ほんとうの気持ち

応募作品

一希 零

小説

4,927文字

私小説風青春ライトノベル。2018年9月合評会「嘘だと思って読んでください」参加作品。

たまには、僕の過去の話をしようと思う。

高校時代、僕はとある地方都市に住んでいた。当時、僕の口癖は「これ以上、失うものはなにもない」だった。小学校中学校を真面目に通い、県内有数の進学校の高校に入学したものの、周りの天才達に圧倒され、入学直後の模試成績で学年真ん中くらいを記録したのち、着実に順位を下げ、いとも簡単に最下位の座を自らの居場所として規定した。以降、これ以上たくさんのものを順調に失ってゆくことを、この頃の僕はまだ知らない。

ひとつ重要なのは、高校時代、自分は軽い女性恐怖症なのだと、わりと本気で信じていたということだ。女子と話をすることが困難で、何をされても言われても、それらの行為言動を純粋に受け入れることが出来なかった。原因は中学時代のとある事件に由来するが、今は説明を省く。また今思えば、あの頃の僕は勝手にトラウマだと騒いでいただけで、単に思春期思考を拗らせた、コミュ障・ヘタレ・インキャ野郎だっただけのような気もする。要約すれば、僕は何から何まで残念な落ちこぼれ高校生だったわけだが、それはいいとして、とにかく僕は高校三年間、女子に近づくことは一切しなかったのだ。

一人の例外を除いて。

 

一人の例外的存在。ここでは彼女のことを、仮に「マオ」と呼ぶこととする。マオは、身長は高くも低くもなく、太っても痩せてもなく、外で活動する運動部ほど日焼けをしていなければ、文化部ほど白くもなかった。目はどちらかというと小さいが不思議と目が小さいという印象を与えず、鼻筋はなんとなく整っているようだが、唇はなんとなく分厚いような気がした。髪は肩の少し上くらいでとりあえず切り揃えられていた。特徴をあげるとすれば、カルボナーラに振りかけたブラックペッパーみたいに顔の中心部に小さなホクロが点在していることくらいだ。もっとも、それがホクロなのかソバカスなのかは、僕もよくわかっていない。要約すれば、マオは地味な女子高生だった。少なくとも、容姿においては。

マオはいつも嘘をつく。

まるで二流ライトノベルのヒロインの設定のように、彼女は会話に一定の割合で嘘を含ませることを、日々徹底していた。マオのその習性はクラス内の誰もが知っていて、それが女子達の間でどのように受け止められていたか、あくまで僕の推測の域を超えないのだけれども、少なくともいじめられているとか、仲間外れにされているとか、そういったことはなかったようだ。

マオがなぜ嘘をつくのか、本当の理由は分からない。これがライトノベルの設定ならば、何か過去に重い事件があったり、重要な秘密が隠されていたりするのだろう。けれど現実には、そうそう都合のいい設定は存在しない。彼女の捻くれた性格の発露かもしれないし、単に中二病を拗らせただけかもしれない。僕はとうとう卒業まで、彼女が嘘をつく理由を知ることは無かった。マオは県外の有名国立大学へ進学し、僕は市内の有名予備校へ進学するだけだ。僕と彼女は、卒業式の日に彼女が「またね」と言って去ってから現在に至るまで、一度も会っていない。

 

とにかく、徹底したキャラづくりの割に地味な存在だった嘘つきのマオと、学年最下位の座を抜群の安定感で保持し続けた自称女性恐怖症の僕は、高校二年の一年間を同じクラスの仲間として過ごした。その一年間、二回目の席替えが行われて以降、すなわち、九月から十二月の四か月間、僕とマオは隣同士の席となり、ある程度の親交を深めた。僕とマオの全会話のうちほとんどが、この四か月間に収められる。残りは、たまたま卒業式のあとに校門で会って、彼女が僕に向けて最後の嘘を放った、先の会話くらいだ。

これから語られるのは、そんな僕とマオのささやかな思い出だ。

 

 

