縄文スタイル(3)

縄文スタイル(第4話)

波野發作

小説

8,663文字

ホイヤー! ホイホイヤー! 縄文スタイル。

 風が吹いている。ジョモニ(縄文)の風だ。

 ヤッカダン(八ヶ岳)の頭から吹き下ろすモロゾッカ(冷たい)のカズー(吹き下ろす強い風)だ。この風のあとにはムー(霧)が現れる。ムーとはシラヌ(白い)シャダーン(膜)のこと。ヤマーカ(山岳狩人部族)で先祖代々伝わるティッペ(生活の知恵)だ。部族の生活は数多くのティッペで支えられている。フーキ(蕗)の茎には多くのミジウ(水)が含まれており、定期的に摂取すると長時間狩りができる。ミジウを摂らない者はスヌが訪れる。スヌとはダマーリ(沈黙)とコホル(凍結)だ。スヌが来たものはもう動かない。冷たく固くなる。そうなるとさすってもなでてももう起きない。仕方がないので埋める。トムーリ(埋葬)である。スヌの理由はいくつもあるが、横になりすぎるとだいたいスヌ。寝たり起きたり交互にしているとだいたい大丈夫だが、起きたままずっと起きているとそのうち今度はずっと寝るようになり、寝っぱなしだとスヌ。寝っぱなしになると不思議と全然起きれなくなる。起きれないヤマーカはスヌ。サトヌム(里の民族)も起きれないものはスヌ。ヤマーカとサトヌムは仲が悪い。カワバンガ・ミジウバ(永遠に流れる尊き水の束)のこっちと向こうでは住む人々が別々だ。カワバンガからこっち、ヤッカダンの上までがヤマーカのテリトリーだ。狩猟の他にキノコを採取して暮らしている。カワバンガより低い里山一体がサトヌムのテリトリーで、狩猟による動物性の収穫よりもヒャーシ(雑木林)やティクリ(竹林)の木の実や筍などの植物性の獲物の比率が高い。サトヌムの動物性の収穫はポンコ(狸類)やピョンコ(兎類)などの小型哺乳類が主で、あまり大型の哺乳類は獲っていない。やはりバンビ(鹿類)やプー(熊類)などの大型哺乳動物は、カワバンガより標高の高いヤマーカのテリトリーでなければ狩猟できないからだ。なので以前から血気盛んなサトヌムのヤングェ(若者)がカワバンガをイカーダ(丸太を並べて縛った簡易船舶)やカヤーヌ(木の枠に皮革を張った折りたたみ式小型船舶)で越えて、密猟をしているところをヤマーカに発見され、エンカンタ・コンバタ(遭遇戦)が発生することもしばし起こっていた。

 

 あたり一面がムーで覆われて視界がなくなった。ワイアウ(視野喪失)だ。こうなると下手に動くのは危険である。おとなしくビバウ(退避)してムーが晴れるのを待つしかない。オイラー(自分)はナカヨシ。ハンテラ(狩人)だ。まだビギヌ(経験の浅い新人狩人)だけど、修行はしっかりやってきた。ナカーマ(仲間)と一緒にメガバンビ(大型鹿類)やテラバンビ(超大型鹿類)を追ってヤッカダンを上ってきたが、急にムーに包まれて身動きできなくなってしまった。このままだとスヌ。ヤボーイ。ヤリーマ(槍状の石器武装)とユーミン(弓状の手動射出装置)に、ヤノ(矢状の使い捨て石器付き棒)が何本か。ヤノの先にはトッカブの汁を塗ってある。トッカブの汁がついたヤノが刺さると、スヌ。すぐスヌ。バンビ(小型鹿類)はすぐスヌ。トッカブのヤノで仕留めたバンビを食べると、食べたヤマーカもスヌ。だからバンビのときはトッカブを使わないのがティッペだ。トッカブを使っていいのは、ギガプー(大型熊類)や、テラバンビを狙うときだけだ。ギガプーは怖い。デカイ。山のようだ。黒い。そうだ。黒いからムーの中でも目立つ。ブッシュだと思っていたら、ギガプーだった。こっそりクルマイ(栄養価の高い木の実)を食べる。身体にエナズ(燃料)を投入し、戦闘態勢を整えるのだ。周囲にナカーマのケヒ(気配)はない。オイラーがソロップレ(単独狩猟)で仕留めたら、きっとハラムラー(ヤマーカの集落)で待つイサカイは喜んでくれるだろう。褒めてくれるかもしれない。ハグ(抱擁)やクチスイ(接吻)などもしてくれる可能性がある。チヤクラ(丹田)のあたりに熱を感じる。クルマイのエナズか。力がみなぎる。ユーミンにヤノをコラボ(つがえて)して狙いを定める。黒い獣は首にくっきりと白いワイ・チョーカが見える。狙いはそこだ。リリイス。バインとオノマトペを放って、ヤノがギガプーへと飛んでいく。タムと音がして、突き刺さる。一本で仕留められればいいが、そうはトンヤ(巡回商業師)がノホールセル(卸さない)。ニノヤ、サンノヤを立て続けに放つ。全ヤノがヒット(命中)。これだけ刺さればトッカブは致死量だから、ギガプーはスヌ。黒い獣は血の泡を吹いて崩れ落ちた。すぐに矢の周りの肉をえぐり落とす。念の為ヤリーマを胸に突き立て、奥まで差し込む。解剖するとわかるが、胸の奥にアベ(心臓)という肉の塊があって、そこにヤリーマが刺さると、ギガプーは完全にスヌ。オイラーの勝利だ。

