電柱と猫

合評会2019年07月応募作品

多宇加世

小説

3,142文字

合評会2019年07月・お題「猫」応募作品です。

その電柱は先日の健診で〈電気アレルギー〉の項目で引っ掛かった。

幼き日、陸イグアナという爬虫類が棘だらけのサボテンに齧りつくのを図鑑の写真で知った日のことを思い返し、自分のこの硬い体も食むように、誰か始末をつけてくれぬかと考えるようになっていた。

つまり緩慢な死よりもすぐにでも自死に近い形で、と望んでいた。立退きまでの責苦の時間が身の上に流れるのが耐えられなかった。

頭からはすでに電線は外されていた。アレルギーなので当然のことだが、それはまだ空に頭頂を向けて立つ彼にとって恥辱だった。

同情した技師が近くの駐車場からパイロンを失敬してきて禿げた頭にかぶせてくれた。

黒猫はその一部始終をじっと見つめていた。

猫は電柱を愛慕の対象として見続けてきた。その電柱の腹にかつて貼られた張り紙が由来だった。一体何度恋焦がれたことか!

猫の名前はコハイといった。雌だった。パイロンをかぶせてくれた技師は倉田といった。一方、電柱には名前がなかった。誰々さんちの角の、ともあまり呼ばれなかった。電柱とはそういうものだ。猫のコハイだけがその電柱をとある名前で呼んでいたのだが。

録音機器に吹き込んだ声が普段、脳や耳や体を通して聴いている印象と違う場合に

僕は機器の平均性や客観性のほうを疑うようになった。

それと同じように僕は、普段感じている僕自身とは遠く離れた状況でそのように僕のことが記録されているさまを、人間がそうするのと同じように「宗教」という言葉で解決しようと思う。何を隠そうこの物語の語り手の「僕」は世に言われている神なのである。愚かな人間よ、その徴証は本当に必要だろうか。

言うならガンジャが手っ取り早い。いま君が煙吐けば「僕」は姿を現してみせようぞ。それが神の証明と受取るかは君次第だが。再三言うが僕は神である、それも些か問題を抱えた。なぜなら僕は以前、別の宗教の神格化された仲間(神はいくらでもいる)から、とあることを依頼されてしまっていたのだ。

「猫は祟ると七代」これを証明せよ。

都合のいいことに人間なら世の中にうじゃうじゃいる。僕の信者から選んでしまってもよい。だが猫のサンプルを探さねばならない。

すると是非にと名乗り出た猫がいたので、僕は好機を逃さずその者の力を解放した。

 猫は祟り始めた。

一代目からすでにその人間の一族は、病に伏せた。

早くも猫おそるべし、と神(僕)は思った。

自分でも祟りくらいならここまではできるので、自分の心が落ち着かぬのは、ただ単にあのもこもこの生き物を少し舐めてかかったからだろう、と僕は自らに言い聞かせその内に沸立つ動揺を隠した。なー、と猫は約束の金、一代分を要求し、ほろほろ笑った。

経過観察 次の代では言葉の喋れぬ者が出た。猫おそるべし、とまたしても神は思った。そして人間弱し、とも思った。猫は年金のように金を受け取り、ほくほくであった。人間の給金よりはるかに高額な支給であった。いつのまにか猫は尻尾がわかれていた。

また次の代までこぎつけた。ちなみにこの代で前回の半分に一族は衰退が進んだ。前回もその前の代、つまりこの代で一代目の半分の半分に繁栄は減少していた。猫すごい、と神は思った。猫の尾はさらにわれた。

僕は神仲間からは「ほんと、ちゃっちゃとやればいいからね」とせっつかれていた。僕も、適当にやっちゃおうかなとも思っていた。

「責任感が強いと鬱病になりやすい」というジレンマについて

何事も適度に。そう努めていたのだが、こういう仕事こそ自分みたいなのが一番踏ん張らねばならない、と思ってしまった。悪循環である。この代には四足歩行する者が出た。

四足歩行とピンときた方もいると思うが、七代目、最終的にその一族は猫そっくりにしか行動できない者ばかりとなり、近所からもその家は化け猫屋敷と恐れられ疎まれることとなる。その頃には、様子を見ていた僕(神)までも、猫なんかやだな、あんまり関わりたくないかも、と距離を置き始めることになる。

そして一族の血は途切れ、終わり。と言いたいところだが続く。電柱とコハイという猫の物語は丁度人間一族四代目の頃に繋がる。

七代祟る実験に立候補した猫こそ、黒猫コハイであった。電柱が解職された頃、コハイはすでに化け猫になっていた。又割れした尾がその証拠である。その頃には何本の尾を持つのか、もう自分でも数えたことがなかった。

電柱の精神状態は限界だった。そしてある日、電柱は黒猫コハイを見かけて言った。

「猫さん。力を持った化け猫さん。……失礼、化け猫さんなんて失礼な呼び方ですよね」

「あたしはそのようなことでは腹を立てぬ。化け猫なのは事実であるしの。年もとらぬ身じゃ。それよりもあたしを呼ぶわけはなんだ」

「猫さん、私はもうすぐお役御免なんです。もうそれがもう耐えられないんです。その前に、お願いです、化け猫様の力でわたしを安楽死させてくれませんか。尾の裂けた化け猫様ならそんなこと朝飯前なものでしょう?」

