ベイビー、ベイビー、愛してるって言って

幾野温

小説

3,858文字

巨根の王子と、巨大なだるま落としと、私。「愛する」とは? そして巨根の定義を私はまだ、知らない

指定された駐車場は、隣接するグラウンドの敷地を借りたところで、会場まで徒歩五分ある。めんどくさいけどしょーがないけど、広大な芝生は鮮やかな緑で目にとても優しい。それだけでナチュラル派のわたしはテンションが上がるーるるるーっとスキップしてたら足下に、ずさーーっと赤く大きな円柱の輪切りみたいなものが飛んできた。拾い上げると、フカフカでクッションがきいていた。側面には白文字で「褒められたい」って書いてある。

褒められたい……? と思っているとまたまたずさーーっと今度は黄色く大きな輪切りの円柱みたいなものが飛んできた。ビニール素材の表面はつやつやしている。赤いのを置いて、黄色いのを抱き上げると側面に「癒やされたい」と書いてあって、ほえ? と時代遅れの疑問顔して首を傾げたらまたずさーっと今度は緑のやつが飛んできた。黄色を置いて緑を取ってみるとそこには「愛されたい」と書いてある。

わたしはその場で三つを積み上げることにした。

 

上から順に「褒められたい」「癒やされたい」「愛されたい」の文字が並ぶ。
すると「おーい!」という声が聞こえる。見ると芝生のグラウンドの真ん中で、帽子をかぶった男の人が手を振っていた。彼の体は全裸なのかそういう色の服を着ているのか、薄いベージュ色だ。その人は大きなハンマーを持って居て傍らには彼の身長と同じくらいの高さのダルマ落としがあった。ボディはカラフルで、わたしの所に飛んできたものと似ている。

 

お前か〜!!!

 

そう思ったわたしは、まずは一番上の「褒められたい」を掴んで腰をひねって、えーいと思い切り帽子の男めがけてぶん投げる。軌道は確認しない。次に「癒やされたい」を掴んでこれまた、えーいと全力で投げきった。そして最後は「愛されたい」これを掴むと腰をひねって、肩甲骨の伸びを意識して、思いっきり投げた。
「愛されたい」が弧を描いてひゅーんと飛んでいく。

帽子頭に当たった。

男が倒れて、帽子が飛んだ。

男は起きない。
やっべー。わたしは慌てて男に駆け寄る。
近くに来ると、男は全裸で倒れていて、そして、そこそこ頭髪が薄いことがわかった。彼は目を閉じている。

「すいません」

 

声を掛けても反応がない。気を失っているようだ。男の顔をよく見ると、友達の友達の人だった。

「あたしの働いてるカフェによく来るお客さんで〜飲み過ぎちゃって、時々ツケで、って行っちゃうんだけど〜すごく楽しい人で〜意外と女の子に人気があって〜だからみんな王子って呼んでて〜でも、店長が巨根って言ってて〜だから股間が気になっちゃって〜ていうか巨根って何cmから巨根って言うの? アヤちゃん知ってる?」

という言葉と共に写真を見せられたことがある人だ。
勿論わたしは巨根の定義など知らない。だからその時は尊敬する岩井志麻子先生の名言を伝えておいた。「大きさなんか関係ない、立って下さるだけ有り難い」と。

 

見せられた写真の王子は帽子をかぶっていて、精悍な顔つきが確かにかっこいいな、とは思っていたけどまさかこんな風にハゲていたとは。カフェの皆様はご存じなのだろうか。否、頭髪なんて関係ない。大事なのは……。

 

「大丈夫ですか〜?」
わたしはもう一度声を掛ける。応答がない。全然大丈夫ではなさそうだ。
股間に目が行きそうになる、けれどおへそ辺りを見たところで、つるっと青空に視線を滑らせる。よく知らない人の余計な情報を仕入れてしまうと、物事をちゃんと捉えられなくなりそうだ。
わたしは王子の股間を見ないように首を真横に捻って、帽子をそっと股間のあたりに乗せた。

倒れた人を助けるのには、専門家を呼ぶのが一番だ。私は携帯電話を出して、119番に掛けるけど、話し中! 119番に掛けるけど「暫くお待ち下さい」! 119番に掛けるけど「口座番号と暗証番号をどうぞ」!

まともな119には全然繋がらないから、こちらは後で掛けることにしてわたしは応急処置を試みる。

気を失ってるということは、あたまの障害だ。
あたま……といっても、頭皮の方じゃない。脳みその方だ。脳みそに良い刺激を与えれば復活するかもしんないね。
わたしは辺りを見回した。

飛び散る、赤・黄・緑の「褒められたい」「癒やされたい」「愛されたい」そして、彼の傍にそそりたつ大きなダルマ落としの残された胴には、上から順に「(¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)」「股間」「下半身」「男性器」と書いてあるパーツが積まれてあった。
推測します。ダルマ落としはダルマの身体をハンマーで打ち落とす遊びです。
残っているのが「(¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)」の顔と「股間」と「下半身」と「男性器」で、飛んできたのが「褒められたい」と「癒やされたい」と「愛されたい」です。
なのでおそらく、こうなっていたんじゃないでしょうか。

 

【 (¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́) 】
【褒められたい】
【 股間 】
【癒やされたい】
【 下半身 】
【愛されたい 】
【 男性器 】

 

そして、王子は全裸でハンマーをぶん回して「褒められたい」と「癒やされたい」と「愛されたい」をぶっ飛ばしました。
……。

 

整いました!

