つかえないまほう(3)

つかえないまほう(第3話)

幾野温

小説

1,602文字

同級生の「温かい家庭」にお泊まりした次の日。なんだか急激に仲良くなってしまった感。

(3)

次の日起きると朝の10時だった。

「おはよう」座卓の前でパジャマ姿の綾ちゃんが言う。寝過ぎたのはわたしだけじゃないらしい。

ジュースを飲んでのんびり喋っているうちに11時になって、着替えたり髪の毛を整えたらもう12時前だから、「お昼食べて行きなさい」ってことになってまた1階のリビングで、綾ちゃんと柳くんとわたしの三人でトマトソースのパスタを食べる。出来合いのソースらしいけどオリーブが入っていてすごく美味しい。食事を終えると柳くんが遊びに出かけ、お母さんもどこか用事へ出かけてしまう。

二人きりのリビングで話しているうちに、綾ちゃんはわたしを送りがてら吉祥寺の街で適当にぶらぶらしようかな、と言うからそれじゃわたしも一緒に行く、と言い午後はふたりで街へ出た。

そこそこ歩いて街の方へ出ると、わたしと綾ちゃんは可愛いものやオシャレなものや安いものを見に行く。あれが可愛いこれが可愛いとどれだけ言ったかわからないけれど、わたしたちは何一つ買わなかった。そしてマクドナルドに入って108円のジュースを買って二階のカウンター席に二人並んで座って、喉の渇きと頭の疲れを癒やす。

「あのさー……」

別れる前にちゃんと言わなくちゃと思う。こんな話はタイミングを逃すと言いづらい。

「今日は何かありがとね」

「何で?」

「いきなりだったのに晩ごはんとかお風呂とか何から何までお世話になっちゃったし」

「そんなの当たり前だよー」

「そうかな」

「そうだよー。だってあたしが誘ったんだもん」

「それもそっか!」

あははと二人で笑って、同時にストローに口付けた。

「綾ちゃんの家族っていい家族だね」

「そうかな? 普通だよ〜」

「普通かぁー」

「そういえば、かなちゃんって兄妹いるんだっけ?」

綾ちゃんがストローを噛みながらこちらを見る。

「いない。兄妹みたいな人はいっぱいいるけど」

「ん? どゆこと?」

「わたしさー実はずっと施設で育ってるんだー」

「えっ、マジで!?」

「うん、マジで」

「生まれた時から?」

「そう」

「……そっかぁ、大変……だよね?」

「まーね、多分。ずっとこれだからよくわかんないけど」

「そっか……」

綾ちゃんは俯くけれど、

「あたし、何も力になれないかもだけど、でも出来ることがあったら、かなちゃんを助けたいって思うから……もし何かあったら一応言ってみてよ!」

しっかりとわたしの目を見てこう言った。こんな風に言ってくれる子って初めて会った。

「ありがと。うん、何かあったら一応言ってみるね」

あまり気持ちを悟られないようにわたしは出来るだけ軽く微笑む。

カウンター席からは、商店街を行き交う人の姿がよく見えた。綾ちゃんは白いスマホを出して時間を見る。

「もう5時だよ〜」

「あっという間だね」

「帰らなくて大丈夫? 施設の門限とか……」

「うん、いいの。平気」

本当は良くないんだけど。昨日だって無断だし。だけどわたしはどうにでもなってしまえ、という気分だった。何も考えたくない。

「そうなんだ。割と自由なんだね」

「うん」

嘘をついた。ごめんね綾ちゃん。

昨日と今日が楽しすぎてわたしはもう帰りたくなくなっている。どうすればいいんだろう。どうにも出来ないけれど。だからせめてこの時間が1秒でも長くなれば良いと祈り続ける。

「じゃあさ〜、今日も泊まってかない?」

「えっ、マジでゆってる?」

「うん、マジ。やだもー退かないでよー。ちょっとかなちゃんが楽しすぎるだけじゃん?」

綾ちゃんが照れ隠しで言っているのが分かる。

「えーどうしよっかなー。……とか言ってほんと言うとわたしももう一泊したかった! ごめん!」

「何よー謝んないでよー。あたしたち両思いじゃん!」

「ほんとだ!」

あははと笑うと「じゃ、一応」と綾ちゃんはお母さんに電話して二泊目の許可を取ってくれる。

「今日は昨日みたいにご馳走じゃないけど、それでも良ければ、って」

「そんなの全然だいじょーぶだよー」

わたしは再び立花家の門をくぐる。

2020年11月21日公開

作品集『つかえないまほう』第3話 (全5話)

© 2020 幾野温

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