瑞樹の見ている世界を見るには、ひとまず一番近くの水族館に足を運んでほしい。水族館の水槽にはたいてい青のライトが使われている。透明な水を青く見せ、幻想的な雰囲気を演出するためだ。水を抜いてみたら背景の壁が明るい水色をしていることも多い。魚が文句を言わない限りピンクや蛍光イエローの水槽があってもいいはずだけど、青が圧倒的に多数である。
そんな水槽の前に立ってみよう。通路が暗ければなおいい。青い光を浴び、濃紺の影を投げかけながらサメやエイ、大型魚が悠々と泳いでいる。たとえ外ではセミの合唱が鳴り響いていたとしても、ここまでは聞こえてこない。水槽を見つめているだけで、ひんやりとした静寂の海底にいるかのような錯覚に襲われる。でも現実を忘れる前に同じ水槽の中に緑色がないか探してほしい。おそらく黒か灰色に近いくすんだ色をした海藻が岩にへばりついているだろう。それが緑だ。次は赤色を探してほしい。ヒトデでもミノカサゴでも何でもいい。青が主役の水槽では、赤は精彩を欠き、茶色がかった陰気な脇役に過ぎない。それこそが、瑞樹がふだん見ている世界である。
色覚障害があるからといって、瑞樹自身が不便を感じたことは一度もない。小学一年生のときに母さんに眼科医に連れていかれるまでは、人と見えかたが違うなんて思いも寄らなかった。医者の話を聞きながら背中を丸めてこちらの顔を見る母さんの反応を瑞樹は今でも憶えている。深くため息をつく母さんの胸のあたりに暗いブルーのもやが湧き立った。瑞樹はそのことを母さんにも医者にも黙っておくことにした。
ブルーの濃さは失望の度合いによって変わる。失望が強いほど暗く、濃くなる。ビーチがきれいな亜熱帯の島に住んでいるからといって、誰もが常に陽気で楽天的なわけではない。瑞樹の見たところ、たいていの人は違った色調のブルーをいつも胸に浮かべていた。
瑞樹が高校一年に上がったときには、同級生の女子の胸にほとんど夜の闇に近いブルーが見えた。自殺してしまうのではないかと心配になるほど濃い青だった。その女子の名前が「小橋川すずか」であることは毎朝のホームルームの出席点呼で憶えていた。担任の教師が彼女の名前を呼ぶと、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声が返ってくる。窓際の席に座る小橋川すずかは授業中はうわの空でいることが多く、放課後にはよく一人で残って運動場に面した窓の外を眺めていた。野球部が練習をしている運動場の上には青空が広がり、金属バットにボールが当たる澄んだ音が響いていた。
窓の外を見る小橋川すずかの横顔は瑞樹の網膜に焼きつき、目を閉じても青い残像が常にちらついた。突き出た頬骨と切れ長の冷たそうな目のせいか、教師や他のクラスメイトたちは彼女が反抗的で無関心な性格だと最初から決めつけていた。きっと授業もクラスも見下しているに違いない、みんなそう思っていた。教科を教える教師たちは、彼女が平然と授業を無視していてもいちいち注意すらしなかった。でも瑞樹だけは、クールな表情の裏でビクビクと震え、絶えずゆらめく彼女の濃紺のブルーを知っていた。
彼女に最初に話しかけるのには勇気を要した。ある日、人気が少なくなる昼休みを狙い、瑞樹は教室の空気を入れ替えるふりをして小橋川すずかのいる窓際にさりげなく近づいた。彼女はバナナとリンゴだけの簡単な昼食を食べ終え、音楽を聴いているところだった。
「ねえ、すずかさんってさ、いつも窓から何見てんの?」
小橋川すずかは耳にイヤフォンを差したまま、瑞樹のほうを見上げた。見慣れない生き物を見るような表情である。
「色盲なんだって?」瑞樹の質問を無視して彼女はそう訊ねた。瑞樹の目のうわさを同じ中学出身の生徒たちが勝手に広めていたことには気づいていた。だが面と向かって訊かれるのは初めてだった。
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