「ふむ、あたしもお主の抱えている悩みを知っていた。放っている匂いが違うからの。だがの電柱よ、安楽死は認められておらぬのだ」

「そんな、後生です。それにそれは人間たちが勝手に定めたことではないではないですか」

「そうはいうが、あたしの気持ちも考えたことがあるか。我はお主を安楽死させれば、お主を手にかけたという罪咎がずっと残るのだ。ただでさえ、いま理由あって、ある人間の一族を祟っているところだが、それだって寝覚めの良いものではないのだからな。毎晩悪夢に苛まれておる。いまで四代目まできたかの」

「そうですか……」

「まあ、叶えてやらんこともない」

「ほ、本当ですか」

「ああ、お主には長年世話になったしの」

「え?」

「いや、……こっちの話じゃ。さよなら、『セパイの電柱』よ。さようなら!」

 電柱は夢見心地の気分になって、気づかぬうち昇天し、音もなく倒れた。涙が一筋。

悠久の猫コハイの目で見ると電柱の腹には、雨に濡れ、かすれ、ちぎれ、跡形も無くなってしまっていた写真付きの貼り紙が見える。

〈三毛猫メス/名前チャペ/尾が曲がっている/名前を呼ぶと反応するかもしれません〉

人間にはチャペなどと呼ばれていたが、本当の名をセパイといった。サバサバした雌猫だが面倒見の良い性格であった。同じく雌猫のコハイのことをいつも可愛がってくれた。

 八十年前、姿を消すまでは。

人間を祟る実験に名乗りを上げたコハイにはある理由があった。

実験(祟り)の副産物について

化け猫となり呪われた永劫の生を得ること。

つまりコハイは意図的にこれを利用した。どこかでセパイが彷徨っていることを信じて永遠に探すことに。

受け取った金は電柱の維持費に人知れず費やした。電柱の耐用年数は普通三、四十年であるため、それをはるかに上回りここまで生き永らえさせるのに金が要ったのだ。だからこその電気アレルギー発症ともいえたのだが。

セパイという猫がどうなったかを神の僕は知っていた。けれど、教えることはなかった。僕は残酷な神なのであろうか。いや、神はもともとしてやれることが偏っている。

コハイは何度も挫けた。

「彼女はもしかしたら、もう……。そしたらあたしは永遠の世界でずっと一人だ……」

「そして輪廻の果てへ飛び下りよう 終わりなき夢に落ちて行こう 今変わっていくよ」

(スピッツ『青い車』作詞:草野正宗)

「セパイ、どれだけかかっても必ず見つけだします。骨の一つでも構わない、霊魂のかけらでも構わない。セパイ、あいたいです」

コハイは今では影も形もない貼り紙の写真に向かい悲しげに笑い、その場をあとにする。

 

 

 

 

 

2019年7月7日公開

© 2019 多宇加世

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"電柱と猫"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2019-07-27 00:12

    よく分からなかったけれど面白かった。
    あまり詮索をするのは野暮なのかも、と思いながらも、コハイが化け猫になってまでセパイを探したかったのはどうしてだろうとか、これは「神」である僕が猫と昼寝して見た夢なのかしらと思ったり、電柱君は早く死にたかったのに無理やり生きながらえさせられて可哀想だと同情したり、先輩と後輩の寓意なのかなと考えてみたり。
    作者としては明確な意思があって書いたものかもしれないが、読者として自分で想像して楽しめる余白の多い作品だった。

  • 編集者 | 2019-07-27 12:44

    箇条書き体、この短い物語で活きる印象を受けて新たな発見となりました。電柱に人格やアレルギーがあるところは、とても斬新だと思います。個人的には、『100万回生きたねこ』を思い出しました。

  • 投稿者 | 2019-07-27 13:48

    多宇さんの特異な才能がいかんなく発揮された作品ですね。私は百合文学として受け取りました。ガンジャの煙で涙を流すことは出来ても神を見ることは出来ない。しかし神を見つけ出すことは出来るんだよなあ。

  • 投稿者 | 2019-07-27 15:28

    この書き出しは僕には書けません。しっかり掴まれました。

  • 投稿者 | 2019-07-28 03:50

    *←この記号の配置が個人的に興味深かったです。
    あと写真が物語るように思えました。

  • 投稿者 | 2019-07-28 08:22

    これだけの文字数でここまでの多重構造を作りこむ知能に、してやられた感でいっぱいです。無能で気まぐれな上層部の無責任な要求に愚直に取り組む現場制作者の悲哀に共感を得ました。

  • 投稿者 | 2019-07-28 19:26

    世界が飛んでしまっているように感じ、読み直してしまいました。こう繋がるのかぁ、と。結局神はよく分かりませんでしたが、、、
    猫が恋い焦がれていた電柱の張り紙。セパイに対する恋は分かり、故に電柱にも愛着がわくというのは、なかなか自分にはない感性だなと思いました。

  • 編集者 | 2019-07-28 21:48

    電信柱を喋らせる作家は宮沢賢治以来だろうか……。電柱・猫・恋・世代と何軸も話が絡むのを良くまとめている。あの写真一枚からここまで話を広げられたとするならこれも素晴らしい。

  • 投稿者 | 2019-07-29 13:40

    前提条件が明確ではなかったので正直よくわからなかった。なぜ電柱が話すのかも、これは話の中でなにか持つべき必然性をもっているのだろうか?

  • 投稿者 | 2019-07-29 19:09

    断章を模した構造に工夫が見られる。哲学書っぽい深遠さをほのめかす身ぶりのせいでつい寓意を探そうと深読みさせられてしまうが、単なる寓話に収まることなく読み手の予想からどんどんずれていく点に面白みがある。特に太字の行で一瞬物語が断絶するところがよい。電柱の希死念慮は電気アレルギーの症状なのか? それとも何か別に身体的症状を伴う病気なのか気になった。

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