マオとの初会話は僕にとって嫌な記憶だ。

「ねぇ」

「なに?」

「実はね、前から、ちょっといいなって思ってたんだ」

席替えを行なった日の、ホームルームが終わってすぐのことだった。スクールバッグに教科書を詰め込み、帰宅の準備を整え終えたときだった。彼女は唐突に僕へ話しかけ、唐突にそんな言葉を投げつけた。

「えっと、なにを?」

「だからさ、キミのこと」

彼女の言った言葉の意味を理解すると、一瞬鼓動が大きく跳ね上がった。授業中に突然勃起したペニスを必死で鎮めるときのように、僕は自らへ「冷静になれ。落ち着け」と言い聞かせた。

「嘘、だな」

「嘘でした」彼女はあっさり白状した。

「馬鹿にしてるの?」

そう言ったとき、僕の鼓動はおよそ半立ちくらいには落ち着いていた。

「期待した?」

「まさか」

「本当は?」

「まったく」

「私だって、嘘しか言わないわけじゃないんだよ?」

「その言葉も、嘘かもしれない」

「どうして?」

「そりゃあ、マオさんは嘘つきだから」

「話すの初めてじゃん」

「みんな言ってる。嘘つきだって」

「でもさ、でもさ」

「なんだよ」

「キミは、そもそも人のこと、最初から何一つ信じてないでしょ?」

萎えかけたペニスが急速に勃起するように、心臓の鼓動が早く、強くなる。冷たい汗が背を伝う。まるで我慢汁のように。

「そんなことない。マオさんは嘘つきだって知ってたから、最初から信じてなかっただけ」

「へーそうかなあ。嘘をつくのも、キミが信じない対象も、私だけじゃないと思うなあ」

見透かしたような目をして、彼女は言った。僕は彼女の発言には答えず、スクールバッグを背負い歩き出した。

「また明日ねー」

僕の背中に彼女の声がぶつかった。僕はそれを振り払うようにして引き戸を開け、教室を出ていった。

翌日、マオは学校に来なかった。

 

 

なんてったって、僕はコミュ障・ヘタレ・インキャ野郎なわけだし、マオは校内でも有名な嘘つきだ。本来ならば、たとえ席が隣同士になろうが、コミュニケーションが発生することはなかっただろう。けれど、席替え後すぐにインパクトある会話をしたせいで、僕らはそれなりに話をする関係になった。もっとも、他人から見れば、それはとても会話と呼べる代物ではないのだろうけど。

「好きな食べ物は?」僕は問う。

「パクチーです」マオは答える。

「嘘だな」

「本当です。パクパクパクチーです!」

「次。趣味は?」

「小説投稿サイトの小説をランキング上位から漁ること」

「嘘だな」

「本当はランキング圏外の作品を漁ってます」

「次。好きなスポーツは?」

「サッカー」

「嘘だな」

「嘘です。本当はカバディ」

「それも嘘だ」

「スポーツ全般嫌いです」

「本当、か?」

「嘘です」

「嘘かよ」

「嘘です」

「……どれが?」

 

 

「マオさんは、どうして嘘をつく?」

「嘘なんてついてないもん!」

「マオさんは、本当はまったく嘘をつかないの?」

「嘘なんてついてるもん!」

「あ、今日何曜日だっけ?」

「火曜日じゃん」

「そっか。ありがとう」

僕は今日が少なくとも火曜日ではないことを理解し、週に一回のピアノのレッスンの日ではないことを確認した。数をこなせば、マオとの会話も慣れてくる。

 

 

「ねえねえ」

「なにさ」

「そろそろ私のこと、好きになっちゃった?」

「まさか」

「嘘だ!」

「嘘つきはマオさんだろ」

「自分に正直になれよ」

「どこから来るの、その自信」

「まあ、私は好きになっちゃったけどね」

「はいはい」

「キミのこと。今度は本当に本当なんだけど」

僕は言う。彼女から顔を背けて。

「嘘だな」

何もかも見透かしたような目で、マオは僕のことを見ていたに違いない。僕はそれに気づかないふりをした。とっくに夏は終わったにも関わらず、なぜか暑い日だなと思った。

 

