縄文スタイル(6)

縄文スタイル(第7話)

波野發作

小説

8,438文字

セレモニー、洞ヶ瀬スレート、縄文スタイル。

 小口社長に留守中の仕事を丸投げして、わたしはまた新幹線に乗った。

 

 セレモニーは午後二時からだから、朝イチの便でも十分に間に合う。招待状をもらってすぐに、スマホからイサカイさんにメッセージを送ったけれど、未だに返事はなかった。どういうつもりかわからない。けれど、なにか考えがあるのだと、わたしはイサカイさんを信じていた。実田氏のTwitterでは、彼もセレモニーに出席する旨がつぶやかれていた。大丈夫なのかな。JAJA側に恨まれているんじゃないかと思うのだけど。顔バレはしてないようだから、潜伏して参加するのかもしれない。わたしも主催者からの招待ではないから、すみっこでこっそり参加しようと思う。

 新幹線を降りてコンコースを歩く。だいぶ縄文系のポスターや展示が多い。やはりあれだけ大きな施設ができると、地元の期待も大きいのだろう。土産物屋にも縄文系のアイテムが多い。縄文ビジネスとはいえ、こういうものは健全だ。縄文の里ビスケットの裏を見たら製造は埼玉県になっていた。あんまり地元に寄与してないようだ。残念。

 

 待合室のベンチに老人が座っていた。ずいぶん荷物が多い。というか誰だっけ。見たことがある。JAJAの職員か、関連団体だったろうか。下手に声かけると藪蛇になるから、遠目に見たまま、わたしはタクシー乗り場へ向かった。

 タクシーの運転手に「縄文パーク」と言うと、すぐにわかってくれた。前回はJAJA本部がプレハブだったし、地名がわからなかったのでだいぶ苦労したが、今回はラクラクだ。

 テーマパークはもう完成状態で、看板も真新しいものが行く先々に設置されていた。一般客向けの正式オープンは一ヶ月後。今日は完成記念セレモニーということだ。拡張されたあぜ道を抜けて、正面から本部棟にタクシーを横付けしてもらった。

 

 招待券は関連業者用のものだったので、緑色の受付に並んだ。会場スタッフをざっと見回したが、見知った顔はいなかった。もう何年も前だし、直接なんども顔を合わせたのは根羽子沢課長だけで、あの人はもうここにはいないから、わたしを見ただけで正体が分かる人はそんなにいないはずだ。おどおどしても疲れるだけだし、堂々としていよう。

「ようこそお越しくださいました。ナカヨシ様ですね。どうぞこちらをお持ちください」

「ありがとうございます」

 首から下げるネームプレートを渡された。名前は全然知らないもので、所属会社も聞いたことのないものだった。なにかの間違いかと言おうとしたが、受付さんがぐっと力を入れてじっと見て渡すので、なんらかの意図があるものだと理解した。

 

 かつてプレハブがあったところは巨大竪穴式住居〈Jモンスター〉の脇にそびえ立つ本部棟ビルになっていた。正面から入ってそのまま抜けると、竪穴式住居の中に入っていくようになっている。セレモニー会場は展示ホール中央の広大なスペースに設営されていた。わたしのネームプレートと同じ社名の入ったブルゾンを着た人々が慌ただしく駆け回っていた。どうやらセレモニーの運営スタッフのようだ。インカムに手をあてて、せわしなく会話していた。

 

 会場にはすでに結構な人数が入っていて、わたしはなるべく後方の目立たない席に座った。とくに決まった場所はないようだ。しばらくすると照明が少し落ち、前方の特設ステージが明るくなった。会場のざわつきが消えていく。

 マイクの作動音がブツンと聞こえた。ステージには司会と思われる女性が立っていて、ゆっくりとお辞儀をした。

「本日は縄文フレンドパーク奥羽、完成披露セレモニーにご出席いただき、誠にありがとうございます。それでは定刻になりましたので、式典を始めさせていただきたく存じます。それでは、パーク長の小牧野より開会の言葉があります」

 小牧野氏はJAJAに残っていたのか。サロンで失敗した小牧野ナオコはこの人の奥さんらしい。事件後小牧野夫妻が離婚したかしてないかはわからない。もっとも、本当に男子高校生に寝取られたかどうかもわからないのだし、小牧野パーク長はNTRでむしろ喜んでいるのかもしれないし、縄文的には浮気とかあまり気にしないかもしれない。知らんけど。パーク長はシンプルなコメントでセレモニーの開会を宣言した。

