インターホンは間を開けて、二度鳴った。其れは、風が窓を叩く音の隙間を縫って響いた。私は死の色を眼前に眺めながら、なんにしてもインターホンと云うのは好く出来ている、近くにミサイルが落ちても聞て来るのではないか、と考えて少し笑った。……
家の前には、一人の男が立っている。暗殺者である。そいつは黒いコートを羽織っている。フードを被り、雨にずぶ濡れながら、手を突っ込んだポケットの中で、折畳んだコルトナイフを握りしめているのだ。私が玄関のドアを開けて出て来た処で、出会い頭、一分の狂い無く、一突きで心臓を抉るのである。そんな事、男には朝飯前だ。
しかるに、もう深夜である。時計の針は三時半を指していた。私がインターホンに応じる可能性は極めて低い。彼にとりインターホンを二度鳴らすと云う行為は、単なる儀式に過ぎないのだ。眠りについている私がこの音で目覚めたなら、殺す前に少し話が出来る。目覚めなかったとしても、其れは其れで良い。取りも直さず「挨拶」は済ませた。その事が男には重要なのである。
男は、ナイフを入れていない方のコートのポケットから、短く切った針金を取出した。男はピッキングを好くした。
男の技術を以てすれば開錠には十秒と時間を要さない。鍵の開く音が部屋に落ちる。男は針金をポケットに仕舞い、ドアを開いて中に入った。男には私のけはいが判る。二階だ。
男は、針金を入れた方のポケットにもう一度手を突っ込み、ペンライトを取出す。医療用にも使われる、細くて頑丈なものだ。照らした直先に階段があるのが男には見えた。男は、黒いブーツを履いたまま、か細い光の指し示す向こうに向かう。
階段だ。男は緩々たる足取で其れを上がった。自分の足音は気にしない。コートが壁に擦れて立てる音も、気にしない。ポタポタと水が垂れるのも気にしない。もしか私に気づかれたとしても、警察が来るまでに全てを終らせる自信が彼にはあるからだ。
やがて、男は私の部屋の前に辿り着く。足元、閉じられたドア下の隙間から、仄かに光が漏れている事に男は気づく。なにやら物音も聞える。男は、ドアノブを握り、其れを開け放つ。……
途端、スマートフォンが、鳴った。暫し妄想にふけていた私は、心臓をわし掴まれた如く……、いや、これはいっそ、
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