岡本尊文とその時代(三十四)

岡本尊文とその時代(第34話)

吉田柚葉

小説

3,208文字

『晴天の会』に近付くのはやめた方が好い。

尊文が居た。そして、私が居た。場所は会議室と見えた。尊文が講師で、私は生徒であるらしかった。会議室には、私の他にも、十人程度生徒が居り、間隔を充分に空けて、まばらに坐っていた。

私は、猪原の著書を机上に置いていた。どうやら其れが、本講座のテキストらしい。尊文が何か言った。生徒達は、それぞれ自分の鞄の中をあさり始めた。私も、大学ノートを出した。ペンケースを出した。そうして、大学ノートを開いた。そこには、漫画が描かれていた。若しやとおもい、ノートの表紙を見ると、「魔法使いカラー2」と幼い字で書いてあった。誤って、私が幼い頃に使っていたラクガキ帳を持って来てしまったようだ。

次の瞬間、私は自宅の自分の部屋に居た。何時いつとも知れぬが、幼少のみぎりであるのは確からしくおもわれた。私は、大学ノートに頻りにラクガキをしていた。いや、当の本人からすれば、其れは立派な創作活動であった。私は漫画を描いていたのだ。私が握っていたのは、父の書斎からくすねて来た、十本一束で売っているような、安価なボールペンであった。従って、下書きも無く、殆ど書き殴りの態であった。何か表現したいものがあったわけでは無く、恰も自動書記の趣で、ペンは走り続けた。ペンに描かされている感覚であった。否、独りでに走り出したペンが倒れぬよう、その支えとして右手を貸してやっている具合であった。

部屋がノックされた。母の声が私の名前を呼んだ。

私は慌ててノートを仕舞おうとした。が、手は私の意思を拒み、自動書記を続けた。私の返事を待たず部屋のドアが開かれた。

振向いた処に、尊文が居た。私の手は止まらない。

「やァ、キミ、一寸そのノートを貸してくれないか。」

私は、左手でノートを抜き取った。右手は、自動書記を続けた。机上に漫画のコマが引かれ、そこにキャラクターと拭き出しが書き込まれた。忽ちにして漫画の一頁が出来上がった。そうしてその書き込まれた上から、更にコマが引かれた。画の上に画が重なった。直ぐに机が黒く成った。

「すみません、僕は立ち上がる事が出来ません。先生が、こちらまでノートをとりに来て頂けませんか。」

やむなくそう言った。しかし尊文はそこから動かなかった。眉一つ動かさなかった。私は、左手で尊文にノートを投げつけた。ノートは尊文の体を通った。そこにはもう尊文の姿は無く、半分閉じかけたドアに音を立てて激突し、床に落ちた。……

「『晴天の会』に近付くのはやめた方が好い。」

そう言ったのは田原先生だった。場所は、夜更けのバーと見えた。薄暗い店内で、ぼやけた光のもと、田原先生は随分と御年を召された風に見えた。

「其れは何故ですか。」

手元に置かれた茶色く光る液体を眺めながら私は問うた。先生は、その液体を手に取って、一口飲んだ。其れは私の物です、と言いかけて、やめた。私の物だと云う確証が無かったからである。先生は、三分の二程も残ったグラスを私の手元に戻した。そうして、

「……わたしのようになるよ。」

2019年7月27日公開

作品集『岡本尊文とその時代』第34話 (全41話)

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© 2019 吉田柚葉

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