縄文スタイル(4)

縄文スタイル(第5話)

波野發作

小説

4,959文字

駅のポスター、教科書のコラム、縄文スタイル。

 出版は水モノなので、流行に対する反応は早い。が冷めやすくもある。そのうち〈縄文スタイル〉に関する出版物はすーっと減っていき、本屋に寄ってもなかなか見つけられなくなってきた。ゼロではないけれど、大手書店の啓蒙書の棚ぐらいでないと見かけなくなっていた。新刊でも平積みされることはない。一方で、街なかで〈縄文スタイル〉を見ることが増えていた。

 

 駅のポスターのマナー啓蒙で「縄文人は列に並ぶ」とあり、毛皮ワンショルダーの縄文人が、整然と乗車列を形成しているイラストがデカデカと張り出されていた。縄文人は列に並ぶんだ。知らなかった、なんの列だろう。他のパターンもあって、「縄文人は痴漢をしない」、「縄文人は駆け込まない」、「縄文人は歩きスマホをしない」など、まあ嘘じゃないかもしれんが、なんだそれはというポスターがあちこちに張り出されていた。そして、イラストの左下には「だからみんなで〈縄文スタイル〉」と書かれているのだ。原色系のビビッドなポスターなので目立つ。

「これは……」

「センパイ、これはさすがに噴飯ものです」

「すごいな。センスが。センスがぶっ壊れているな」

「嫌だなあ」

 すごく嫌だ。〈縄文スタイル〉ってこういうことじゃないじゃん。すくなくともわたしはこういうことは書いてないし、亀ヶ岡先生が解読した〈洞ヶ瀬スレート〉にはこんなことは書いてなかった。あれ以外のエビデンスは存在しないはずだ。あとは全部憶測。連想とか推察とかそういうものだ。つまりそれは想像、妄想、捏造。全部ウソだ。ポスターに嘘を書いて、人のマナーが高まるわけがない。どうしてこんなことになっているのだろう。

「ナカヨシ 大丈夫か?」

「え?」

 どうやらわたしは泣いていたらしい。勝手に涙が出る。悲しいのではない。悔しいのだ。わたしが書いたものが勝手に歩きだして、おかしなことになっている。無力。このポスターに対してわたしができることなどなにもない。飛びついてひっぺがして、破り捨てて、駅員さんに捕まって警察に連れて行かれてお説教されるぐらいが関の山だ。〈縄文スタイル〉なんて言い出さなきゃよかった。それがわたしの言葉だから執着があるんだ。生んだ子供みたいにどこかで思っているのかもしれない。脳みその中の子宮から生まれた子。連れ去られて見当違いな仕事をさせられている哀れなわが子。健全に葬ってやることもできない。縄文人は子宮から生まれて、子宮に還った。この子も土に還してあげたいけど、できない。もう涙は止まらなかった。センパイが優しく頭を撫でてくれた。駅のホームでカップルがいちゃいちゃしているようにしか見えなかったかもしれないけど、わたしたちはそんなんではなかった。

 

 

 わたしはしばらく電車に乗れずに、自転車で通勤した。三〇分ぐらい余分にかかるけれど、健康のためにもこの方がよかったかもしれない。ただ、雨の日が困った。どうしても出勤しないとならないときはタクシーを使った。お給料はそんなによくないから頻繁には無理だけど、たまになら。出勤しなくていいときは自宅作業にしてもらった。センパイが社長にかけあってくれたので、すんなり認められた。デザインもやるセンパイに比べて、ライティングがメインのわたしは、自宅のしょぼいタブレットとブルートゥースキーボードの組み合わせでもどうにか原稿を書くことができたからだ。

 

 わたしが調子を崩したことで、センパイは少し仕事量をセーブしてくれたらしい。社長もデザインだけで済む仕事を多めに獲ってくるようにしてくれたし、わたしに負荷のかかる書籍の仕事はあまり入ってこなかった。もっともわたしに気を遣うまでもなく、そういう仕事の絶対数は減っていたのだけれど。そんなこともあり、今年の夏はしっかりお盆を休めることになった。ということで久しぶりに帰省することに。いつもはギリギリまで夏休みのスケジュールが決まらないため、飛行機の予約ができず、夏の帰省などはまったくできなかった。センパイは東京に実家があるので、とくに帰省などはしないとのこと。

 

「センパイ、飛行機二人分予約しましょうか?」

「え、一緒に行く?」

「それもいいかなって」

「いいね。ナカヨシは実家に泊まるんだろ?」

「実家は部屋多いんでセンパイも泊まれますよ」

2019年11月15日公開

作品集『縄文スタイル』第5話 (全8話)

縄文スタイル

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© 2019 波野發作

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