々にはできない。なるべく格差のない開国をしなければ、それは不幸を量産するだけであり、国民性によっては危険なテロリストを銀河中に拡散することにもなりかねない。そしてここの住民の性質は若干難があることが知られている。この惑星の住民は極めて好戦的なのだ。数千年も絶え間なく内戦を繰り返しているのも、その類まれなる好戦性によるものであることは専門家の分析を待つまでもない。そしてその好戦性は、この星ならではの幼児教育の特異性に起因する。ここに来てから余暇でこの星の情報網についていろいろと調査をしてきたのだが、たとえば今日飛んで来たこの島では休日の早朝から幼児向けの戦闘レクチャー番組が立て続けに放送されている。集団戦闘の極意をわかりやすく例示して教えてくれるレッスン番組や、単独戦闘や権謀術数のさまざまなケーススタディをレクチャーする番組、二つある性別のうち戦闘に不向きな方でも集団戦闘に駆り出される番組など、ひたすら戦闘シミュレーションができる番組編成が実施されているのだ。連続絵画で見せるものも多いが、実際に模擬戦闘を行って見せてくれる番組も多い。これは驚異的なことであり、エージェントとしては脅威である。話し合う前にまず戦う、という特異なドクトリンを幼少期から性別を問わず叩き込まれるのである。興味が湧いたのでいろいろ調査してみたが、とにかくなんらかの戦闘や諍いを題材にした番組や作品がものすごく多い。こんな文化圏は他にはないのでないかと思う。オルガニゼイションがここを保護惑星としたのは、この惑星の住民の保護が目的なのではなく、この惑星の好戦性が全銀河に蔓延することを恐れたのではないかとさえ思う。

教導官は、空港を出て一本レール式の乗り物で移動をはじめた。私はできるだけ目立たないように無彩暗色の標準服を着ているが、他の住民が無分別に色彩に富んだ服装をしてるせいで、逆に目立ってしまうようだ。教導官の死角になるように気をつけながら尾行を続けることにする。この乗り物に乗るということは、おそらくこのあと二本レール式の乗り物に乗り換えてこの惑星で最も異星人移住者の多い街「ヴェニスン」に向かうのだろう。文化の視察か、個人的な興味か、それはわからないが、とにかくそこに向かっているものと思う。倉庫街のようなところの駅に止まった。視界の隅で捉えている教導官が、不意に消えた。私は慌てて隣の車両をのぞくが、教導官の姿がない。馬鹿な! と思ったらプラットホーム側に姿が見えたので間一髪車外に飛び出して、私も駅舎側に出た。危うくはぐれるところであった。油断は禁物である。しかし、こんな倉庫街に何の用が? そういえば今日はこの地域は一般的に休日のはずだが、ずいぶん人気が多い。なにかまつりでもあるのだろうか。人の流れに乗っかるように、教導官は進んでいく。コーヒー店やよろず屋が並ぶコートを通り抜け、倉庫の中に入っていく。曲がりくねった通路の先には階段があり、上に上がると入場待機列があった。現地語で「尻尾はここ」と書いてあるプラカードがある。どうやらそこが列の最後であるようだ。なんとなく流れでそこに並んでみたが、教導官が見当たらない。しまった!

「おい」

「はい」

「なぜお前がここにいる?」

振り返ると目の前に教導官がいた。まずい。

「あ、いえ。なんの行列かなと思ってつい」蟻型惑星人としては行列があると本能に抗えない。

「アンティアンの習性か。まあ仕方ないことだな。だがしかしお前がこの島国のこの倉庫街にいることの説明にはなってない。私をつけてきたな? はいかイエスで答えろ」

「イエスですイエスイエス」私は観念した。懲戒処分を受けても仕方がない。

「誰の差し金だ?」

「あ、いえ、単なる興味です。といいますか、本能?」

「本能だと?」

「あーはい。教導官どのがコソコソ出かけるので、なんか儲け話でもあるのかなと……」

「なるほどな。まあいい。せっかく来たのだから荷物持ちでもやってもらうとしよう」

「いいのですか?」

教導官はやれやれのポーズで私の質問に答えた。

「帰れと言っても、こっそりまた見張るだけだろう?」ご明察です。

「……ところで、これはなんの行列なんでしょう。匂いがだいぶキツくて」

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2023年5月3日公開

© 2023 波野發作

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