 

「続きまして、JAJA日本縄文開発機構理事長の岩井堂より、ご挨拶をさせていただきます。岩井堂理事長、壇上にお上がりください」

 数年前よりだいぶ白髪が増えた岩井堂氏が、ゆっくりとステージに上がった。スタンドマイクの前に立つと一礼して、会場を見回した。わたしは目を合わせないように少し顔を伏せた。誰かまでは覚えていないかもしれないが、印象に残っている可能性はある。

 

「本日はこの良き日に、大勢の皆様にお集まりいただき、誠に感激しております。思えば今は亡き亀ヶ岡先生が、この地であの洞ヶ瀬スレートを発見し、解読し、縄文人の心をわたしたちに伝えてから、すべては始まったように思います」

 どうやらステージの奥のガラスケース内に東洋のロゼッタ・ストーンと謳われた〈洞ヶ瀬スレート〉が納められているようだ。門外不出と言われた遺物がいよいよ公開されるわけである。考古学ファン垂涎というところか。ここ数年の縄文ブームと昨今の縄文騒動であの土器板の価値もすいぶん高騰した。まだ重文指定はされていないが、いずれ指定の審議もされるだろうし、額面通りの代物であれば国宝級の品物である。壺でも鍋でも土偶でもなく、板状に作られた土器。なにかの食器や調理器具ではなく、文書として制作された可能性が高い土器である。世界最古の粘土板文書は紀元前三三〇〇年ごろのメソポタミヤ文明もののだ。〈洞ヶ瀬スレート〉は亀ヶ岡教授の推測ではあるが、約四〇〇〇年前のものと言われ、科学的な分析で証明されれば、これが世界最古の粘土板文書となる。

「——今ここに、縄文フレンドパーク奥羽は完成し、縄文人の心を後世の人々に永く継承していくことができるようになりました。ご協力、ご支援いただいたすべての皆様に深く感謝するとともに、引き続きの末永いご支援をお願いして、わたくしからのあいさつとさせていただきます。本日は誠にありがとうございました」

 岩井堂理事長は深々と頭を下げ、数秒静止。長過ぎるほどの謝意を示してもとの席へ戻った。

 

 その後は来賓挨拶ということで、恵比寿田議員が登壇し、長々とお世辞と自分の実績の披露、関係各方面への謝辞を並べたてた。取材に集まっている報道陣へのねぎらいの言葉も忘れないところはさすがの気配りだった。だがしかし、本当に長かった。ようやく議員がお辞儀をして来賓席に戻ったとき、場内は少しホッとしたようなリラックスした空気に包まれた。それぞれ肩をほぐしたり、首を曲げ伸ばししたり、指を鳴らしたりしている。わたしも軽く肩を回したり腰を捻ったりした。視界に知ってる顔が飛び込んだ。

イサカイさん?

 わたしの席のすぐ斜め後方にイサカイさんが座っていた。センパイはしっと口に指を当ててから、わたしに前を見るようにとステージを指した。

 

 式次第では次は祝電披露になっている。司会者が県知事と文部教育大臣からの当たり障りのない電報を読み上げた。三本目の電報を開いて、司会の動きが止まった。すぐ後ろのスタッフを呼んで、確認させる。スタッフはそのまま読むように雇われ司会者を促した。

「ええ、と。ですね、次の祝電は、縄文文化研究家の亀ヶ岡様よりいただいております」

 は? 場内がざわつく。死者からの電報とかマジ勘弁。誰かのイタズラ? 岩井堂理事長は不機嫌な顔になり、JAJAの職員を呼びつけてなにか話している。報道陣は俄然やる気になって騒ぎ出した。とくに指示がないまま混乱した司会者はそのまま電報を読み上げた。

「この度は縄文フレンドパーク完成おめでとうございます。草葉の陰からお喜び申し上げます」

 これはさすがに不謹慎なイタズラだ。会場のざわつきが止まらない。

「わたしからのお祝いのメッセージを送らせていただきました、お聞きください」

 司会者はそこまで読み上げると、JAJA幹部の方を見て、指示を待った。JAJA職員は何人かが走り出して、階段の上へと上がっていった。

2019年11月15日公開

作品集『縄文スタイル』第7話 (全8話)

縄文スタイル

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© 2019 波野發作

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