これがフィクションなら、僕とマオは何かトラブルに遭遇したり、イベントが発生したりするのかもしれない。けれど現実には、退屈な会話が退屈な日常の隙間を埋めるように行われるだけで、時間は等速に進んでゆく。

月日は流れ、季節が変わり、冬になる。冬休みに入り、冬休みが明けて、僕らはその年三度目の席替えを行った。新しい席に移動する前、彼女は僕に「恋しくなったらいつでもおいで」と言った。「バイバイ」と僕は言った。それから僕らは、ほとんど関わることがなかった。二年生が終わり、クラス替えが行われた。僕らは別々のクラスになった。マオの存在が僕の中で徐々に薄れてゆき、過去のちょっとした思い出として、普段使わないものを纏めたファイルのように、記憶の片隅へと追いやられていった。

 

 

そして卒業式の日を迎えた。式を終え、各々が友人と寄せ書きをしたり、写真を撮ったりして過ごす中、僕は静かに教室を抜け出し、校舎内を歩いていた。体育館を眺め、音楽室を眺め、渡り廊下を歩き、校門に辿り着いた。そこにマオはいた。靴を履き、帰ろうとしているところだった。周囲には誰もいなかった。僕らは互いの存在に気がつき、まるで空白の一年間など存在しないかのように、かつての四ヶ月間と変わらぬ調子で会話を始めた。

けれど、会話を続けるうちに、僕らの間には少なくない時間が経過していたことに気がついた。その事実に対し、見て見ぬ振りをした。僕らの会話はどれも過去の話ばかりだった。

彼女は言った。

「本当はね、キミのこと、大して好きじゃなかったんだ」

僕は笑う。

「知ってた」

「ほら、キミ暗いし、頭悪いし、チビだし。あとやっぱ暗いし」

「これはつらい」

「そっか。つらいんだ」

「そりゃあそうだよ」

「てことは、信じられるようになったってこと?」

「え?」

「他人のこと」

「どうかな」

「ふふふ、やっぱり信じてなかったんじゃん」

「……どうかな」

二人の間に沈黙が横たわった。過去には限りがあった。静寂を満たすように、春を予感させる風が優しく僕らを包み込んだ。

「また今度、たまには会ってもいい」と、まるでツンデレみたいなことを言うやつがいた。僕だった。「ほら、僕浪人するし、わりと暇なんだ」

「え、浪人するの? すごーい、頭いいね」

「嘘つけ」

ニヤニヤとした笑みを浮かべて、彼女は言った。

「じゃあ、さよなら、じゃなくて、またね、だね」

「うん」

「またね、レイくん」

「また」呟くように僕は言った。

 

 

そののち、僕は彼女が県外の大学へ行ったことを知った。彼女がどの大学へ行くのかも知らないまま、僕は別れの挨拶をしたことを思い、自分のどうしようもなさに呆れ果てた。ラインもメールアドレスも交換していなかった。彼女が最後、どのような気持ちで「またね」と口にしたのか、僕にはわからなかった。

そんなことを考えながら、長い月日が経ち、僕はマオのことが好きだったのだと気がついた。理由はまるでわからないけれど、これを「好き」という感情だと判断すれば、いろいろな想いが急速に腑に落ちた。僕はマオに恋をしていた。僕はマオが好きだった。

彼女とのいくつもの会話が脳内を駆け巡る。記憶の断片が、まるで砕け散ったガラスのようにキラキラと輝く。ほとんどが嘘に塗り固められた彼女の言葉をひとつひとつ丁寧に精査して、やがてとある記憶にたどり着く。

彼女は小説を読むのが好きだった。それも偉大な文豪や有名作家ではなく、インターネット上にアップされているような「アマチュア作家」の小説を。曰く、面白いか面白くないか、ギャンブル感があって楽しい、と。あの言葉は少なくとも嘘ではないような気がした。もちろん、嘘ではない気がするだけで、確証なんてどこにもない。真実も信用も正義も存在しないこの世界で、それでも、僕は僕の直感に賭けるしかない。

