館に入ると、直に受付であった。ホールの入口付近には、スーツを着た男たちが十人程でたむろし、熱心そうに唾を飛ばし合っていた。未だ三十そこそこと見える茶髪の男が、ダブルジャケットを着てボウタイを締めた初老の男に何かを諭しているらしいのが、特に目を引いた。宮崎氏は、小声で、「一寸観察しましょうか。」と言った。
「結局ね、先ずこの日にこの場所に来れる、というのが何より気に合っている、と云う事なんです。」
茶髪の男が大きな身振りでそう言った。
「なるほど。」
「で、あとは余計な事を考えずに、楽しむ。それだけなんです。」
「楽しむ、ねェ……。」
「難しいですか。」
「難しい、と云うかね。わたしなんかはどうしてもこれを勉強会だとおもってしまいますからね。どうもピンと来ないな。」
「……あー。いや、そんなに重く受け止めなくて好いんですよ。軽い気持で、いま・ここを感じる。いま・ここに集中する。それが楽しむと云う事なんです。」
茶髪の男がしたり顔でそう言うと、初老の男は、遂に噴出し、
「ウン、判りました。なんだかよく判らないと云う事が判りましたよ、ウン。勉強させて貰います。」
と言った。茶髪の男は、「いや、だからですね……。」と又同じ説明を繰返し始めた。……
「宮崎さんが言っていたのと同じ事を言ってるね。」
と私は言った。
「はい。気に合っていると云う言葉がそのまま出ました。」
「気に合わせるのだか、気に合っているのだか、好く判らないがね。」
何の気なしにそう言うと、
「自分自身が気なんですよ。」
と背後から低い声がした。振り向くと、目尻の垂れた目がこちらを覗いていた。尊文である。
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