ことり

渡海 小波津

小説

931文字

オノマトペの実験作。音が表現する空間について。

穏やかな昼下がり、とある一室で女が鏡台の前に座っております。
壁が三方を覆い、出入り口は障子戸から縁側に続くのみの小さな一室。そこには、古い鏡台が置かれておりますが、それも布が役目を妨げているのです。その他に背後に時計、左手には装飾品が置かれております。このような部屋で女は何をしているかというと、ただ鏡台の前に座り、右手にある障子戸を開けてやはりただ座っているのでございます。――私は、何故そのようなことになったのかは存じません。ですが、それが必然のように感じずにはいられなかったとだけ述べておきましょう。

障子戸の先には夏前の空が広がり、薄い雲は延々白く遠くまでのびています。小さな庭には、目立った物は見当たらず、すぐ先に隣家を拒むための石塀が引いてあります。塀の向こうでは、隣人がいつものように生活をしているのでしょう。そもそも隣人の生活がどのようなものなのか一度も知る機会すらなかったのですが、今も別段気にするものでもないので、やはりそこには小さな庭と塀があるだけでございます。

それにしても、外はこうも天気がよろしいにもかかわらず、女のいる部屋は日が入らぬばかりか、何か得体の知れないものでもいるのではないかと言わんばかりの湿気を溜め込んでおります。湿気といっても梅雨時のじめっとしたというのではなく、肌に空気がべったり張り付くような感覚とでも言いましょう。それが、脛、腕、首まで伝わってくるのでございます。

そんな部屋で、女はただ鏡台の前に座っているのです。右の障子戸は何も言わず、背後の壁掛け時計が唯一の音をこっ、こっ、と刻む。左には、――女の左手側の壁上方には、異彩を放つ物が置かれております。飾られているというほうが的確なのでしょうが、このときの私にとっては置いてあったと表現したほうが正しいのでございます。それは一振りの刀でございます。

それが模造刀でないことを感じますと、手を薙いで見事な一線を描きます。ひゅっとことり。黒髪は背を流れ腰元に。はたと気付けば、残されていたのは私とそれと胴だけにございました。

穏やかな午後、障子戸の風鈴がちりりと鳴り、私は汗で髪や衣服が張り付くのを全身に感じたのでございます。

胴のみが変わらず鏡台の前に座っておりました。

2012年5月15日公開

© 2012 渡海 小波津

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