マオが、もしもこの小説を読んでくれたなら。一希零という、世界から全く認知されない自称物書きを、彼女が偶然発見する可能性に僕は賭ける。僕の想いをここに綴る。「あなたのこと、好きでした。」

 

すべてを書き終え、キーボードを叩く手を止める。始めから文章を読み直す。クライマックスの箇所を読んで、無性に恥ずかしくなる。だから、僕は余計な言葉を付け足してしまう。人を信じられない僕らしく。あるいは、嘘つきだった彼女らしく。本当は素直に、ありのまま、自由に生きたいと望んでいた僕たちらしく。

「嘘だと思って読んでください。」

2018年9月11日公開

© 2018 一希 零

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"ほんとうの気持ち"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2018-09-21 10:13

    「コミュ障・ヘタレ・インキャ」という紋切型のキャラ設定でしか自分を語れない語り手と、意識的に嘘つきキャラを作り込んで嘘という形でしか思いを表現できないマオ。2人の不器用さがもどかしく、せつない気持ちにさせられる。青春小説の決定的な魅力である主人公の未熟さ、不完全さを本作は物語の核にきちんと押さえていると思う。読後感もさわやか。

    欲を言えば、マオが語り手に興味を示した理由をもう少しはっきり描いてほしかった。嘘つきキャラを演出している彼女は学校や家庭での生活に居心地の悪さを感じていて、周囲の人間を信じていない語り手に共感をおぼえたのだと私は解釈した。彼女が嘘をつくようになった暗い背景を示唆する表現を2人の会話の端に忍び込まれば、もっと心を動かす話になったと思う。現時点では作中に書かれていない背景について読み手が斟酌する必要があり、書かれている筋だけを冷静に追うと若干ご都合主義な印象を与えかねない。

    「嘘だと思って読んでください」というテーマが物語の感情的な盛り上がりに絶妙に生かされており、今回の合評会作品の中では最も優れていると感じられる。星5つ!

  • 投稿者 | 2018-09-22 14:07

    これは一希さんの実体験なのではないか、でも嘘っぽい、でもどこかは本当っぽい、っていうところに読者を誘う手法が巧妙で、おそらくそれを狙って書かれたと思うので、感心しました。「実体験報告系嘘だと思って読んでください」

  • 投稿者 | 2018-09-23 00:20

    嘘でも本当でもいいです、と思わされます。胸がキュンと鳴る青春小説です。
    会話はさりげなく、でも二人とも用心の幕を張り巡らせている。嘘つきなのに嫌味のないマオの造形がよいですね。でも最初から最後まで「分からない女の子」の立ち位置にいあるのが切ないです。注意していれば気が付くような、マオの本当の心がチラリと見える小さな破綻がないのだろうか、と探してみましたが、残念ながら見つけられませんでした。私の読解力の問題かもしれません。

    でもこの作品、好きです。

  • 編集者 | 2018-09-23 01:48

    不器用な様に見えて案外かみ合う羨ましいタイプの青春だった。他の作品に比べて構成的な「嘘」は無いが……多くの人の心に刺さる話なのが嘘の効果を強めている。特色のある作品だった。

  • 投稿者 | 2018-09-25 01:37

    素敵な青春小説として読んだ。設定は全くの現代なので、四半世紀以上前に青春など終えているわたくしどもにも眩しくてシルエットしか見えないのだが、とても清々しい作品だった。ただ、私どものようなクレタ人からすると、嘘かどうかを日々判定させるというようなことは、息を吸うたびに「今吸った」、吐くたびに「今吐いた」などと宣言するも同様であり、あまりにまどろこしく、生来の嘘吐きというものは嘘と本当に境目などないのが本来であるので、マオのように潔癖ではいられない。彼女は正直な女性だったのだろうと思われる。

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