夜道、薄暗い外灯の下にねこじゃらしが群生している。まだ青いねこじゃらしが。
空には、半月を過ぎた月と西に傾いた夏の星座が浮かんでいる。残暑厳しい日中を疑うほどに、夜の風は十二分に秋の匂いを含んでいた。
虫たちが一斉に鳴いては、やめ、鳴いては、やめ、と忙しなく繰り返す。風が吹くたび穂先が下がり、もたげる、それぞれの動きが大きなうねりとなり、風の軌跡を描いていく。だがその光景も虫の合唱も見る者、聞く者どちらもいない。
ピィピィと音がなる。信号が変わったのだろうか。さらに遠くからは、車、トラックの走る音がかすかに聞こえる。だが、この通りにはどちらもない。
また風が、ねこじゃらしをなでた。
ねこじゃらしが揺れる、揺れる。ささら、ささらと風を招く。人を招く。こちら、こちらと揺れる、揺れる。幾千もの手がこちら、こちらと、ささら、ささらと招く、招く。
小さな白点が二つ近づいてくる。車のライトが近づいてくると、その外灯の四、五メートル手前で停まった。運転席側のドアが開き、男が降りてくる。他に乗っ ている者はいないようだ。男は車の後ろに回ると、周りを見回してトランクを開ける。トランクからは髪の長い女が、男に抱きかかえられ現れる。すらっとした 体型にも関わらず、重そうに抱える男。エノコログサを踏み分けて男は草むらを行く。幾千の手を掻き分け、その中程あたりで女を捨て置いた。投げ置くときの 着地が悪かったらしく、首は思わぬほうに向いた。体はうつ伏している。それにも関わらず、視線は真っ直ぐ男に注がれる。
男は始終無言のまま、女に背を向け車に向かった。そして手招きを退け、車に向かう。女はなおも男を見つめたまま。
外灯の下で、小さな黒猫が男を見ていた。
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