 

とは言えなかった。
考えはまったく整わないけれど、わたしはまず、王子を褒めてみることにした。
「かっこいいですね〜。イケメンですよね〜。女の子に人気あるらしいじゃないですかー」
眉間に寄っていた皺がなくなった。
これで合っているんだ。確信を得たわたしは次に彼を癒やすことにする。

癒やしと言えば音楽だから、ここでわたしはDJブラウザに変身。とばかりに、あいふぉーんを起動して、冠二郎のバイキングとchill out loungeのストリーミングと波の音を同時再生する。ギンギンの歌謡曲がクラブミュージックの彼方で響き、波の音が表面をたゆたう。我ながら絶妙なミックスだ。
王子の口元が緩んだ。少し幸せそうだ。あと少しかもしれない。

 

最後は「愛されたい」だな。
愛されたいねぇ。
そりゃわたしも愛されたいけどね。しかし一体、愛するってどうしたらいいんだろう?
恋の仕方なら知ってるし、王子になら割とすぐに恋出来そうなんだけどな。
「恋とは渇望であり、渇望するのは己が満たされていないからだ」
とはかつてわたしが好きだった黒ぶちメガネのあの子が言った言葉。ええそうです。口頭で「渇望であり」なんてわたしにはとても言えない。だから好きになっちゃってたんだ。……。
「王子……、わたし人の愛し方が解らないの……。どうすればいいの?」
わたしは彼の顔面に言葉を落とす。
すると王子のはげた頭頂部から、すぅ〜っと人魂のようなものが出て来た。
「解らんことはないやろが。お前なりの愛をぶつけろ! 狂おしいほどのLOVEを!」
人魂は王子の顔をしていて、わたしをじーっと見詰める。

わたしなりの愛……狂おしいほどの……。

 

うーん。暫し腕組みをしたのち、わたしはまず、辺りに咲いている花を摘んで王子に備えた。違う、これじゃ死人の愛し方だ。

次にわたしは情熱的に愛を伝える。

「全裸でちんこのことばかり考えながらでっかいダルマ落とししてるなんて、素敵ですっっ!!! 惚れちゃいますっっ」

そうして王子の手を掴んだ。冷たかった。反応がない。そりゃそうだな、これじゃただの気持ちの押しつけだ。愛するって何だ。わたしは王子の手を握って温める。二人の体温が溶け合って、ぬるくなった。もしかしてこれって、愛に近くないか?と思ったわたしは、王子の隣で添い寝を始める。思い切って腕を組んだり、薄い頭を撫でたりする、と、その髪と髪の隙間からふわ〜っと人魂が出て来てわたしを睨んだ。
「頭、触るな!!!」
あぁ、また間違えた。わたしはしょげる。そりゃそうだよ。精一杯愛そうとしてるのに、悉く間違えるんだもん。
でも待ってよ。よく考えたらおかしいよね、わたし。友達の友達とは言え初対面の人を愛そうとしてここまでやるなんて。
でもね、他人事とは思えないんだよね。
だってあのワード、共感しちゃったもん。「褒められたい」「癒やされたい」「愛されたい」まったくもってわたしもそうだ。
わたしは自分を慰めるために、この王子を愛そうとしてるのかもしれないな。
王子に共感しちゃったわたしは、王子をもうひとつの自分の可能性のように感じちゃって、それで王子を慰めることで、自分は慰められるに値する人間だって確かめたいんだ。
あー、ごめん。王子。わたしが愛しているのはわたしだけだ。
と、その時付けっぱなしにしていた、ストリーミングから日本語の歌が流れ出す。
「愛してるって言わないなんて、愛してないのと同じ、だと思う」
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……。女性の声がリズムを刻んだ。
それがもし本当ならば、愛してると言えば愛してるのと同じことになるのだろうか?
「愛してるよ、王子。愛してる」
言ってみた。
「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる」
そういえば日本には言霊信仰があったよね。
あとは最近流行の引き寄せの法則とかそういうやつ。
だからもし、100まん回言い続けたら、それは本当になるかもしれないね。
「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる」
王子の反応はない。
わたしは段々喉が渇いてくる。
冷たい風が北から吹いて、王子の髪を揺らして乳首を撫でてピンコ立ちにさせた。

わたしの愛が王子を目覚めさせるのはいつになるだろうか。

 

 

【おしまい】

2020年11月20日公開 (初出 note/2014)

© 2020 幾野温

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