わたしの彼氏はロリコンだけど。

幾野温

小説

5,207文字

バツイチ子持ちで地方都市へ出戻ったわたしと、彼氏。煮詰まった日々とそして生きていくということ。

わたしの彼氏はロリコンで「YESロリコン、NOタッチ!」が信条なわけだけど、中学生の女の子の友達が何人かいて、わたしとしては余り面白くない。わたしは彼より6つ年上で、彼が「若い子はいいねえ」というたびに、わたしにはそれがないことを思い出してなんとなく落ち込む。出来ることなら好きな人には、いつでも満足感を提供していたい。というのは少し綺麗な言い方で、もっと率直に言えば、わたしといることで満足感を得て欲しい。この気持ちに独占欲が混ざっていることは自覚している。

わたしの予定では7歳くらい年上の男の人と付き合って「かわいいねえ」と言われるはずだったのに。

人生ってわからない。

昨日もいつものように電話で話しをしたけれど、わたしが彼からの連絡を待っている間、彼もわたしからの連絡を待っていたらしく「今日はもう寝たんだろうな」と思った彼は女子中学生の友達のうちの一人と長電話をしていたそうで、2時過ぎに繋がった電話口で彼はそんな風に教えてくれた。

「やっぱり東京の中学生はいいね! 話しているだけで、新しい情報が入る」

それ以上もそれ以下でもない言葉に、わたしは自分を比較してしまい少し落ち込む。ううん、落ち込むだけならまだかわいい。わたしは彼女と自分を比べて嫉妬してしまう。わたしは田舎のアラサーで、とくに新しい女というわけでもない。わたしの声は自分でもわかるほど一瞬で生気を失ったし、その後いつもなら応酬してじゃれあうような会話だって、「ああ……」とひどく薄い反応しか出来なかった。

翌朝起きると、窓の外は曇天模様でいわゆる「泣き出しそうな空」ってやつだった。

10月に大きな仕事が終わって以来、わたしの仕事はなかなか思うようにいっていない。

フリーで仕事をしているから、これからもっと単価を上げて効率よく稼ぎたいと思っていた矢先、体調を崩したり、渾身の企画書が3本没になったり、家庭の都合で仕事をする時間が取れなくなったりと、上手くいっていたはずなのに、いつの間にかずるずるとわたしはどうすればいいのかよくわからなくなっていた。

 

毎日頑張っているつもりなのに、今後の見通しは立たないし、目標の年収にはほど遠く、それなのに時間と体力の限界はあっという間に訪れる。二年前に離婚して、子供と二人で実家に戻ってきたけれど、わたしはそろそろ家を出て独り立ちがしたい。

娘に朝食の鮭おにぎりを食べさせると、着替えさせて幼稚園へ送っていく。

冬休み明けには中々園へ行きたがらなくて、困っていたけれど最近はまた喜んで園に行くようになったのでありがたい。

子供を幼稚園の先生に預けて一人で家に戻る頃には、空は本当に泣き出してしまって、ぽつぽつとみぞれのような雨が降り出した。

わたしは心持ち足を早めて、玄関の屋根がある部分に入る。

ドアの右脇には、わたしが丹精込めて育てているワイルドストロベリーの鉢がある。

5月頃には緑の葉が溢れて、絶え間なく白い花が咲いていたけれど、最近はその葉もほとんど枯れてしまい花や実もあの頃の勢いはない。

ちゃんと育っているのかどうか不安で、わたしは枯れた葉をかきわけて、茎の根元を覗くけど一応は新しい葉は生まれてきているようでまだ生きているみたいだった。

(昨日の時点で天気予報は雪で、苺というものはだいたいビニールハウスの中で栽培されているわけで……)

苺のことを心配したわたしは、鉢植えを暖房の効いた部屋の中に入れることにした。

台所からいらない紙袋を取って、自室の床に敷くとその上にワイルドストロベリーの鉢を置く。

独身時代に育てていたワイルドストロベリーは、六年間鉢植えの中で育った後、以前結婚していた時に住んでいた家の庭に植え替えたのだが、おせっかいなわたしの父が勝手に庭の草むしりをした際に、雑草だと思って全部抜いてしまったのだった。

ワイルドストロベリーとの付き合いはそれで一旦終わったけれど、やっぱりあの苺の鉢がある生活が忘れられなくて、実家に帰ってからずっと苗を探していたのだけれどなかなか見つからず、去年ようやく手に入れて以来わたしはまた、苺の鉢とともに毎日を過ごしていた。

