独白と振り返り

残照(第1話)

村星春海

小説

2,049文字

たまにふと自分語りしたくなりませんか?
そんな気分になった「誰か」の語りです。少しだけお付き合いください。

 これはただの独り言だ。空に雲が立ち込めていく様子を見ていたら、何となく喋りたくなったのだ。曇り空というものはとても不思議だ。雨ほど気分はハイに成らず、かといって晴れ程鬱にも成らない。ただいまから語るのは、自伝とか自叙伝とか伝記とか、そういう崇高なものではない、ただの独り言だ。
 あえて僕の事は話さないでおく。何歳だとかどこの国の生まれだとか今まで何人の異性と寝たのかとか男なのか女なのか(僕とは言ったが男とは言っていない)。
 それはどうでもいい、好きに想像してほしい。それらの情報は僕の話には余計な前置きで尚且つ、先入観でしかない。
 飲み物を用意してもいい。コーヒーでもジャスミンでもウイスキーでもマッコリでもビールでもバーボンでもギムレットでも、なんでも好きなものを用意したらいい。ただ僕の話はある人にとっては飲み物をグラスに注いでいる間に終わってしまう可能性もあり、そしてまたある人にとっては、何杯注いでも足りなくなって夜中にスーパーマーケットへ足を運ばなくてはいけない可能性もある。
 ちなみに僕にとっては、飲み物も食べ物もなにも必要はない。ただ聞き手であるアナタさえいればいい。
 しかし何を話していいのか、実のところ整理はついていない。何を話したいのか話したくないのか、ただ言えることは、僕は実際にアナタになにかを話そうと努力はしていると言うことだ。
 そうだ、ここから始めよう。前置きとして僕はとても変わっている。
 自分で言う人間ほど、実はそこまで変わってはいないのだが、僕は自覚のある変質者だった。誰とでも喧嘩した。それの理由なんていうのも大した事ではなかったが、一番もっともらしい理由が、僕に対して理解を示したからだ。
 僕は理解など求めてはいない。理解などしてもらおうと思ったこともないし、誰かを理解しようなどもっての他だった。理解すると言う名目で、人の心にずかずかと入り込んできた。だからその時はおもいっきり拳を叩きつけ、相手をねじ伏せてきた。スッキリしたし不法侵入者は撃退できたが、僕は引き換えに右の拳をいつも破壊していたし社会不適合者のレッテルを貼られることとなった。
 しかし、こんなに晴々しいことはなかった。なぜなら、これで僕を理解しようと近づいてくる者はいなくなったからだ。
 あと僕は、異性であれば誰とでも寝た。不思議なことに社会不適合者のレッテルというものは異性を引き付ける、何か特殊な力があるのだろう。アウトサイダーな部分が興味をそそるのか、頭が電飾のようにキラキラしたような人物ばかり集まってきた。社会不適合者となったが、そのお陰で性欲の発散に困ることはなかった。ただどうにも僕は複数の人間と同時に付き合うというのが苦手で、いつも僕のそばにいた相手は一人だけだった。だがそれが次第に恋人面をするようになると、その度に僕は右手を破壊していった。それもしばらく繰り返していくと、右手も頑丈になった。
 そうして僕はひとりで歩いてきた。誰からも頼られることもないし頼ることもない。ただ僕には毎日少しの食事とコーヒーと本だけがあればよかった。僕の側には誰もが近寄ることもなく、一時の快楽だけを求める異性だけが近くにいた。
 そうして自分世界を守って、オリジナルの自分だけの世界を作ってきたがふと気づいたことがあった。
 
周囲を見ると、そんなやつらばかりだった。
 
 結局、僕は誰かの摸倣であって、そしてまた、誰かに模倣されていた。自分だけの世界を作ったつもりだったのに、意図せずのところで意識もせずに誰かを理解し、誰かに理解されていた。それに気づいたとたん、強い耳鳴りに襲われた。なにも聞こえない、強い高音の鋭いナイフのような耳鳴りが耳ではなく頭に響いた。
 とんでもない独り相撲をして無駄なことを続けていたことに気づいて、後悔と恥ずかしさに埋もれてしまった。
 想像してみるといい。誰も見ていないのにひたすら踊るピエロのようなものだ。とても恥ずかしかった。
 僕はずっとそれをして来ていたのだ。
 僕はそれに気づいてから、他人を見ることにした。他人、特に自分の嫌いな人間は自分を写す鏡なのだと。すると、今までの自分よりもっと自分になれたし、それからの生活はとても穏やかだった。大切な人とも出会えたし、その人と毎日を信頼して理解し合いながら生きていくことが出来ている。もう僕は誰も殴らなかったし、彼女以外と寝ることはしなくなった。
 これで以上だ。結局何が言いたいのか、最初から最後まで自分でも良くわからないし、ただの独り言ゆえに特にオチを用意していた訳ではないので、アナタになにか伝えられたのかどうかはわからない。おそらく変わったという自分を誰かに聞いてもらいたかったのだろう。じぶんでもよく分からないのが事実だ。
 ちょうど雲が切れて晴れ間が出始めた。そろそろ気分が落ちていくだろう。独り言もこれくらいにしておく。
 
 さて、アナタはこれを読みながらなにか飲み物でも飲んだだろうか。注いでいる間に終わったのか、それとも買いに出掛けたのか。
 
 では。

2019年5月8日公開

作品集『残照』第1話 (全2話)

残照

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© 2019 村星春海

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