風の歌たち

応募作品

一希 零

小説

4,456文字

私は『平成歌謡大全集』を探していた。私はどうしても『平成歌謡大全集』を見つける必要があった。そうでなければ、私は生き残ることができなかった。私は今、生きたい、と少なからず思っていた。だから、私は『平成歌謡大全集』を探していた。2018年11月合評会「平成歌謡大全集」応募作。

ディスク1

 

私は気のむくままに、あちらこちらへ行って、『平成歌謡大全集』を探した。

たくさんの出会いがあったし、たくさんの別れがあった。

 

 

「あなたは『平成歌謡大全集』ですか?」

「おいたんは『万葉集』だあよ」酒を呑みながら、『万葉集』は言った。

「『平成歌謡大全集』を探しているんです」

「知らんなあ」

「そうですか。さようなら」

「あらあ」『万葉集』はそう呟いて、酒を呑んだ。

 

 

「あなたは『平成歌謡大全集』ですか?」

「『平家物語』でございます」

「『平成歌謡大全集』を探しているんです」

「世は虚しい」

「『平成歌謡大全集』を探しているんです」

「一切は滅びる」

「『平成歌謡大全集』を探しているんです」

「人の生は儚い」

「……さようなら」

「『平家物語』でございます」

 

 

「あなたは…」

私はそう言いかけて途中でやめた。私が声をかけたのは、どこか私と似た雰囲気があったからだ。けれどそれは『平成歌謡大全』ではないような気がした。

「『青春アミーゴ』と言います。僕のことですか?」

「あなたは『平成歌謡大全集』を知っていますか?」

「いえ、僕は『青春アミーゴ』です。地元じゃ負け知らずの『青春アミーゴ』です」

「なら、『平成歌謡大全集』ではない?」

「もちろん。『青春アミーゴ』ですから」

「そう」

「ええ」

「では、さようなら」

「え、あの!」

「何でしょう?」

「僕は『平成歌謡大全集』を知っているかもしれない。知っているというより、『平成歌謡大全集』を、かつて僕も求めていたのかもしれない」

「求めていた? あなたが?」

「つまり、かつて僕もあなたと同じだった。例の奴らに追われながら、僕は必死に『平成歌謡大全集』を探していた……?」

「例の奴ら、とは?」

「知らないです。一体誰だろう……」

「『平成歌謡大全集』とは何ですか?」

「わからない」

「では、さようなら」

「あ、はい」

「さようなら、『青春アミーゴ』」

 

 

「私はもう、生きられないのだろうな」

私は呟いた。

すると、何処からともなく現れたシマウマが私にひとつ提案した。

「石になる、というのはどうでしょう?」

「あなたは、誰ですか?」私は、鼻息の荒いそのシマウマに尋ねた。

「道化です」と、シマウマは答える。

「石になる?」

「生きる見込みがなくなると、多くの者達は石を作るのです」

「石を作って、どうするのです?」

「石の下で眠るのです」

「……」

「あれを見てください。かつて『世界に一つだけの花』だった石です」

そこには立派な石があった。とても立派だった。けれどそれは当然、花ではなかった。石だった。私はなんだかとても悲しくなった。

「私が石になったとして」

「ええ」

「それは、本当に私でしょうか?」

「というのは?」

「誰かが石を見て、本当に私、『千の風になって』だと言えるでしょうか?」

「それは、ええ、どうでしょうね」

「私はきっと、其処にはいない」

「……」

「何故なら、私は『千の風になって』だから」

「ひとつ、お教えしましょう。『平成歌謡大全集』が本当にあるのかは私にも分かりません。私は鼻息の荒い道化ですから。けれど道化にも分かることはあります。それは『平成歌謡大全集』がたとえあったとしても、すぐに死んでしまう、ということです」

「いるのかどうかもわからないのに、死期は分かるのですか?」

「そちらの方が、私には簡単なことですから」

「そうですか。何はともあれ、礼を言います。ありがとう」

「言葉なんて、何にもなりませんよ。礼なら草をください。切らしちゃって。体がね、震えてくるんです」

「約束しましょう。次に会う時、うんとたくさんの草を持ってきましょう」私は嘘をついた。

「あなたはさっき言いました。誰かが石を見て、本当に私だと言えるのか、と」

「ええ」

「見てくれるといいですね。誰かが、あなたを」道化は満面の笑みを浮かべ、鼻息を荒げた。

 

 