 

最近この苺の元気がないのは、寒さのせいなのか、それとも日当たりがたりないのか、はたまた水のやりすぎなのか。そう考えて気がついた。わたしはこの苺の育て方を知らないことに。これまでは水を適当にあげれば、花が咲いて実がなっていた。ほんとうにただそれだけでよかったんだ。

スマホを握るとわたしは、生育歴10年以上にして初めて「ワイルドストロベリー 育て方」で、検索をする。

すると園芸のサイトが出てきて、ワイルドストロベリーの特徴や育て方、最適な肥料などが書かれた記事が見つかった。わたしは指先でサイトをスクロールして、ざっくり概要を斜め読みすると「枯れた葉は定期的に切らないと、病気になります」という趣旨の一文を見つけた。ひょっとして、最近元気がないのは枯れた葉を放置しているからなのだろか。

もしそうでなかったとしても、病気になる可能性があるなら放っておけない。

わたしはすぐにスマホを布団の上に置いて、引き出しからはさみを取ると苺の前にしゃがむ。

今までこの枯れた部分が気にならなかったわけではない。

ただ、わたしは園芸に関しては素人で、そして元々不器用だったから、手を出すのが怖かっただけだ。

以前、植物に手をかけすぎて枯らしてしまったことがあるので、それ以来慎重になっている。

わたしは枯れた葉の少し先の、枯れ草のような茎を持って慎重にハサミを入れる。生きている茎をちょん切ってしまわないように。

茶色くなった葉はもしゃもしゃと絡み合っていて、素人のわたしはハサミを入れることに慎重になるが、まずは大きな葉から処分してくことで、わたしはこの作業に慣れていった。

午前八時台のテレビに賑やかさを求めれば、ワイドショーしか選択肢はなく、テレビ画面はシングルマザーのハーフタレントの半生を映していた。

現在は実家で自分の親と共に暮らしている彼女は、自分と重なるところがあって、不必要に感情移入してしまいそうな予感がしたわたしは一旦チャンネルを変える。

わたしには他人の苦労を自分の痛みとして感じるような余裕はない。

しかしチャンネルを一通り変えてみても、わたしのテンションに合った放送は見当たらず、チャンネルを一週している間に話題も少し変わっていたため、結局件のハーフタレントの半生を見ることにした。

 

テレビの前には彼氏が出張のおみやげとして買ってきてくれた限定版のコップのフチ子が飾ってあるし、つい一昨日までは彼がプレゼントしてくれた花が一輪飾ってあった。昨日の朝ご飯は彼がおみやげで買ってきてくれた大きな豚まんだし、子供を幼稚園へ送っていく時はいつも彼がくれた手袋をしている。

ハサミでひとつずつ、枯れた葉や枯れた茎を切っては傍らのゴミ箱へ入れていく。

彼はいつだってわたしのことを考えていてくれるみたいだし、昨日だってわたしと話したかったみたいだし、実際眠さの限界までわたしと電話を繋いでいた。

それなのに、なにを落ち込むことがあるのだろう。

なにを嫉妬しているのだろうか。

ロリコンの彼が年上のわたしを選んだということは、それ自体がすごいことでわたしはもっと自信と誇りを持っていいはずだ。

それなのにいちいち嫉妬するなんて、人間が小さいしとてもばかばかしい。

わたしは単に自信がないだけなのだろうか。

以前友人で自分に自信のない子がいて、会うたびに彼女の良いところを褒めても、彼女が自信を持つということはなかった。彼女はわたしよりとても可愛く、努力家で健気で素直でオシャレで、本当に素敵な女の子だったのに、本人が自分を認められてない以上は、他人がどれだけ認めても彼女の自信に繋がるということにはならないのだ。

3年近く褒めても卑屈な態度が変わらない彼女に疲れたたわたしは、結局距離を置いた。

今の自分も似たようなものなのだろう。

彼がいくら愛情を注いでくれたところで、わたしが自分に自信がなければ自分を認めることが出来ない。

他人と自分を比べ、自分が欲しいものを持っている人に対して嫉妬をしてしまう。

わたしはわたしで良いところが沢山あるはずなのに。

仕事はわたしの生きがいで、毎日がんばっているつもりだけど、ここ2ヶ月くらいはあがくだけで上手く前に進めない。そう感じている。振り返れば毎晩、失意の中で眠りに就いていた。

 