 

「ホイヤー! ホイホイヤー! ホイヤー!」

 

 ムーの中、仲間を呼ぶ。遠くでホイヤーの声が聞こえた。そう遠くないところにみんないたのだ。オイラーのはじめての獲物をみなが讃えてくれた。

 と思ったところで地面がバックリと割れて、オイラーは奈落に落ちてしまった。

 

「ぶは!」

 仮眠所(ではない。応接セット)のソファから転げ落ちて、わたしは縄文時代から現代に帰還した。タオルケットが身体に巻き付いていた。なんという夢だ。あとネーミング……。ギガプーってなんなんだ……。

 

 応接セットのテーブルには縄文関連書籍が大量に積まれていた。あちこちに付箋が挟まっている。ああ、そうだ。小口ナリユキ社長が「なんか縄文ブームっぽいのが来てるから、売り込み用の企画書を一〇本書いて」って業務命令を出して自分はさっさと営業に出てしまったので、センパイとふたりで文献を漁ってブレストしていたのだった。企画書なんか書いたって、どうせ仕事なんか獲れないのにな。出版社とか企画会社への手土産に持っていくだけじゃん。そんで全然縄文とか関係ない仕事を獲ってくる。まあ、それでもいいとは思うけど、やっぱ定期の仕事がほしいな。毎回ゼロスタートで仕事を組み直すのは大変だから、そればっかりだとわたしがもたない。センパイだって何案も描かないと行けないし、負担は大きいわけで。こういう企画会議も、定期モノがあればやんなくていいことなんだし。

 センパイは一人掛けのソファの方で眠っている。スウスウとかわいい寝息を立てている。寂しいがそっとしておこう。ちょっとキスしてみたい衝動にもかられるが、起きてどんな顔をするか想像できないのでやめておいた。わたしと同じ気持ちだったらいいけど、そうでない場合はたぶん結構つらい。

 

 縄文本を手に取る。これは『原始の味わい・縄文わくわくクッキング・素人編』。「縄文わくわく」なので、ひょっとしてと思ったら、案の定、奥付に手代森の名前があった。縄文時代と原始時代がよく区別できてないのは、手代森氏の特徴だ。編集段階で説得できなかったようだ。レシピはごく普通のゲンダイ料理を、なんか木の実とかパウダーで無理やり野趣あふれる縄文料理にこじつけるというものだった。前に行ったセミナーの料理を本にまとめたという感じか。巻頭グラビアのモデルの子供たちは、平服の上に紙で作った毛皮服をまとって笑っていた。親子で楽しめるレシピ本というコンセプトなんだろう。これはありよりのあり。本としての出来栄えはどうかと思うけど、ニーズはある。ニーズは正義じゃん。自分では絶対作りたくないけど。閉じて、知ってる人が関わった本の山に積む。わりとインチキっぽいのが多い印象。知り合いだからわたしの中でバイアスがかかってるのかもね。

 

 『種田コレクション完全ガイド』。これは茅野市にある個人博物館「種田コレクション」の収蔵品をまとめたカタログ本だ。土器と土偶が一〇〇〇点ほど写真付きで紹介されている。完全体は4〜5点で、あとは破片から展示用に作った復元品がほとんどだ。後半は破片だけ並んでいる。雑な作りの本ではあるけれど、文様の資料集としては結構役に立ちそうだ。所有者の種田真樹男氏は地元の大地主で、ゴルフ場の建設予定地で遺構が発見されて大量の縄文遺物が発掘されてしまったという運の悪い人。亀ヶ岡教授の〈洞ヶ瀬スレート〉発見よりも前の頃は、文部教育省も考古学に興味を示しておらず、補助金や助成金は出なかった。種田氏は私財をなげうって発掘作業を行って、たくさんの出土品を掘り起こしたのである。御本人はまだ健在らしく、銅像みたいなポーズで著者近影になっていた。

2019年11月15日公開

作品集『縄文スタイル』第4話 (全8話)

縄文スタイル

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© 2019 波野發作

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