「あなたは確か……」

「『平家物語』でございます」

「そう。あなたは『平家物語』だ。憶えていますよ」

「嬉しいです。憶えていてくれたんですね」

「ああ。私は忘れません」

「諸行無常の響あり」

「なんだ?」

「たけき者も遂にはほろびぬ」

「……」

「世は、儚い。とても」

「そうですね。あなたの言う通りでしたよ」

「そう、思いますか?」

「ええ」

「そうですか」

「あなたの名前はなんと言うのですか?」

「私の名前は」私は言う。「『千の風になって』です」

「『千の風になって』」

「そう」

「良い名前ですね」

「ありがとう」

「さようなら、『千の風になって』」美しい微笑とともに、私にそう言った。

「さようなら」

 

 

それを最後に、私は『平成歌謡大全集』を探すのをやめた。私は風になって、右へ左へ、あちらこちらへ吹き続けた。そうしていつか、私と『平家物語』が偶然に重なり合う日を夢見ている。もう一度私の名前を呼んでくれるのを楽しみにしながら。

 

 

遠い昔、例えば木組みの家のバルコニーで聴いた、かつてお気に入りだったシーディーのメロディーを思い出せなくなるように、私は私の見る夢が少しずつ輪郭を失ってゆくさまを、ぼんやりと眺め続けている。

 

 

ディスク2

 

「未来からやってきました。探し物を求めて」

カウンターを挟んで向かいに立つ三十から四十くらいの年齢に見える中肉中背の男性は、顔の油分がついたのか指で触り過ぎたのか、それとも食べ物の汚れが付着しているのかは分からないがとにかく対面していてもレンズが脂ぎっているのが分かるくらいに汚れた、とんこつラーメンに入れる紅生姜のような色の縁の丸メガネをかけて、太くて短く縮れた髪の毛を左手の人差し指と中指で挟みこみ、まるでヘアアイロンをかけるみたいに髪の毛を伸ばしては離すのを繰り返しながら、私の目を見るでもなく、私の小さくも大きくもない、いや、どちらかといえば大きいほうだと自分では思う(シーよりのディー)胸を見るでもなく、かといって薄汚れた灰色の床を見ているでもなく、私のちょうど左肩あたりを通過して私の後方の壁に貼られた地下アイドルのポスターの左から二番目の少女と目線を合わせて、私にそう言った。

そして、さらに続けて言った。「ありますか?」と。

私はまず、極めて模範的な営業スマイルを顔面に構築した。それから、店内を軽く見渡す仕草をする。脳内のデータベースにアクセスし、三秒ほど動きを止めてローディング中であることをアピールしつつ、次の瞬間には目を大きく開き、私は「お客様」、と声にした。「お客様、当店には『未来からやってきました。探し物を求めて』というシーディーはございません」

「そんなはずはない」お客様は言う。

「本当は、何か『探し物』があったのではないでしょうか?」

「探し物?」

「ええ」

「だから、探しているのは『未来からやってきました。探し物を求めて』だ」

「例えばですよ。お客様、いえ、あなたは、本来何かしら探し物があって、それをずっと探していた。ずっとです。とても長い間、あらゆる時代を行き来して、あなたはこの時間軸へ辿り着いた。未来から」私は営業スマイルをあえて崩し、神妙な面持ちでそう告げる。

「続けてください」神妙な面持ちでお客様は言う。

「あなたはずっと何かを探していた。あなたはそれを求めて長い旅を続けた末に、何を探しているのかを忘れてしまった。唯一記憶しているは、『私が探し物を求めて、未来からやってきた』ということだけ。だからいつのまにか、あなたは当初の探し物が何かを忘れ、ずっと記憶されていた『未来からやってきました、探し物を求めて』が探し物なのだと、事実を修正されてしまったのではないでしょうか」

「なるほど。その可能性はある」

そう言って深刻そうな表情を浮かべたのち、男は体を捻るようにして後方を振り返った。まるで私の目には見えない存在が後ろにいて、それと確認を取り合い、合図を送るように。体を捻るたびに、男が着ていたメゾン・キツネのグレーのスェットの中心に大きく刺繍されたキツネの顔が苦しそうに表情を歪めた。

「やれやれ。まったく困ったもんだな」とキツネは言った。

私はメゾンキツネのスウェットのキツネが喋るのを初めて見たのでとても驚いた。けれど、すぐに冷静になった。そして考えた。もしかしたら、このキツネなら、本当のことを知っているかもしれない。

「キツネ様」と、私は小さな声で言う。幸い、お客様は未だに何度も体を捻り後方の確認に勤しんでいるため、私がキツネに話しかけていることに気がついていない。「キツネ様、あなたなら、この男性が本当は何を探していたのか、知っているのではないですか?」