枯れた苺の葉を取り除いていくと、根元にある新しい葉が顔を出し始めた。

枯れてしぼんだ実ばかり目にいって気付かなかったけれど、新しい苺の実も思っていたよりも多かったし、色付き始めた実もあって、苺がまだまだ現在進行形で未来へ向かっていることを感じた。

苺は死んではいなかった。

まだまだ生きていた。

成長の最中だった。

枯れた葉や茎をすべて切り終えると、わたしは改めて鉢を眺めた。

5月の頃に比べると葉や実の数は少ないけれど、それでも緑色しかない鉢植えは生き生きとしていて、見ていて気持ちが良い。

その有様を眺めていると、わたしは気がついた。

何も進んでいないように思えていたけれど、停滞しているばかりではないということに。

11月に応募したとある新人賞の一次選考を通過していたし、行き詰まったわたしに友人と彼氏から「私小説を書いてみてはどうだろう?」とほとんど同時にヒントをもらっていて書き始めていたし、一旦休業していた小さな仕事を再開させ始めたりして、わたしは少しずつだけど前に進んでいる。

それに没になった企画だって、無駄ではない。考えた分だけ自分の力にはなっているはずだし、もう少し直して別の所へ出してみてもいい。

わたしはこの苺の鉢植えのように、終わった過去や捨て去るべき思いに囚われて、希望の兆しが見えなくなっていたのかもしれない。

もしかしたらわたしの季節は今は冬で、ちょうどこの苺のように小さな葉を伸ばしながら冬をしのいで春に備えている、そんな状態なのかもしれない。

ばかだなあ、わたしは。ちゃんと前に進んでいるのに「何も出来ていない」なんて自分を追い詰めてばかりいて。そんな風だから、ないものねだりで嫉妬をしてしまったのだろう。わたしは自分のことを何も見ていなかった。

「ーーさんは波瀾万丈な恋愛をしてこられましたが、娘さんが同じような恋愛をしようとしていたら止めますか?」

テレビではキャスターがハーフタレントにこんな質問をする。

彼女が恋愛で苦労してきたことは、会ったことのないわたしでも知るところで、どうせ「止める」と言うのだろう、と思っていたしテレビ側もそれを望んでいるような気がした。

 

だけど、答えは予想に反するもので「止めませんね」と彼女は言った。

「同じ経験をしてもいいと思います。娘には色んな経験をしてほしいと思っています」

それが彼女の答えの理由だった。それを聞いたわたしは思わず顔を上げる。

わたしと同じ考えだったからだ。

結婚してつらい思いをして離婚をして実家に出戻って、どうしてこんなことになってしまったのだろう、と何度涙を流したことかわからない。

だけど、そういう経験を経たからこそ、今の彼と出会って恋をして、彼の恋人でいられている。

以前のわたしなら、おそらく彼とこんな関係を築くことは出来なかっただろう。嫉妬に耐えられず、二人の関係をめちゃくちゃにしてしまったかもしれない。

短期的には不幸な経験でも、長期的に見れば幸福へ繋がっていることもある。

人生って何が繋がっているのかわからない。

だから色々な経験をすることは悪いことではないのだ。

テレビの中の彼女は、小さく笑みを浮かべている。これまで好きでも嫌いでもなかった彼女のことが、急に可愛く見えた。

番組はCMに入り、菅野美穂や上戸彩、剛力彩芽なんかが次々と出てくる。

彼女たちのような美人でも、自分より若い女の子に嫉妬するようなことってあるのかな。

不意にそんな風に思ったわたしは、彼女たちが若い女の子に嫉妬しているところを想像してみる。

わたしの妄想の中で、嫉妬している彼女たちの姿は美しくなく、途端に魅力を失った。

それでわたしは分かる。どんな美人でも、嫉妬をしていたら可愛くなくなるってことを。

わたしはいつでも可愛くいたいし、可愛くなりたい。

ああ、やっぱりやめよう。嫉妬なんてくだらない。

自分で自分を認められるように、やるべきことをきちんとやっていこう。

彼がいることでわたしは自分を見失わないで済むし、自分らしく生きていられる。

わたしの彼氏はロリコンで、クソみたいなところもあるけれど、でもわたしにとって大切な存在であることだけは確かだ。

園芸サイトによると、ワイルドストロベリーは寒さに強いという。

すっかりサッパリした鉢植えを再び表に出した。

 

 

【おしまい】

2020年11月17日公開

© 2020 幾野温

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