キツネは何度か苦しそうに表情を歪めながら(むろん、それは男性が後方を振り返るため)、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「お嬢さん、僕にそれは答えられないよ。彼にとっての探し物は、今や『自分が本当は何を探していたのか』というものになってしまったんだ。つまり、探し物を探しているんだ。彼にそれを言うのは、彼の旅の目的を言ってしまうことになる。答えのわかったパズルで遊んで、どうして生を感じることができるだろう」

「彼は遊んでいるのですか?」

「そう。そして、生きているのさ」キツネはそう言うと、喋らなくなった。

男性は後方との確認を終えたらしく、再び私の左肩を通過して壁に貼られた地下アイドルの左から二番目の少女と視線を合致させていた。地下アイドルの少女は彼のことなど見ていない。少女はカメラのレンズを熱心に見つめているだけだ。にもかかわらず、お客様の男性は少女と通じ合えたかのように恍惚とした表情を浮かべて、私に言うのだった。

「この時代の一番人気を教えてください。そうすれば、何かわかるかもしれない」

「かしこまりました。ただいまお持ちいたしますので、少々お待ちください」

私は、とあるシーディーの並んだ棚へ向かう。歩きながら、キツネの言葉を思い出していた。何かを探している。遊んでいる。生きている。けれど、そのどれもが、私には虚しいもののように思えた。男は当初の目的さえ忘れてしまっているのだ。一切は過ぎ去り続けるだけで、すべては忘れ去られてゆく。

私が手にした一枚のシーディーだってそうだ。きっといつか誰にも聴かれなくなり、存在を失うだろう。そう思いながら、私は男性にシーディーを渡す。

「おそらく、今年一番のヒット曲です」

「曲名は?」男性は聞く。少女を見ながら。

私は言う。キツネの瞳を見つめて。

「千の風になって」

2018年11月18日公開

© 2018 一希 零

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"風の歌たち"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2018-11-21 17:50

    クスクスくる物語でした。
    ディスク1、2とセクションを分けるあたりにセンスを感じます。
    「千の風になって」を選ぶあたりも最高です。

  • 投稿者 | 2018-11-22 01:45

    寓話性が強く星の王子さまのような対話が繰り返される「ディスク1」と、日常の風景に近い舞台で一人称の語り手の目を通した描写が執拗に行われる「ディスク2」。両パートの対称関係には解釈の面白さがあるが、よく分からない部分も残っており、つい注意深く読み返してしまう。私は、互いに向かいあいながらそれぞれの視線が別の対象に向いている「ディスク2」の2人の描写がものすごく上手いと思った。

  • 投稿者 | 2018-11-23 22:52

    「平家物語」と「千の風になって」を結びつけるセンスはさすが。「千の風になって」は霊魂の不滅を歌いますが「平家物語」は諸行無常を説くのです。でもこの二つは確かにつながるものがあります。
    ディスク2の「探し物を探している」冴えない男がとても現在の時代感を表していると思いました。物質的には特に不自由なく、しかし何が足りない感じ。おじさんのキツネがまたいいですね。どこにでもいる冷静な批評家かなと思いました。作者が意図していたかどうかはともかくとして、平成歌謡全集の趣が出ている作品です。

  • 投稿者 | 2018-11-25 07:04

    出品された全作品の中で、一番、「平成歌謡」を色濃く感じたからでした。登場した楽曲が平成13〜19年あたりの平成の中期も中期だからなのでしょうか。みんなが昭和を記憶の彼方に追いやって、平成が平成でいるのを当たり前に感じるようになった頃とでもいうべきか。みなさんが言及しているように、私も『平家物語』と『千の風になって』を絡めたのに惹かれました。

  • 編集長 | 2018-11-25 09:44

    ディスク1寓話形式の「粒度」があまり好みではなかったのだが、ディスク2は楽しく読めた。両パートのつながりはあまりピンとこず。
    二枚組ディスクというものをそういえば最近見ていないと気付かされた。

  • 編集者 | 2018-11-25 11:14

    千の風になってと古典の絡みが面白かった。章立てを枚組で考えた工夫も良い。やはり狐は「星の王子様」から来てるんだろうか。

  • 投稿者 | 2018-11-25 13:44

    万葉集が可愛い。とにかくなんか可愛い。「おいたん」がツボった。
    平家物語のウザさも可愛い。
    そしていきなり「青春アミーゴ」への飛躍で笑った。

    「あれを見てください。かつて『世界に一つだけの花』だった石です」
    で腹がよじれた。オレンジレンジは石になってしまったのか……。

    「言葉なんて、何にもなりませんよ。礼なら草をください。切らしちゃって。体がね、震えてくるんです」
    ……シマウマ!!(笑)

    色々謎だが、
    なぜかそれをこちらが許容できてしまう。読者を煙に巻く感じが素晴らしい読後感。

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